【信用創造入門編】銀行は「預金を又貸し」していない。信用創造の真実を一から解き明かす
「銀行は、預金者から預かったお金を企業に貸し出している」
多くの方がそう信じていると思います。高校の教科書にもそう書いてあります。テレビの経済番組でも、銀行は「お金の仲介役」として紹介されます。
しかし、それは間違いです。
2014年、イングランド銀行(イギリスの中央銀行)は公式の季刊誌で「現代経済における貨幣創造(Money creation in the modern economy)」と題した論文を発表し、「銀行が預金を集めてから貸し出している」という通説は「通俗的な誤解」であると明言しました(Bank of England, Quarterly Bulletin 2014 Q1)。2017年にはドイツ連邦銀行も同様の論文を発表しています。2019年4月には、当時の黒田東彦・日銀総裁も参議院予算委員会で「銀行が与信行動をすることで預金が生まれることはご指摘の通り」と答弁しました。
つまり、世界の主要中央銀行がそろって「教科書は間違っている」と認めているのです。
では、実際にはどうやってお金は生まれるのか。その仕組みが「信用創造」です。今回は、この「なんとなく聞いたことはあるけど、人にうまく説明できない」概念を、歴史から具体例まで一つ一つ解きほぐしていきます。そして、信用創造を正しく理解することが、なぜ日本の経済政策をめぐる議論にとって決定的に重要なのかを示します。
1.そもそも「お金」とは何か?──金貨から預り証へ
信用創造を理解するには、まず「お金とは何か」を考え直す必要があります。
多くの人は、お金を「モノ」だと思っています。金貨や銀貨、紙幣という「物体」がどこかに存在していて、それが人から人へ手渡されることで経済が回っている、と。しかし歴史をたどると、お金の本質は「モノ」ではなく「信用の記録」であることが見えてきます。
話を17世紀のロンドンに巻き戻しましょう。当時、金細工師(ゴールドスミス)たちは頑丈な金庫を持っていました。裕福な商人たちは、重たい金貨を自宅に置いておくのは物騒だと考え、金細工師に金貨を預けるようになります。金細工師は代わりに「預り証」を発行しました。「あなたの金貨100枚を確かに預かっています」という紙切れです。

ここから面白いことが起こります。商人たちは、取引のたびに金庫から金貨を取り出すのが面倒になり、やがて預り証そのものを支払い手段として使い始めたのです。パン屋への支払いも、布の仕入れも、金貨を動かさず預り証を渡すだけ。受け取った側も「いつでも金貨に換えられるなら、これでいいか」と受け入れました。
そしてある日、金細工師は気づきます。金庫に眠っている金貨は、めったに引き出されない。全員が同時に金貨を取りに来ることはまずない。ならば──金庫にある金貨の量を超えて、預り証を発行してもバレないのではないか?
実際に金細工師たちは、預かっている金貨が100枚しかないのに、200枚分、300枚分の預り証を発行し、それを「貸付」として商人に渡しました。金庫の中身は変わっていないのに、世の中に出回る「お金」の総量は2倍、3倍に膨れ上がった。これが信用創造の原型です。

この金細工師たちの営みが、やがてイングランド銀行をはじめとする近代的な銀行制度へと発展していきます。重要なのは、お金が「金貨」という物体から「信用」という記録へと変化したという点です。
そして現代。日本のマネーストック(経済全体に出回っているお金の総量)はM3ベースで約1,522兆円ですが、そのうち現金通貨(紙幣と硬貨)はわずか約112兆円、全体の7%に過ぎません。残りの93%は銀行預金、つまり銀行のコンピュータに記録された「数字」です。私たちが「お金」だと思っているものの大部分は、物理的には存在しません。それは銀行の帳簿上の「記録」に過ぎないのです。
2.教科書の「又貸しモデル」はなぜ間違いなのか
ここで、多くの方が学校で習った「信用創造」の説明を振り返ってみましょう。
高校の教科書にはこう書いてあります。「Aさんが銀行に100万円を預ける。銀行は支払準備率10%分の10万円を手元に残し、残り90万円をBさんに貸し出す。Bさんがその90万円を別の銀行に預けると、その銀行はまた9万円を残して81万円を貸し出す。これを繰り返すと、最初の100万円が最終的に1,000万円の預金を生み出す」。いわゆる「又貸しモデル」です。

この説明は直感的にわかりやすいのですが、実際の銀行業務とはまったく異なります。
イングランド銀行の2014年論文は、この点を明快に指摘しています。要点を整理すると、次のようになります。

