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わが人生の最大の失敗――2.ヒートシンク材開発の挫折

  文藝春秋五月号の「我が人生最大の失敗、経営者篇」に触発されて、自分の仕事上の失敗を振り返っている。今回は、新材料開発の失敗である。
 
 2000年、五十三歳で新潟の子会社の社長に転出した。数年後、携帯電話の振動子と刃物や金型の表面処理で新商品の開発に成功し、業績を飛躍的に向上させることができた。いずれも独自の金属を用い、性能とコストで他社を圧倒していた。しかし、新商品の寿命は長くない。数年後には次の商品に取って代わられることは明らかだった。
 
 会社には、圧倒的にレベルの高い金属技術者が一人いて、それまでの商品開発は彼が中心となって推進してきた。その彼が、次に取り組むべきは半導体のヒートシンク材だと言う。
 
 ヒートシンク材は半導体の基板として使われ、発生する熱を素早く逃がす役割を担う。一般には銅やアルミが用いられるが、これらは熱膨張が大きく、半導体の寿命に影響を及ぼす。熱伝導率が高く、しかも熱膨張率の低い材料が望ましいが、それは容易ではない。
 
 そこで、銅やクロム、タングステンなどを組み合わせ、熱伝導と熱膨張に異方性を持たせた新しい金属の開発に取り組んだ。技術者は全国の需要家を回り、一定の評価は得たものの、本格採用には至らなかった。
 
 新潟在任八年半のうち、最後の三年間をこの開発に費やしたが、結局、商品化には至らなかった。後任の社長のもとでも開発は続けられたようだが、結果は同じだった。
 
 今にして思えば、最大の問題は、開発が実質的に一人の技術者に依存していたことにあった。卓越した能力ゆえに、彼に任せれば道は開けるという期待があった。しかし、ヒートシンク材のように用途開発と顧客評価が不可欠な分野では、組織的な開発体制と需要家との継続的な共同作業が必要だった。新潟の一社で背負うには、いささか荷が重かったのである。
 
 もう一つは、私自身の判断である。それまでの技術開発の成功体験が、次も同じ延長で突破できるという思い込みを生んでいた。採用に至らない段階で方向転換の機会はあったはずだが、私は見切ることができなかった。結果として、時間と経営資源をこの開発に費やし続けることになった。
 
 世に名経営者といわれる人でさえ、過去の成功体験から抜け出せず、晩節を誤ることがある。あの時の私もまた、その一人だったのだろう。
 
 幸い、それまでの蓄積が支えとなり、会社に致命的な打撃を与えるには至らなかった。しかし、一人の卓越した技術者に依存し、成功体験に判断を委ねたままでは、新しい領域は切り拓けない――そのことを身をもって知ることになった。

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