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Bang & Olufsen、藤原ヒロシに黒くしてもらえばカルチャーになると思ってない?

今日も違和感を見つけた。

Bang & Olufsenが、藤原ヒロシのFragment Designとコラボしたというニュースを見た。

Bang & Olufsen、藤原ヒロシに黒くしてもらえばカルチャーになると思ってない?

最初はそう思った。

もちろん、かなりかっこいい。

Bang & Olufsenの精密なアルミニウムの質感に、Fragment Designの黒が乗る。

Beoplay H100、Beosound A1、Beosound Shape、Beosystem 9000c。

Wallpaperの記事によれば、今回のコラボではBang & Olufsenの4つの製品がFragment Designのモノクロームな美学で再構成され、黒い仕上げやFragmentのロゴが加えられている。

でも、ここに少し引っかかった。

これは本当に音響機器の話なのか。

それとも、ガジェットがカルチャーを着始めた話なのか。

音質の話だったはずである

Bang & Olufsenは、本来かなり音とデザインのブランドである。

スピーカー。

ヘッドホン。

オーディオシステム。

家具のように置かれる音響機器。

空間に馴染むプロダクト。

そこには、音質、素材、工業デザイン、インテリア性があった。

つまり、音をどう聴くかのブランドだった。

しかし今回のFragment Designとのコラボを見ると、単に音を聴くための製品には見えない。

もちろん音は出る。

性能もある。

高級オーディオとしての品質もある。

でも、前面に出ているのは音質だけではない。

黒。

藤原ヒロシ。

Fragment Design。

東京。

ストリート。

カルチャー。

所有した時の空気。

つまり、これは音響機器であると同時に、カルチャーの記号になっている。

ガジェットが服みたいになっている

最近、ガジェットがどんどん服みたいになっている気がする。

スマホ。

イヤホン。

ヘッドホン。

スピーカー。

カメラ。

キーボード。

マウス。

時計。

昔は、スペックで選ぶものだった。

音が良い。

軽い。

バッテリーが持つ。

画質が良い。

処理速度が速い。

壊れにくい。

もちろん今もそれは重要である。

ただ、それだけではなくなっている。

そのガジェットを持っている自分がどう見えるか。

どんな机に置くのか。

どんな部屋に似合うのか。

どんな服と一緒に写るのか。

どんな価値観の人間に見えるのか。

そこまで含めて選ばれる。

つまり、ガジェットが自己表現になっている。

いや、もっと言えば、ガジェットが服化している。

黒は性能ではない

Fragment Designの黒は、性能ではない。

音を良くするわけではない。

バッテリーを伸ばすわけでもない。

ノイズキャンセリングを強化するわけでもない。

でも、欲しくなる。

ここが面白い。

黒くなるだけで、製品の意味が変わる。

同じ機能でも、見え方が変わる。

音響機器から、カルチャーの持ち物になる。

これは、ファッションにかなり近い。

黒い服を着ることで、身体の意味が変わる。

黒い靴を履くことで、足元の印象が変わる。

黒いサングラスをかけることで、顔の距離感が変わる。

今回のBang & Olufsenも同じである。

黒は性能ではなく、距離感である。

機械を、少し冷たくする。

部屋を、少し硬くする。

所有者を、少し分かる人側に置く。

だから黒は強い。

藤原ヒロシは、機能ではなく空気を足している

今回のコラボで藤原ヒロシが足しているものは、機能ではない。

空気である。

Bang & Olufsenはもともと高級オーディオとして成立している。

そこへFragment Designが入ることで、別の読まれ方が生まれる。

ただの高級音響ではなくなる。

東京のストリート文脈が入る。

90年代以降の裏原的な空気が入る。

音楽、ファッション、グラフィック、ガジェットを横断してきた藤原ヒロシの文脈が入る。

Wallpaperの記事でも、藤原ヒロシがDJやプロデューサーとしてキャリアを始め、グラフィック、ストリートウェア、ファッションへ展開してきた人物として紹介されている。

