人生100年時代の”老後資金のつくり方”
日本では長らく、60歳で定年退職し、その後は年金で悠々自適に暮らす──そんな老後の姿が「常識」とされてきました。
しかし、少子高齢化が加速し、年金制度を支える現役世代の数が減少するいま、その前提は大きく揺らいでいます。制度の持続可能性が問われるなか、「定年後=年金生活」という図式は、もはや過去のものとなりつつあるのです。
こうした現実に対し、いまファイナンシャル・プランナーの間では、「WPP」という新たなフレームワークが提唱されています。
本記事では、人生100年時代における老後資金の備え方として、この「WPP」の考え方をわかりやすく解説します。
老後資金の“3本柱”──WPPとは?
「WPP」とは、老後の生活を支えるための3つの収入源である
W:Work longer(就労延長)
P:Private pensions(私的年金)
P:Public pensions(公的年金)
この3要素をバランスよく組み合わせて備えるという、新しいライフプラン設計の考え方だ。
それぞれの内容をもう少し詳しく見ていこう。
■ W:Work longer(就労延長)
60歳以降の高齢期にも可能なかたちで働き続け、収入を得ること。
日本では、高年齢者雇用安定法により、企業は「65歳までの雇用確保」が義務づけられており、「70歳までの就業機会の確保」については努力義務とされている。定年とされてきた60歳以降も働ける環境の整備が進んでおり、これからは70歳まで働いて稼ぐのが当たり前の時代に変わるかもしれない。長く働くことで、生活を支える基礎収入を得られるだけでなく、公的年金の繰下げによる受給額の増加や、社会とのつながりによる心身の健康にもつながるなど副次的な効果にも期待できそうだ。
■ P:Private pensions(私的年金)
企業型年金(DC)や個人型確定拠出年金(iDeCo)など公的年金に上乗せして備える自助努力による老後資金のこと。
日本の年金制度は、「1階:基礎年金(すべての国民)」「2階:厚生年金(会社員・公務員が加入)」「3階:私的年金(任意加入)」という3階建て構造になっており、この私的年金は3階部分に位置する。国も“貯蓄から投資へ”というスローガンのもと、制度整備を進めており、長期・積立・分散といった資産形成のスタイルは着実に広がってきている。
■ P:Public pensions(公的年金)
国の制度として支給される老齢基礎年金・老齢厚生年金。
老齢基礎年金は日本の年金制度における「1階部分」にあたり、すべての国民に共通して設計されている老後資金の土台だ。老齢厚生年金は「2階部分」にあたり、公務員や会社員が加入する。
ただ、公的年金は一定の生活保障機能を担うものの、少子高齢化の進行により、将来の給付水準には不透明感も残る。
これら3要素を組み合わせ、自らの老後資金を設計することが、WPPの基本思想である。
従来型とWPPを比較すると、以下のイメージ図のようになる。

現役世代が準備しておきたいこと
① 就労延長のマインドセット
まず、これまで常識とされてきた”60歳定年退職”は、これからの時代は変わり得ることを理解しておきたい。理想とする生活水準によっては、70歳を過ぎても働く人もいるかもしれない(もちろん現役バリバリとは言わないまでも)。
② 私的年金
2つ目は、現役引退後~公的年金受給期間を繋ぐ5~10年分の私的年金。現役世代のうちに、長期・積立で備えておきたい(本記事の巻末に、私的年金のラインナップを挙げた)。
③ 老後をイメージした資金・キャリア計画
”就労延長”とはいっても、いつまでも企業の従業員として働くことに抵抗がある人もいるだろう。そんな人には、転職、起業、副業などの選択肢もある。定年を迎えて慌てて考え始めるのではなく、できれば現役で働いているうちから、定年後の理想の働き方を想像しておきたい。理想から逆算して、現役のうちにどんな経験を積むか、どんな知識を蓄えるか、動けることがベターだろう。また、同時に必要資金の準備も計画的に進めておきたい。
WPPの矛盾
ここまで、人生100年時代の新たな老後資金設計として「WPP」の考え方を紹介してきた。しかし、このフレームワークには、現役世代の視点から見るといくつかの「矛盾」や違和感も存在します。
矛盾①|「老後まで働きたくないんだけど」問題
WPPの「W=Work longer」は、就労延長を前提とした設計だ。
しかし、現役で働く世代からすれば、「老後くらいゆっくりしたい」「70歳まで働くなんて無理」と思うのが自然かもしれません。
一方で、年齢を重ねることで“働くこと”の意味が変わるという調査結果がある。
2025年6月7日発刊の東洋経済『お金と心を豊かにする 定年後の人生戦略』で、「50代で激変する働きがい」と題した特集の中で、次のような傾向が紹介されていた。
【仕事の負荷が減るとともに減少するもの】
・報酬
・責任
・仕事の難しさ
・社会からの評価
・複雑な業務
【仕事の負荷が減るとともに増加するもの】
・業務の理解・習熟度
・仕事への熱意
・活力
・没頭
・自分で仕事の進め方を決める機会
このように、“現役を終えた後”の働き方には、報酬とは別の充実感があるようだ。もちろん、会社に縛られて働くことに抵抗があれば、転職・副業・起業などの選択肢もある。大切なのは、「老後も働けるか」ではなく、「どう働きたいか」を自分の意思で描いておくこと。そのためにも、先述した「資金とキャリアのイメージづくり」は、現役時代から始めておくべき準備といえそうだ。
