谷崎潤一郎という奇妙な魅力
文藝春秋8月号の「戦後80年の偉大なる変人才人」特集で、40人の最後に谷崎潤一郎が登場します。その特集では、作家の阿刀田高氏(90歳)が谷崎について語っているのですが、彼の言葉を聞いて、改めて谷崎という作家の人物像に触れてみます。
阿刀田氏は谷崎について、こんな風に評しています。「良くも悪くも自分ファーストの人柄だった。他人への心使いもそこそこに示したが、基本は自分の思想や好みにかたくなで、それを貫いた生涯だった。」確かに、谷崎の生き様は、周囲を振り回しながらも、自分を貫いた印象が強い。彼の個人主義は、時に周囲に迷惑をかけたかもしれませんが、だからこそ彼の作品が生まれたのだとも言えるでしょう。
谷崎が24歳のとき、発表した短編小説「刺青」がデビュー作だといいます。その物語は、背中に怪しい刺青を掘られた若い娘と、彼女に憧れて身を滅ぼす男性の物語。男性が女性に従属し、結局は自らを犠牲にしていく構図が描かれています。このテーマは谷崎の生涯にわたるモチーフであり、例えば「痴人の愛」や「春琴抄」などでも顕著に表れています。
不思議なことに、これらの作品に登場する女性たち—まだ10代の少女たち—に魅力を感じる一方、身を滅ぼすのは立派な中年男性たち。奇妙な物語のように感じますが、読み進めるうちにその心情が理解できてくる。自分にもあり得るような感情が顔を出し、異常に思えていたものが、徐々に普通に思えてくるから不思議です。男性の心の葛藤があまりに生々しく、身近に感じられるのです。
そして、谷崎の私生活もまた奇妙で興味深いものでした。29歳で結婚した女性、石川千代をその後親友の佐藤春夫に譲り、少し後に文芸記者の古川丁未子と結婚。しかし、再び松子という女性と親しくなり、最終的には松子と結婚。松子は、谷崎の最後の伴侶となり、彼の晩年を支えました。このような波乱万丈な私生活が、彼の作品にも反映されているのでしょう。
谷崎が晩年に発表した「鍵」や「瘋癲老人日記」などは、いずれも性的なテーマを追求した作品で、当時の社会からは批判を受けました。特に「鍵」は、夫婦の閨房を日記風に描いた内容で、かなりきわどいものだったため、国会で問題にもなったほどです。それでも、谷崎は次々と新しいテーマを切り開いていきました。このような挑戦的な姿勢が、彼を昭和を代表する大作家たらしめたのだと感じます。
文学というものは、時に道徳や社会規範を超えて、人間の心の奥深くにある暗部を描き出します。谷崎の小説も、男女の異常な心理を描くものが多いのですが、読み進めるうちに、異常さを感じなくなる。むしろ、次第にその心理が自分の中にも存在しているのではないかと思えてくる。文学とはまさに、そんなふうに心に風穴を開ける仕事なのだと、改めて感じます。
谷崎の作品を、また一度読んでみたくなりました。彼が生涯にわたって創り出した作品群は、数限りなくあり、私が読んだのはそのほんの一部に過ぎません。これからも少しずつ残りを読んでいきたいと思います。そのたびに、新たな発見があることでしょう。
