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【第一回豆星文学賞応募作品】みどりの葉っぱ

ぱちこさん(ゆずこさん?)の豆星文学賞に応募するために、わたすは悩んでいた。それが3月。
気づけば5月も終わる。わたす、いったいなにをしていたんだろう。なんにもしてなかったなァ。

勝手に締め切りを5/24(日)と思って絶望していた5/26(火)。よくみれば、29(金)まで門戸が開かれていると判明し、急いでしたためることにしたわたす。

しかし、前日の28日(木)。1文字も書いていない。
なんなら構想すら練っていない。

どうしよう。。。
こっそり文学賞への想いをしたためたところ、ご本人に届いてしまった…!
大★ピンチ☆彡

そういえば、少し前に寝かせ続けていたはなしがあったことを思い出す…。途中でアキテル出現によりSTOPしていたはなし…。これをなんとか調理していくしか…!
なんて夜鍋するつもりがふつうに寝てしまった。

粗削りすぎて出汁の味しかしませんが、こちらで応募させていただきます。。。

こんな計画性のないわたすに、3文字でもいいですよ⭐️なんてやさしいコメントをくださるぱちこさん🌟
第二回は渾身の作品を捧げるつもりです!!!!

お目汚し申し訳ございません。


 ある日わたしは偶然にも、「タヌキと結婚したひと」というコミュニティをインターネットで発見した。
 TOKYOを歩いていると、たまに「あ、このひとはタヌキなんだな」と思うひとがいる。そのひととすれ違ったとき、なにかがはらりと落ちたので、「落としましたよ!」 と拾って声をかけようとすると、それはちいさなみどりいろの葉っぱだった。そんなことはしょっちゅう起きる。ハッとして振り返っても、落とした張本人はひとごみにまみれてすっかり姿をくらましている。

 わたしの住んでいる街はTOKYOだが、TOKYO03ではないので、TOKYOではないらしい。
 その代わりといってはなんだが、タヌキはたくさん生息している。
 夜ふと近所のちいさな公園に寄れば、猫ちゃんかと思いきや、タヌキ。病院の駐車場にだって、平然といる。カップルで乗ると別れるという有名なボートのある広い公園の方ではなく、車通りの多い道路にも。実家の手入れの行き届いていない庭にも。わりと街なかと思しき場所に、彼らはいる。

 そして、表参道にも、銀座にも、永田町にも、タヌキがいる。正確にはタヌキに化けた人間だが。あのひとたちは葉っぱを落としても、タヌキにもどれるのだろうか。ほんとうは、「落としましたよ!」と声をかけたほうがいいのだろうか。とても心配になってきた。実はすんごく、こまっていたりするんだろうか。

🍃 🍃 🍃

 だが、その謎は最近になって、ようやく解決した。
 然る日。街がピンクの花びらで色を染めるころ。浜松町の駅の前、地下鉄の大門駅に降りていく入り口あるいは出口の付近で、2、30代と思しき男性の2人組とすれ違った。そのときに、はらりとなにかが落ちたのを、わたしは思わず拾ってしまってどきりとした。葉っぱだった。みどりいろの、小さな木の葉だった。手にとってしまったからには、持ち主に返さなければならない。
 わたしはすぐさま振り返り、先ほどの2人組を探す。いた。
 わたしはどきまぎしながら追いかけて、2人組の黒髪のほうの男性の腕を掴む。ちょうど浜松町駅の高架下付近だった。その腕はびっくりするほど細かった。
 「あの、これ落としました」
 上を走る電車の音は日常のなかに溶け込んでいる。道路では大きなトラックがタクシーにクラクションを鳴らす。そんなこの街の喧騒にわたしの声はかき消されている。
 男性はきょとんとした。そしてわたしの手の中の木の葉を見て目を丸くする。
 「あの、内緒にしておきますから」
 わたしは差し出した手を一層高く上げた。男性は微かに笑うと、わたしの手の上の葉っぱをそっと自分の上着のポケットにしまった。わたしの耳元に口を寄せる。「ありがとう」と小さく呟くと、わたしたちのやり取りに気づかずに先を歩いて行った連れの男性のもとに駆け寄った。わたしはその後ろ姿をぼーっと見送る。男性の上着の下からフサフサの黒茶の尻尾が顔を出して、そしてすぐさま消えた。

