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人魚おじさん物語 Day13 — 海が、音を変えた


病室は、静かだった。
波の音も、機械の駆動音も、遠い。

アマボは、ふっと目を開けた。

理由はわからない。
ただ、胸の奥が、かすかにざわついた。

ベッドの横で、
人魚おじさんが椅子に腰かけている。
メモを見ていた顔を上げて、アマボを見る。

「……ん? どうかしたの?」

アマボは、窓の向こうを見る。
青い海。
いつもと同じ光。
揺れる影。

「……わからない」

そう答えながら、アマボは胸に手を当てた。

何も起きていない。
でも、何かが動き出した気がした。

人魚おじさんは、小さく微笑む。

「気のせいだよ。
今日は、静かな日だから」

その“静かさ”が、
なぜかアマボには、少しだけ── 重かった。



── 海が、音を変えた


最初に気づいたのは、はまちだった。

「……なんか、静かすぎひんか」

食堂の湯気は、
いつもよりまっすぐに上がっていた。
揺れない。
流れない。

まるで、
空気そのものが立ち止まっているみたいだった。

ぷる助は、布巾を絞る手を止める。

「静かっていうか……
“待ってる”感じやな」


その瞬間、照明が一度だけ、淡く明滅した。

通路の奥から、低い水音が伝わってくる。
波じゃない。
機械でもない。
何かが、
研究所の外側を“なぞる”ような音だった。

通信ベルが鳴る。

短く。
鋭く。
間を置いて、もう一度。

ぷるりの表情が変わる。

さっきまでの柔らかさが、すっと消えた。
目の奥に、仕事の色が戻る。

「……来た」

はまちは冗談を言おうとして、やめた。
ぷる助も、何か言いかけて、飲み込む。

通路の向こうから、声が飛んでくる。

「海域、変動あり!」
「搬送ルート、確保して!」
「患者数、まだ読めない!」

単語だけが、空気を切っていく。

ぷるりは一歩、前に出る。
それから、止まった。

代わりに、天井の通信スピーカーが低く響く。

マリネラの声だった。

「……各区画、医療優先体制へ移行。
補助班は通路を空けて。
判断は、こちらで引き受けます」

説明はなかった。
理由も、状況も、語られない。

でも、その一言で十分だった。

“軽くない”
それだけが、はっきり伝わる。

ぷるりは唇を噛んだ。
目は、もう通路の奥を見ている。

ぷる助が、横に立つ。

「……行くんか」

ぷるりは、少しだけ首を振る。

「……まだ」

はまちは、何も言わずに走り出した。
通路の角で、振り返りもしない。

ぷる助は、一瞬だけ拳を握る。

(……来たな)

研究所が、完全に“仕事の顔”になる。

その中心に、
まだ踏み込めないぷるりが、立っていた。



── Day14へつづく。

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