矛盾②|税負担が増える問題
WPPのうち、「公的年金(P)」の受給額を増やす方法として、「繰下げ受給」がある。受給を繰下げることで、年金額は最大84%増(75歳まで)となり、金銭的メリットは大きく見える。
しかし、増額された年金には当然、所得税や住民税がかかる。特に、退職金や私的年金など他の収入と重なると、課税所得が増えてしまうため、節税面では不利になるケースも。
また、現在はまだ繰下げ受給を選ぶ人は多くありません。これは、60歳から年金を受け取れる「特別支給の老齢厚生年金」があった影響ですが、この制度が2026年(男性)/2031年(女性)で終了すると、選択する人は増えていくと見られます。
繰下げのメリットは数字上大きい一方で、税負担・健康状態・寿命リスクなどを踏まえたトータル設計が求められるのです。
矛盾③|“長生き前提”問題
WPPという設計思想は、「人生100年時代」を前提としている。つまり、「長生きすること」を前提にしているのだ。
たとえば、公的年金を繰下げ受給した場合、一定年齢より前に亡くなれば、受給額の増加分を回収できずに“損をしたように見えることもあります。
もちろん、人の寿命は誰にもわからない。しかし、平均寿命が80歳を超えた現代のリスクマネジメントとしては、“長生きしても困らない状態を用意しておく”ことが必要になりつつある。
さいごに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本記事では、人生100年時代の老後資金をどう備えるか、そのヒントとして「WPP」という考え方をご紹介しました。
医療の進歩によって長く健康に生きられる時代になった一方で、年金制度を支える現役世代は減り続け、老後の生活設計はこれまで以上に“自分で考える時代”へと変わりつつあります。
誰もが長生きする可能性があるからこそ、老後をリスクではなく、人生の後半を自由に楽しむ時間に変えるには戦略が必要です。
WPPはそのためのひとつのフレームワークです。
「働く」「備える」「受け取る」を自分らしく組み合わせることで、将来の選択肢を広げることができます。
まずは、自分にできる一歩から──。
たとえば、iDeCoや企業型DCなどの私的年金制度について調べてみることも、そのスタートになります。
未来の自分のために、いま考え、動き始めてみませんか。
マネーライター|にいみ
【巻末資料|私的年金 制度一覧】
(1)iDeCo(個人型確定拠出年金)
対象者:20歳以上60歳未満の国民年金加入者
特徴 :掛け金が全額所得控除対象(節税効果)、受取時の税制優遇
積立限度額:月額6.2万円
受給開始:60歳以降
年金額:積立額と運用成績により異なる(受け取りは年金または一時金)
(2)国民年金基金・付加年金・小規模企業共済
【国民年金基金】
対象者:自営業、フリーランスなど国民年金の第1号被保険者
特徴 :掛け金が全額所得控除対象(節税効果)
掛け金:月額上限68,000円(iDeCoと合算上限)
受給開始:60歳または65歳から選択
年金額:加入プランに応じて確定(終身年金のプランなど有)
【付加年金】
対象者:自営業、フリーランスなど国民年金の第1号被保険者
特徴 :掛け金が全額所得控除対象(節税効果)/10年納付で2年の受給で元が取れる
掛け金:月額400円
受給開始:65歳から(老齢基礎年金に上乗せ)
年金額:200円 × 納付月数
その他:繰り下げ受給も可能(増額率月0.7%)、国民年金基金との併用は不可
【小規模企業共済】
対象者:小規模企業の経営者や個人事業主
特徴 :掛け金が全額所得控除対象(節税効果)
掛け金:月額1,000円〜70,000円(500円単位で自由に設定)
受給開始:廃業・退任・老齢(満65歳以上)を迎えたとき
年金額:掛金額と加入年数に応じる
その他:小規模企業の経営者や個人事業主向けの退職金制度として活用
(3)企業型DC
対象者:企業型確定拠出年金を導入している企業の従業員
特徴 :掛け金は企業が拠出。ただし、従業員が上乗せする「マッチング拠出」の仕組み有。本人拠出分は全額所得控除対象。
積立限度額:月額5.5万円
(4)その他|個人年金保険・財形年金貯蓄
【個人年金保険】
対象者: 制限なし(保険加入要件は保険会社により異なる)
特徴: 民間の保険商品。保険料控除の対象(上限あり)
受給開始: 60歳~65歳開始が一般的
年金額: 契約時に定額(確定・終身など支払い方法により異なる)
その他:商品種別によって、受取方法が「確定払い」「有期払い」「保証期間付き有期払い」「終身払い」「保証期間付き終身払い」に大別される。
【財形年金貯蓄】
対象者: 財形制度を導入する企業の従業員(加入時55歳未満)
特徴: 給与天引きで積立。5年以上の積立&60歳以降に年金形式で受け取ることで利子が非課税(上限550万円まで)
受給開始: 原則60歳以降、年金形式で受給
年金額: 積立額+利子(元本保証・運用利率は預金水準)
その他: 途中解約時は利子課税。制度導入企業でないと利用不可。
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