 それ以来、わたしは葉っぱを拾ったら、持ち主に返すようになった。すると不思議なのだが、すれ違う前に、このひとはタヌキなのか人間なのか、その区別がつくようになった。もちろん、タヌキだからといって、毎回葉っぱを落とすわけではない。そして、タヌキが落とした葉っぱなのか、木から舞い落ちてきた葉っぱなのか、その差異さえも判別できるようになった。
 わたしはおそらく、プロの目利きに昇格したのである。そう、タヌキと人間の。
 しかし、不思議なことに、身近な存在には、なかなか気づくことができないようだ、ということも判明した。たぶん、彼らは普段街を歩くときはわりと油断をしてるのだろう。毎日会うような関係ではボロが出やすい。彼らはきっと文字通り尻尾を出さぬよう慎重なのだ。もしくは、まだ人間社会の根幹に彼らは進出していないのかもしれない。

 そんなことを考えていれば、幾ばくか前、名刺を交換した相手にタヌキがまぎれていた。それは取引先との打ち合わせで、先方の担当者が変更になったという引き継ぎの挨拶のとき。訪ねてきたのは、人間ふたりとタヌキが一匹であった。たぶん、あの会議室で、彼をタヌキだと見抜いていたのはわたししかいなかったと思う。温井さんだ。それはとある部品の専門商社で、彼が新たな担当者だった。
 彼がノートPCを広げた瞬間、わたしは息を呑んだ。業界としてはめずらしい、齧られたリンゴの上にある葉っぱのマークを見つけたから。そういえばとテーブルの上を見遣れば、差し出された名刺のロゴにも、鮮やかなみどりの葉っぱ。わたしの脳内は途端に葉っぱに侵食されていく。彼の碧色のネクタイの柄さえ、今にも動き出しそうなシダ植物に見えてくる不思議。なんだか目の前がぐるぐると渦を巻いている。いかん、これでは完全に温井さんのペースだ。
 温井さんの両隣に座る女性たちも、わたしの左隣の上司も、うっとりと彼を見つめている。みんな化かされているのだ。このまま彼から発注すれば、届いた段ボールの中身はすべて葉っぱに違いない。工場のラインを止めるわけにはいかない。温井さんが珈琲に手をつけたタイミングで、わたしは思わず口を開いた。

「ご提案いただいた部材の素晴らしさはよくわかりました。すぐにでも切り替えたいくらいですが、互換性の検査などもありますので、まずは評価からですね。ちなみに、温井さんは、御社ではもう長いのですか」

 温井さんはわたしに向かってゆっくり微笑む。もっと年上かと思ったが、案外歳は変わらないのかもしれない。笑うと少年のようなあどけなさが出てくる。意外とこのひとは胡散臭くないほうのタヌキなのかもしれない。

「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけるのはうれしい限りです。ではまずはサンプル品をお送りしますね。でも僕はまだ入社して間もないのです。木常さん、よろしくご指導ください」

 両側のふたりの女性もにっこり笑って頭を下げる。わたしは自分の心にやわらかな春の風がふいてきたのを感じる。心の奥に眠っていたなにかが芽吹いた瞬間でもある。そしてその芽は瞬く間に伸びて蕾となり、そしてゆっくりと花ひらいた。
 初めて香りまで感じた。4月のにおい。花々の交じったやさしい香り。たぶんこれは、恋の香り。

