【人魚おじさん物語Day9 — 雑に優しい背中】
── 海底研究所・研究棟の通路
言い方は乱暴だった。
態度も、決して丁寧とは言えない。
雑に優しくされたぷる助は、
はまちに文句を言いながらも、内心では
「……悪いヤツではないな」
と、少し考えを改めていた。

一方のはまちは、
ぷる助が、ぷるりの名前を聞いた瞬間だけ、
ほんの少し目が泳いだ。
いつもの強がりが、一瞬だけ薄くなる。
それを、はまちは見逃さなかった。
ぷる助の乱暴さの奥に、
焦りみたいなものが見えたからだ。
さっきから、
作業指示書の前を通るたび、
ぷる助の目だけが、
ほんの少し止まる。
はまちは、
それに気づいていた。
「コイツもいろいろ悩んどるんやな」
はまちは、そう思った。
そこで初めて“雑に優しくする”理由が
自分の中で繋がった気がした。
はまちは、
何も言わなかった。
ぷる助は、そんなはまちの沈黙を、
うまく受け取れない。
けれど──
さっきまでの雑さが、
少しだけ違って見えた。
はまちとは、価値観が違う。
考え方も、物事の捉え方も、噛み合わない。
それでも──
理屈はわからない。
でも、
嘘をつくヤツではない気がした。
はまちの背中を見つめながら、
ぷる助は、昔の自分を思い出していた。
ぷる助自身、入学当初は落ちこぼれだった。
何をやっても上手くいかず、
授業についていくのがやっと。
周囲との差を思い知らされる日々だった。
そんなぷる助に、
何度も手を差し伸べたのが、ぷるりだった。
幼馴染として、
時に厳しく、時に根気強く、
ぷるりはぷる助を見捨てなかった。
そのおかげで、
ぷる助は必死に食らいつき、
努力を重ね、
卒業する頃には
学年で一番の成績を取るまでになった。
──けれど。
その学年に、ぷるりの姿はもうなかった。
ぷるりは飛び級で卒業し、
マリネラの助手として、
すでに別の場所で働き始めていたのだ。
ぷる助は知っている。

ぷるりは、努力だけで届く存在ではない。
どれだけ自分が積み重ねても、
同じ場所に立つことはできない。
それでも、
自分が歩いてきた道を、
無駄だとは思っていなかった。
落ちこぼれだった自分を、
ここまで連れてきたのは、
紛れもなく自分自身の努力なのだから。
ぷるりへの敬意と、
拭いきれない劣等感。
その両方を抱えたまま、
ぷる助は今日も前に進んでいる。
はまちの背中を、ちらりと見る。
口は悪い。
態度も雑だ。
けれど、
努力していることだけは、
ちゃんと見ているヤツだ。
「……しゃあないな」
ぷる助は、心の中でそう呟いた。
まだ仲良くなるつもりはない。
理解し合えたとも思っていない。
それでも──
少なくとも、敵ではない。
海底研究所の通路に、
静かな水流が流れていく。
その背中は、
相変わらず雑だった。
でも──
少しだけ、
見え方が変わっていた。
── Day10へつづく。
