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史家語り 甲子園は、暮らした土地をもう一度つないでくれる──2011年の英明から花巻東と新田へ

高校野球を見ていると、ときどき不思議な感覚になる。

ただ勝敗を追っているだけなのに、そこに自分が暮らした土地や、仕事で訪れた場所の記憶が重なってくる。

私の場合、その感覚が強くなったのは、長い転勤生活があったからだ。

秋田で生まれ、横浜、山形、神戸、高松、盛岡と、仕事で県外を暮らしてきた。

高松市には9年間、盛岡には単身赴任を含めて10年間暮らした。

仕事では四国4県を回り、東北でも岩手、青森、秋田を行き来してきた。

だから甲子園に出てくる学校の名前を見ても、単なる「代表校」としては見られない。

その土地で過ごした時間まで、一緒によみがえってくるからである。

今年の甲子園でも、そんな一試合があった。

2011年、高松で最も身近だった英明

2011年、私は高松市に住んでいた。

当時の職場から英明高校までは、歩いてわずか5分ほどだった。

英明高校の生徒たちが利用する最寄り駅も、私が利用していた駅と同じだった。

普段利用するコンビニも同じだった。

甲子園に出場する高校は全国にいくらでもある。

しかし、このときの英明は違った。

私の生活圏の中にある高校だった。

当時の私にとって、全国の甲子園出場校の中で最も身近な存在だったのである。

その英明が甲子園に出場し、初戦で糸満高校を破った。

そして秋田からは能代商業が出場していた。

能代商業も初戦で神村学園を破った。

両校が勝ち上がれば、お盆休みの甲子園で対戦する。

高松で暮らしていた私にとって身近な英明と、故郷・秋田の能代商業。

そんな夢のようなカードが、本当に実現した。

私は甲子園のスタンドで、その試合を観戦した。

そして能代商業が勝った。

この試合は、私にとって秋田県勢の甲子園勝利を初めてスタンドで生で見た試合となった。

テレビ画面ではない。

新聞の記事でもない。

甲子園のスタンドから、自分の目で秋田県勢の勝利を見届けたのである。

2011年のあの日は、今でも私の高校野球観戦の中に残っている。

甲子園は、暮らした土地の記憶を呼び起こす

あれから15年が流れた。

私は高松を離れ、盛岡でも長く暮らした。

単身赴任を含めれば、岩手での暮らしは10年になる。

高松では9年間暮らし、仕事では四国4県を回った。

その土地で暮らした時間は、仕事を離れたからといって消えるものではない。

甲子園でその土地の代表校が登場すれば、自然と記憶がよみがえる。

全国各地を転勤してきた私にとって、甲子園は単なる高校野球の大会ではない。

かつて暮らした土地を、もう一度つないでくれる場所なのである。

そして2026年、その感覚を強く感じるカードがあった。

花巻東と新田──岩手と愛媛の対決

岩手代表の花巻東と、愛媛代表の新田である。

花巻東は岩手では上位進出を期待される存在だ。

昨秋の東北大会を制し、明治神宮大会ではベスト4。

今春のセンバツにも出場し、今夏は岩手大会4連覇を達成した。

Aランクの評価を受けるのも当然である。

私は岩手で10年暮らしてきた。

だから花巻東には当然注目する。

しかし、相手が新田と聞いたとき、私は簡単な試合にはならないと見ていた。

なぜなら、私は四国で9年間暮らしてきたからである。

「新田」を知らないことの怖さ

岩手と愛媛は遠い。

岩手で暮らしている人にとって、愛媛の高校野球は決して身近なものではない。

そのため、新田という名前を聞いても、東北では花巻東ほどの知名度はないかもしれない。

しかし、名前の知名度と実力は別物である。

新田には、過去のセンバツ準優勝という実績がある。

そして今年の春、四国大会を制した。

高知農、英明、高知商を破って四国の頂点に立ったのである。

これは偶然ではない。

四国の強豪を勝ち抜く力を持ったチームだからこそ、春の四国王者になった。

私は試合前からこう見ていた。

花巻東は強い。だが、新田も強い。

だから「花巻東が勝つ可能性は高い」とは思っても、「花巻東が勝つに決まっている」とは考えなかった。

