文藝春秋巻頭随筆「最後の一冊」
昨日十日は文藝春秋の発売日。さっそく購入し、巻頭随筆から読み始めている。その中に、ジャーナリストの大鹿靖明氏による興味深い一文があった。
大鹿氏は一九六五年生まれ。朝日新聞記者、編集委員を経てノンフィクション作家として活躍している。その大鹿氏が二〇二四年、同じジャーナリストの大塚将司氏から「次の本を書くのを手伝ってほしい」と頼まれたという。
大塚氏は一九五〇年生まれ。日本経済新聞の記者を経て作家となった。二人はともに早稲田大学出身で、勉強会を共にする仲だった。
大塚氏は、一九七五年に日経へ入社して以来の膨大な手書きメモを保管していた。取材先とのやり取りや会食での会話など、あらゆる接点の記録である。それらを数年かけてパソコンに整理し、「数分あれば、誰がいつどのような話をしたのか検索できるようにした。それによって見えてきたことを次の著書にまとめたい」と語った。そのために大鹿氏の協力を求めたのである。
大塚氏の構想は、バブル崩壊後の不良債権処理をめぐる危機対応の過程を、人間模様も含めて詳細に描くというものだった。その経緯の多くは、世に語られているような単純な物語ではないという。表に出ていないエピソードも数多くあるらしい。もし完成していれば、日本の金融危機の舞台裏を生々しく伝える貴重な記録になったに違いない。
ところが、その四か月後、大塚氏は仕事場のマンションで倒れた。意識が戻ることはなく、この三月に亡くなった。享年七十五歳だった。
大鹿氏は随筆の最後でこう記している。
「膨大な手間をかけて検索できるようにしたというのに、構想を聞いただけで終わってしまった。『歴史の草稿』を手伝えなかったことが残念でならない」
私は、そのパソコンデータを引き継ぎ、大鹿氏自身が『歴史の草稿』を書き継ぐことはできないのだろうかと思った。もちろん簡単な話ではないだろうが、あまりにも惜しい。
ジャーナリストといえば、高校の同期にO氏がいる。同じく早稲田大学出身で、毎日新聞記者、論説委員、大学教授を経て、多数の著書を世に送り出してきた。今年一月に会った際、「今年いっぱいかけて一冊書き上げるつもりで準備している」と話していた。どうやら最後の一冊にするつもりらしい。
我が身を振り返ると、公私ともにそれなりの歴史がある。長年、日記ともメモともつかないものを書き溜めてきた。しかし私が死ねば、それを引き継ぐ人はいない。おそらくそのまま消えてしまうのだろう。何を残し、何を残さないのか。そんなことを考えさせられた「最後の一冊」だった。