🍃 🍃 🍃

 気がつけば、わたしと温井さんは結婚していた。昨日のことだ。わたしは彼の正体に気づいていたものの、しらないふりをしつづけた。彼はまったく尻尾を掴ませなかった。葉っぱを落とすこともなければ、タヌキのタという瞬間もない。趣味は登山だと言っていた。わたしのことも誘ってくれたが、義務感から誘っただけなのかもしれないと思い、同行はしなかった。しかし、山に行く前はかならず誘ってくれるので、これはひょっとして山のなかで、わたしに正体を告げようとしているのではと勘づいたのである。一度だけその誘いに乗じた。実は、わたしも登山がすきだった。高尾山から陣馬山を縦走する。陣馬山の山頂にあるあの白いモニュメントに無性に会いたくなったのだ。卑猥だというひともいるが、わたしは神秘に満ちたすばらしいものだと思っている。しかし、あの日わたしはわすれていた。天狗だ。ついついタヌキのことばかり考えていたので、TOKYOに天狗がいることをすっかりとわすれていた。

🍃 🍃 🍃

 「タヌキと結婚したひと」というインターネットのコミュニティをわたしはときどき覗いている。
 旦那デスノートと言われる類の、クソ旦那〇ね! みたいな罵倒や、いかに自分の旦那が無能なのか、なぜこの男と結婚してしまったのか、そんな自身の後悔を延々と語られているものなのかと思っていたら、ぜんぜんちがった。総じてみんなしあわせそうで、和やかなエピソードにあふれていた。旦那さんのお腹が気持ちいいという投稿すらなかった。タヌキの旦那さんには甲斐性があるばかりか、浮気もせず、育児にも協力的らしい。産後の恨を持つ妻など、一切いなかった。みな自分の夫がどれほど素晴らしいか、タヌキと結婚して本当に良かったと語っている。ほんとうにそうなのだろうか。疑り深いわたしは探してしまう。ひとりくらい、ふざけたタヌキがいたっていいじゃないかと。
 ある一人の女の子の投稿が目に留まった。その子の両親がどうやら仲睦まじいタヌキの夫婦だったようだ。しかし、おかあさんは早くに亡くなってしまったらしく、おとうさんがたったひとりでその子とその弟を育て上げてくれたらしい。シングルファーザーである。再婚する様子もなければ、よそに女性の影もない。ただただ朝晩、仏壇の前に座っておかあさんにごはんやおかあさんのすきだったお菓子を備えてお茶を出す。そして長い間、おかあさんと話しているんだという。わたしも両親がうらやましく、おとうさんのようなタヌキの夫を探しますと書き込んでいた。わたしは自然に目元にハンカチを寄せていた。
 温井さんのやさしい丸い顔を思い出す。わたしは充足感で満ちていく。

 まだわたしが温井さんでなかったころ、ふたりでよく公園に出かけた。彼ののんびりとした話し方がわたしは途方もなくすきだ。

「木常さんって、落ち葉踏まないですよね」
「え?」
「音、嫌いなのかなと思って」

 わたしが葉っぱを踏まないことは見抜かれていた。

「春って浮かれますよね」
「温井さんも?」
「僕は年中です」

  温井さんはそう言って、春の陽射しに目を細めた。わたしは落ち葉を避けながら家まで歩く。
 タヌキと結婚できて、ほんとうによかった。わたしはなんてしあわせものなのだろう。

🍃 🍃 🍃

 貫井映美。自分の名前。まだしっくりとこない。なんとなく恥ずかしいような。わたしも「貫井さん」と呼ばれるのか。
 あれ。貫井。貫井? 温井さんではなかったか。温井さんの丸い顔を思い出す。……いや、温井さんは、あんなに鼻が高かっただろうか。シュッとした高い鼻に、鋭い眼差し。あれはタヌキというより、まるで――。
 いつからわたしは貫井さんになったのだろう。
 わたしはあわてて社用携帯で、名刺管理アプリを開く。
 出てきた名前はやはり「温井」さんだった。ロゴの丸い葉っぱのマークがやわらかい印象を添えている。そして温井さんの顔を思い出そうとするのに、丸いのか高いのか、ぼやけたまま消えてしまった。

 ふとリビングの壁をみれば、見事なヤツデの葉が飾られている。あれ。いつのまに。



あの、
おしまい。


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