なぜ今、ブランドは商品ではなく物語を売るのか
1. 推し活特集を読んで、少し考えた
WWDの推し活特集を読んだ。
最初は、アイドル市場の話だと思った。
FRUITS ZIPPERのようなグループ、ファンダム、グッズ、ライブ、SNS、ファンとの関係性。
そういう話として読める。
実際、WWDJAPANの5月18日号は推し活パワーを特集し、ファンダムの熱量や購買行動への影響力を扱う号として告知されている。プレスリリースでも、推し活市場を読み解く鍵としてストーリーテリングの相乗効果が挙げられていた。
でも読んでいるうちに、これは推し活だけの話ではない気がしてきた。
これは、物語経済の話である。
人は、商品を買っているようで、実際には物語へ参加している。
ライブへ行く。
グッズを買う。
SNSで拡散する。
感想を書く。
写真を撮る。
友人に勧める。
誕生日を祝う。
投票する。
ランキングを気にする。
新曲や新作のタイミングに合わせて、自分の生活の一部を動かす。
これは、ただ商品を買っているだけではない。
物語の進行に参加している。
推し活が強いのは、商品が強いからだけではない。
参加する理由があるから強い。
ここが、これからのブランドを考えるうえでかなり重要だと思う。
2. 推し活市場はなぜ強いのか
推し活市場は大きい。
CDGとOshicocoによる第2回推し活実態アンケート調査では、推し活人口を1384万人、推し活市場規模を3兆5000億円と推計している。
もちろん、市場規模の推計には調査主体や定義の違いがある。
推し活の範囲をどこまで含めるかによって数字は変わる。
アイドル。
アニメ。
声優。
VTuber。
俳優。
スポーツ選手。
キャラクター。
配信者。
二次元も三次元も、リアルイベントもオンラインも、全部を同じ推し活として扱ってよいのかは簡単ではない。
ただ、少なくとも言えるのは、推し活が単なる趣味の一部ではなく、かなり大きな消費領域になっているということだ。
では、なぜここまで強いのか。
商品を買っているだけではないからである。
推し活において、グッズはグッズで終わらない。
ライブチケットも、単なるイベント参加券ではない。
SNS投稿も、ただの感想ではない。
それらはすべて、応援という参加行為になる。
推しの物語が進む。
その過程を見届ける。
自分もその一部になった気がする。
この感覚がある。
だから、推し活の消費は強い。
商品を買うことが、応援になる。
応援が、所属になる。
所属が、物語への参加になる。
つまり、推し活は消費ではなく参加として設計されている。
ここが普通の買い物と違う。
普通の買い物では、商品を受け取った瞬間に関係が終わることが多い。
服を買う。
届く。
着る。
終わり。
バッグを買う。
使う。
終わり。
ガジェットを買う。
便利になる。
終わり。
もちろん、そこにも満足はある。
しかし推し活の場合、購入は終わりではない。
むしろ、参加の証明になる。
このグッズを買った。
このライブへ行った。
この投稿をした。
この瞬間を一緒に見た。
それらが、自分もその物語にいたという証拠になる。
ここが強い。
推し活の消費は、所有よりも参加に近い。
物を手に入れることより、その物語の一部になった感覚の方が大きい。
3. ファンは消費者ではなく伝道者になる
昔のマーケティングは、かなり単純化すればこうだった。
企業が商品を作る。
広告を出す。
消費者が買う。
もちろん昔から口コミはあった。
ファンコミュニティもあった。
熱狂的な支持者もいた。
しかし、企業と消費者の関係は、基本的には商品を中心に整理されていた。
企業。
商品。
消費者。
この流れである。
でも今は、少し違う。
企業。
物語。
共同体。
商品。
こうなっている。
商品は最後に来る。
まず、世界観がある。
物語がある。
参加する空気がある。
共有できる言葉がある。
その共同体の中で、商品が意味を持つ。
ファンは、単なる消費者ではない。
むしろ、伝道者に近い。
よかったと語る。
この人を見てほしいと広げる。
なぜ好きなのかを説明する。
新しく入ってきた人に文脈を教える。
イベントへ誘う。
グッズを見せる。
SNSで熱量を共有する。
企業が広告費を払って届ける前に、ファンが届けてくれる。
ただし、ファンは利用されているだけではない。
ファン自身も、広げることに意味を感じている。
自分が好きなものが届くこと。
推しが知られること。
同じ熱量を持つ人が増えること。
その共同体が大きくなること。
そこに喜びがある。
だから強い。
商品が売れるのではなく、物語が拡張される。
その拡張の中で、商品が売れる。
これが、今のブランドにとってかなり重要な構造である。
企業が一方的に発信する時代ではない。
ファンが語る。
ファンが翻訳する。
ファンが布教する。
ファンが新しい参加者の入口になる。
この時、ブランドはもはや商品を販売する会社ではなく、物語を維持する装置になる。
4. 推し活は宗教に近い、でも宗教批判ではない
推し活は、構造だけ見れば宗教に近いところがある。
ただし、これは推し活を批判したいわけではない。
人間がもともと持っている、物語へ参加したい欲求の話である。
宗教には、思想がある。
物語がある。
儀式がある。
共同体がある。
象徴物がある。
聖地がある。
信じる理由がある。
推し活にも、それに近い構造がある。
推しがいる。
その人やグループの物語がある。
ライブやイベントがある。
グッズがある。
ファン同士の共同体がある。
誕生日や記念日がある。
聖地巡礼のような行動もある。
もちろん、宗教と推し活は同じではない。
深刻さも、制度も、歴史も違う。
しかし、人間が何かに意味を見出し、そこへ時間や金や感情を注ぎ、他者と共有するという意味では、かなり近い構造がある。
人間は、ただ商品が欲しいだけではない。
意味が欲しい。
所属が欲しい。
自分の消費が何かにつながっている感覚が欲しい。
自分が応援したことによって、物語が少し進んだように感じたい。
推し活は、その欲求をかなりきれいに満たしている。
だから強い。
そしてこれは、アイドルだけの話ではない。
ブランドも、同じ方向へ向かっている。
推し活は、商品を買う行為ではなく、物語へ参加する行為である。
では、なぜこの構造がアイドル市場だけで終わらず、ラグジュアリー、ストリート、ファッションブランド、小さな個人ブランドにまで広がっているのか。
なぜ人は、商品そのものではなく、その背後にある物語へお金を払うようになったのか。
そして2030年、企業は商品ではなく、何を売るようになるのか。
無料部分では、推し活やブランドがなぜ物語へ向かっているのか、その入口までを書いた。
ここから先では、もう少し深く入る。
なぜ人は商品ではなく物語にお金を払うのか。
なぜブランドはコミュニティを作りたがるのか。
なぜファンは消費者ではなく、物語を広げる存在になっていくのか。
そして2030年、ブランドやカルチャーはどこへ向かうのか。
Void Labでは、こうしたファッション、カルチャー、AI、所有、消費、生活の違和感について、単発の感想ではなく、継続的な観測として書いている。
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さらに、ラボメン限定Discordでは、ラボメン同士でファッション、カルチャー、AI、働き方、生活の違和感についてディスカッションしている。
完成した答えだけを読む場所というより、まだ形になりきっていない違和感を、一緒に考えていく場所である。
この記事の後半では、推し活を入口に、ブランド、ラグジュアリー、ストリート、AI、そしてByakuyaまで接続しながら、2030年の物語経済について考える。
商品ではなく、物語へ課金する時代に、自分はどんな物語へ参加したいのか。
その問いまで掘っていく。
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