空色のTシャツ
大阪が怖い。
私はビビリの関西人である。
関西から他府県を経由し府民になったので、住民票はあれどもまだ大阪が怖い。
嫌いなわけではなく、ただ、他府県からして大阪が恐れるに足る地であるというだけだ。
まずタバコが怖い。
大阪の喫煙者率は異常である。
東京、名古屋、福岡の喫煙者を全員集めても大阪には勝てないと思う。
民度が割と良いと噂の北摂地域でさえ、道を歩けばポイ捨てされた吸い殻がばらばらと落ちている。
昭和レトロというのか。
とにかく令和の時代、喫煙者がいるだけでもう怯むのである。歩きタバコなど見た日には、ダッシュで逃げたくなる。
さらに、金髪率が異常に高い。
南国を彷彿とさせる独特な色合いのインコカラーの染髪も散見される。
どちらにせよ怖いのだが、黒髪でも謎の剃り込み入りや、総書記を思い起こす攻めたツーブロックは怖い。焦点があっていなさそうな陶芸家ヘアーは別の意味で怖い。
しかし、私はしばらく大阪に住み、一つの知見を得た。
何かというと、あれらは決して『オシャレ』をしているわけではないのだ。
本州には熊が出るので、登山者は鈴をつける。
音で熊を寄せ付けないようにするのだ。
大阪の金髪や派手な格好は、熊よけの鈴と同種である。すなわち、『(ヤバい奴に)舐められないように』『目をつけられないように』という、テントウムシモドキ的な擬態なのだ。
そこに気付いてから、私も潔く金髪にし、化粧をクドくし、爪を塗っている。
本当はナチュラルな黒髪で素の爪で、ノーメイクにリップだけでいい派なのである。
だが、スーパービビリの私に、クマよけ鈴なしで金剛山に登る勇気は無い。
そんなある日、阪急オアシスからの帰り道で黒人の女性とすれ違った。
彼女は目の覚めるような空色のTシャツを着ていた。
しかも丈が短くヘソが出ている。
ふわふわと縮れた黒髪と、ファンデーションの粉っぽさのないブラウンの肌が、忌み嫌われる日光を味方につけていた。
サングラスをかけて鼻歌交じりで歩く、長い足の彼女は、空よりも空色の短いTシャツを着ていて、フライパンのような歩道の上に干からびたナメクジのように這う通行人の群れとは一線を画していた。間違いなく彼女は、この風もないじっとりとした暑い午前中を楽しんでいる、唯一の人に違いなかった。
彼女は北国でも砂漠でも、彼女は躊躇いなく空色のTシャツを手に取るだろう。
大阪だろうが、東京だろうが、彼女にとってはここはちっぽけな愛すべき日本なのだ。
私は称賛のため息を吐き、エコバッグの持ち手を握り直して、煙草の吸い殻が撒き散らされているグリーンベルトを通って家に帰った。