つまり、Bang & Olufsenは音質にFragmentを足したのではない。

高級オーディオにカルチャーの読み方を足した。

ここが重要である。

コラボは若返りの外部調達でもある

最近、ブランドのコラボには似た構造がある。

老舗ブランドが、カルチャーブランドと組む。

高級ブランドが、ストリートと組む。

ガジェットブランドが、ファッションの人と組む。

スポーツブランドが、推し活や音楽と組む。

この時、ブランドは何を買っているのか。

単にデザインを買っているわけではない。

若さ。

空気。

文脈。

話題性。

分かる人だけ分かる記号。

そういうものを外部から取り込んでいる。

以前、CoachとBrain Deadの話でも同じことを考えた。

老舗ブランドが自力で若返るのではなく、カルチャーブランドを借りて若者の空気へ接続している。

Bang & OlufsenとFragment Designも近い。

Bang & Olufsenが古いブランドだという意味ではない。

むしろ、洗練されたプロダクトブランドである。

ただ、その洗練だけでは今の市場では足りない。

機能だけでも足りない。

デザインだけでも足りない。

そこにカルチャーの名前が必要になる。

高級ガジェットは、所有者の美意識を売る

高級ガジェットは、性能だけでは説明できない。

なぜそんなに高いヘッドホンを買うのか。

なぜそんなに高いスピーカーを置くのか。

なぜ部屋にそこまでこだわるのか。

なぜ黒い限定モデルが欲しいのか。

音が良いから。

それはもちろんある。

でも、それだけではない。

その製品を持っている自分の美意識を確認したいからである。

これは、ファッションと同じである。

服を買う時、人は布だけを買っているわけではない。

自分が何に惹かれ、何を拒み、どんな距離で世界と関わりたいのかを買っている。

以前、ファッションとは自己分析であることに気づいた、という記事で書いた。

ガジェットも同じ方向へ来ている。

何を使うか。

何を机に置くか。

何を耳につけるか。

何を部屋に置くか。

それが、その人の美意識を示す。

Bang & Olufsen × Fragment Designは、まさにそこにある。

これは音響機器でありながら、所有者の美意識を映す装置である。

便利さの次に、所有欲が来る

今のガジェットは、かなり便利になった。

安いイヤホンでも普通に聴ける。

スマホのスピーカーでも最低限は鳴る。

Bluetooth接続も簡単である。

音楽はサブスクで聴ける。

つまり、音を聴くだけなら、そこまで高い機械は必要ない。

だからこそ、高級オーディオは別の価値を持たなければならない。

所有したい。

置きたい。

触りたい。

見たい。

見せたい。

部屋の空気を変えたい。

自分の生活に濃い物を置きたい。

そういう欲望である。

これは、一点豪華主義にも近い。

全身ボロいのに、靴だけCCP。

メガネだけJMM。

部屋は狭いのに、オーディオだけ異常。

そういう人がいる。

Bang & Olufsen × Fragment Designは、かなりその世界に近い。

生活全部を豊かにするのではない。

一点だけ異常に濃くする。

その一点が、音響機器である。

テック製品がカルチャーを着る時代

今回のニュースで見えたのは、テック製品がカルチャーを着る時代である。

ガジェットは、もう機能だけでは選ばれない。

ブランドの文脈。

色。

素材。

誰と組んだか。

どのカルチャーに接続しているか。

そこまで見られる。

これはスポーツ用品にも起きている。

以前、ミズノの和紙シューズについて、スポーツ用品は工芸になれるのかと書いた。

スポーツ用品は本来、速い、軽い、丈夫を追求する工業製品だった。

でもそこに和紙という素材や工芸の文脈が入ると、単なる性能ではなく文化の話になる。

Bang & Olufsenも同じである。

オーディオは本来、音を良くするための工業製品である。

でもそこにFragment Designの黒が入ると、音だけではなくカルチャーの話になる。

工業製品が、文化を着る。

ここに今のブランドの大きな流れがある。

ただの黒ではない

もちろん、黒くしただけなら誰でもできる。

問題は、誰の黒なのかである。

Fragment Designの黒には、文脈がある。

藤原ヒロシの名前がある。

東京のカルチャーがある。

音楽とファッションの横断がある。

ロゴの小ささがある。

分かる人には分かる感覚がある。

だから、ただの黒ではない。

文脈のある黒である。

ここがラグジュアリーとカルチャーの接点になる。

現代の高級感は、素材や価格だけではない。

文脈を読めるかどうかにも宿る。

ただ黒いだけなら普通である。

でも、それがFragment Designの黒だと分かった瞬間、意味が変わる。

これはかなり現代的である。

結論

Bang & Olufsen、藤原ヒロシに黒くしてもらえばカルチャーになると思ってない?

最初はそう思った。

でも考えていくと、これはかなり今っぽいニュースだった。

音響機器は、音質だけで選ばれる時代ではなくなっている。

ガジェットは、性能だけではなく、所有者の美意識を映すものになっている。

黒は性能ではない。

でも、黒は意味を変える。

藤原ヒロシが足しているのは、機能ではなく空気である。

Bang & Olufsenが売っているのは、音だけではない。

部屋に置いた時の緊張感。

耳につけた時の距離感。

所有した時の文脈。

つまり、テック製品がカルチャーを着始めている。

便利さだけなら、もっと安い選択肢がある。

音を聴くだけなら、別にこれでなくてもいい。

それでも欲しくなるのは、そこに美意識と文脈があるからである。

ガジェットは、いつから音質ではなく、所有者の美意識を売るようになったのか。

今回のBang & Olufsen × Fragment Designは、その問いをかなり分かりやすく見せている。

Void Labについて

Void Labは、服に現れる時代の変化を観測する小さな研究室です。

ブランドはなぜ物語を売るのか。ラグジュアリーはなぜ生活へ広がるのか。流行はなぜ市場に回収されるのか。

週刊服飾観測・月刊服飾観測を中心に、ファッション、ブランド、消費、カルチャーの違和感を読み解きます。

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