短編小説 クランベリージュース 【一枚の写真から文芸賞】
叔母の自殺から三ヶ月が経とうとしていた。
蛍珂の手元には、その人のスマホがあった。
ひとり暮らしだった叔母の交友関係はスマホからしかわからなかったが、誕生日なんて安直なパスコードでは当然開かず葬儀は親族だけの静かなものになった。
それでも通知は途切れず来るものだから専門業者に依頼しようとしたが解析は難しいらしく、機械オンチな母から半ば強引に渡されたのだった。
「わたしだってよくわかんないよ」
とは伝えたが、子供の頃に食洗機のドアをネットで調べながら直してから機械に強いというイメージがこびり付いていたらしい。
仕方なく今回もネットを駆使し調べてみると、同じようなケースは山ほどヒットした。
だが最終手段はどれも『初期化してバックアップから復元』。
いちおう母に報告してみても「サチ、ズボラだから全然してない気するなー」
「わかる。ママもしてないもんね。さすが姉妹」
すると焦ったように「ママはわかんなくてしてないだけだから。サチは詳しいのにやらないズボラなんだから一緒にしないでよ」と、フォローしてるのか貶してるのかわからない返答に蛍珂は思わず笑ってしまった。それと同時に、これから先の苦労を想像してため息をひとつ吐いた。
パスコードは六桁。
十回連続で間違えたら初期化するのは同じOSだからわかっていた。
葬儀前に何度も失敗してしまったせいでチャンスは少ないのもわかっていたので、蛍珂はその日から遺品が詰め込まれたダンボールを開け始めた。
日記でもあればありがたいんだけど、出てくるのは衣服ばかり。分類もせずに放り込んだ方が悪いんだけど、開けても開けても服ばかりで少々げんなりしてくる。
「えー、全部開けてるの? 」
通りがかった母が立ち止まり驚きの声を上げるから、額から滲んできた汗を拭いながら答える「うん。なんか手がかりあるかもって」
「大学は? 」
「この前夏休み入ったから暇」
「そう……でも面倒だったら初期化してもいいからね」
「あー、でも毎日たくさん通知来るからさ。もしさっちゃんの友達で知らない人いたら早く伝えてあげたいじゃん」
そうだね。と静かに頷く母を横目にもう一箱開ける。やっぱり服だ。
「さっちゃんてさ、ほんと服好きだよね」
「そうね。なにしてたんだかね」
そうだ———叔母は何をして生きているのかわからない人だった。
四年前突然仕事を辞め、ふらふら色んな場所を渡り鳥のように行き交い始めた。最初は写真が添付されたメッセージが届いていたが、それも二年前を境にパタリと止んだ。
それでも毎年、家族への誕生日プレゼントや蛍珂へはお年玉も電子ギフトで送られてきたからちゃんと生きてはいることを安心していた。
それが今年は警察からの電話だった。
遺書はなくビジネスホテルのドアノブで首を吊っていたのを淡々と告げられた。
「ないかー」服の海の中で、途中から手伝い始めた母とふたり顔を見合わせる。
「片付けはもう明日にしない? 」
ヘトヘト顔の母に「あとはひとりでやっちゃうよ。それで明日おじいちゃん家へ残りも見てくる」と蛍珂は堂々言い切る。
「すごいやる気ね」
若さへの羨望とも呆れともいえる母の眼差しを受けながら、作業を始めた。
パスコードは思わぬ形で開いた。
夜更け、寝惚けて掴んだスマホが叔母のもので、解除されない顔認証をいつものように自分のパスコードを入力したら開いてしまったのだ。
見慣れないホーム画面に、蛍珂は一瞬で目を覚ます。
なにこれ、だってパスコードわたしの生年月日だよ? なんでわたしの……
いまだ混乱している頭を、届いたメッセージの通知が一気に冷ます。
🎀 殺すよ お金返す気ないならあんた殺しにいくから
「……もう死んでるのに」
思わずこぼれた独り言に、蛍珂はすこし笑ってしまう。
でもこれは、ママに報告しなきゃなー。と深いため息を吐き、とりあえず通知を消そうとしたら誤って別の通知をタッチしてしまった。
あ。と声が出る前に『一年前のあなたは』と記されたスライドショーが始まってしまう。次々流れてくるのはマリンブルーの海や白い砂浜といった鮮やかな南国の写真ばかり。
波音すら聞こえてきそうな錯覚に、いけないと思いつつ写真アプリをついタップしてしまう。
そこには叔母が生きていた世界が広がっていた。日本全国津々浦々、さらには海外まで———
「すごい……」と心の奥底から湧き上がった衝動に後押しされるように、特に好きだった場所を知りたくてお気に入りフォルダをタップすると、家族との写真ばかり表示され蛍珂は息を呑んだ。
呑んだ息が涙に変わるにはさほど時間はかからず、四年前最後に会った日の写真を見つけると止めどなく溢れ出していた。
叔母のお気に入りだというカフェで初めて飲んだクランベリージュースの酸味が、流れ落ちてきた涙のせいでさらに鋭く蘇った。
《 1,997文字》