この二つは似ているようで、まったく違う。

英明が教えてくれたもの

今回、新田に注目していた理由はもう一つある。

前日、英明が東東京代表の関東一を破った。

2011年、高松で最も身近だった英明。

その英明を、今年の春の四国大会準決勝で破ったのが新田だった。

新田は春の四国大会で英明を3-1で破り、その英明は夏の甲子園で関東一を破った。

もちろん、野球は単純な足し算ではない。

しかし、四国勢が全国の舞台でも十分に戦えることを、英明が甲子園で証明したことに変わりはない。

だからこそ、新田にも相応の警戒が必要だった。

花巻東4-2新田──春の四国王者は、やはり簡単な相手ではなかった

そして試合が終わった。

結果は、

花巻東 4-2 新田。

花巻東が春の四国大会王者との接戦を制し、初戦を突破した。

花巻東は8安打4得点。

新田も6安打を放ち、6回には1点差まで追い上げた。

しかも双方ノーエラー。

最後まで緊張感のある試合だった。

花巻東は強かった。

しかし、新田も強かった。

この二つは両立する。

花巻東が勝ったからといって、新田が弱かったわけではない。

むしろ、春の四国王者が甲子園でも十分に戦えることを、新田はこの試合で示した。

結果は4-2。

しかし、これは花巻東の圧勝ではない。

花巻東が、強い新田を振り切った4-2である。

私は今日の試合を、そう評価する。

「名前」ではなく、グラウンドを見る

高校野球では、どうしても学校名が先に立つ。

甲子園で実績のある学校。

地元で有名な学校。

評価の高い学校。

そうした情報は、観戦するうえで重要である。

しかし、それだけで勝敗を決めることはできない。

相手を知らなければならない。

これは選手だけの話ではない。

応援する側にも当てはまる。

花巻東には全国レベルの実績がある。

だから岩手で期待が集まるのは当然だ。

一方、新田には春の四国大会を制した実績があった。

そして今日、その力を甲子園のグラウンドで示した。

名前を知っているかどうかと、強いかどうかは別の話である。

今日の試合は、それを改めて証明した。

岩手10年、四国9年──二つの土地を応援する

私にとって今日の試合は、単なる岩手対愛媛ではなかった。

岩手で10年暮らした者として花巻東を応援する。

同時に、四国で9年間暮らした者として新田にも注目する。

夫人も同じ感覚で、この試合を見ていた。

「岩手だから花巻東」。

それだけではない。

「愛媛だから新田」。

そんな気持ちも自然に湧いてくる。

長い転勤生活は、決して楽なことばかりではなかった。

しかし、振り返れば、全国各地で暮らした経験は甲子園を見る楽しみを確実に広げた。

かつて暮らした土地が、甲子園という一つの舞台で再びつながってくる。

これは、長い転勤生活が残してくれた思いがけない財産なのである。

甲子園は、人生の地図を広げてくれる

2011年、高松で暮らしていた私は、英明と能代商業の試合を甲子園のスタンドで見た。

あのとき私は、その後も長く全国を転勤して歩くことになるとは思っていなかった。

今振り返れば、あの試合もまた、私の人生の地図の一部だったのである。

高松で暮らした9年間。

四国4県を仕事で走り回った時間。

盛岡で暮らした10年間。

そして現在の秋田。

甲子園には、その土地の代表校がやってくる。

だから、その学校を見れば、自分が歩いてきた場所の記憶まで一緒によみがえる。

高校野球とは、そういうところが面白い。

勝敗だけではない。

自分が暮らした土地と、そこで過ごした時間まで、甲子園はもう一度つないでくれる。

今日の花巻東4-2新田。

花巻東は初戦を突破した。

新田は敗れた。

しかし、春の四国王者として堂々と甲子園を戦った。

そして私にとっても今日の一戦は、長い全国の旅の中に刻まれる、また一つの甲子園の記憶となった。

2011年の高松から、2026年の盛岡へ。

そして岩手と愛媛へ。

甲子園は、15年の時間を越えて、私が暮らしてきた土地をもう一度つないでくれたのである。

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