教科書の説明(又貸しモデル):預金が先にあり、それを元手に貸出が行われる。中央銀行がベースマネーの量を操作し、準備預金率(貨幣乗数)を通じて銀行の貸出量を決定する。
現実の銀行業務:貸出が先にあり、その結果として預金が生まれる。銀行は預金者から預かったお金を又貸ししているのではなく、貸出の瞬間に、何もないところから預金を創り出している。中央銀行は量ではなく金利を通じて間接的に貸出量に影響を与える。
これは教科書が教える「Deposits create loans(預金が貸出を生む)」とは、因果関係がまったく逆なのです。
3.信用創造を「体感」する──1億円が生まれる瞬間
では、実際に銀行が融資を行う場面を、具体的に見てみましょう。
ある製造業のA社が、新しい工場を建てるために、みずほ銀行に1億円の融資を申し込みます。審査を経て、融資が決定しました。
このとき、みずほ銀行は金庫から1億円の札束を取り出してA社に手渡す……のではありません。A社の預金口座に「100,000,000」という数字を入力する、ただそれだけです。
この瞬間、みずほ銀行のバランスシート(貸借対照表)には次の変化が起きます。
資産の部:「A社への貸出金 1億円」が新たに計上される
負債の部:「A社の預金 1億円」が新たに計上される

資産と負債が同時に、同額だけ増えます。みずほ銀行の金庫から何かが減ったわけではありません。他の預金者の残高が1円でも減ったわけでもありません。文字通り「無から有が生まれた」のです。
経済学者たちはこれを「万年筆マネー」と呼びます。銀行家が万年筆でサインするだけでお金が生まれることに由来する呼び方です。現代では万年筆の代わりにキーボードが使われますが、本質は同じです。
逆に、A社が融資を返済するとどうなるでしょうか。A社が1億円を返済すると、バランスシート上の「貸出金1億円」と「預金1億円」がともに消滅します。お金が「破壊」されるのです。信用創造の反対は「貨幣破壊」であり、返済によってお金は世の中から消えます。これが「お金はモノではなく記録である」ということの意味です。
無限には創れない──3つの制約
「銀行が好きなだけお金を創れるなら、なぜ銀行は破綻するのか?」という疑問は当然です。信用創造には現実的な制約があります。
第一に、借り手の信用(返済能力)です。
先ほどのバランスシートを思い出してください。銀行がA社に1億円を融資した瞬間、資産の部には「A社への貸出金 1億円」が計上されます。ここでA社が倒産し、1円も返済できなくなったらどうなるか。「貸出金1億円」は価値ゼロの不良債権になります。ところが負債の部の「A社の預金1億円」はすでにA社が使ってしまっている(仕入先への支払いなど)ので、消えません。
すると、資産が1億円減ったのに負債はそのままという状態になります。この差額は銀行自身の「自己資本」(株主から集めた資本金や過去の利益の蓄積)で穴埋めするしかありません。不良債権が積み重なれば自己資本が食い尽くされ、銀行は債務超過に陥って破綻します。1997年の北海道拓殖銀行や山一證券の破綻は、まさにこの制約が効いた結果です。
第二に、他行との決済です。
みずほ銀行がA社に1億円を融資し、A社の口座に「1億円」と書き込む。ここまでは「書くだけ」です。しかしA社がこの1億円を、三菱UFJ銀行に口座を持つ取引先B社に送金したらどうなるか。B社の口座はみずほ銀行にはないので、「書くだけ」では済みません。
このとき使われるのが日銀当座預金=すべての銀行が日本銀行に持っている「銀行の銀行口座」です。みずほ銀行の日銀当座預金から1億円が引き落とされ、三菱UFJ銀行の日銀当座預金に振り込まれます。自行内では帳簿上の操作で済んだお金も、他行への送金が発生した瞬間、「本物の」決済手段が必要になるのです。
無制限に融資を増やせば、顧客が他行に送金するたびに日銀当座預金が流出し、やがて決済資金が底をつきます。これが信用創造の第二のブレーキです。
第三に、中央銀行の金利政策です。日銀が政策金利を引き上げれば、銀行の貸出金利も上がり、企業の借入需要は減退します。中央銀行はお金の「量」を直接コントロールするのではなく、お金の「価格(金利)」を操作することで、間接的に信用創造のペースに影響を与えているのです。
ここで気づくべきは、制約の中に「銀行が持っている預金の量」は含まれていないということです。これこそが、教科書の「又貸しモデル」と現実の決定的な違いです。信用創造を制約するのは「元手の量」ではなく、「借り手の信用」「決済能力」「金利環境」という3つの要素なのです。
4.信用創造を理解すると「財源論」が崩れる
ここからが、積極財政の議論にとって最も重要な部分です。
「信用創造」の仕組みを正しく理解すると、日本の経済政策をめぐる多くの「常識」が根底から揺らぎます。
「税金を集めてから支出する」は誤り
政府の支出についても、銀行の信用創造とまったく同じ原理が働いています。政府は年度初めから国庫短期証券(FB)を発行し、日銀が引き受けることで、税収が入る前から支出を行うことが可能です。つまり政府は「先に支出し、後から税で回収する」のが実際の順序です。税は「財源」ではなく、経済から通貨を「回収」するツールに過ぎません。この点は下記の記事で詳しく解説しています。
30年のデフレは「信用創造の不足」だった
信用創造は、銀行が企業に貸し出すことで起こります。しかし日本では1998年以降、企業部門が「貯蓄超過」に転じました。つまり企業がお金を借りるより貯める側に回ったのです。企業が借りなければ、銀行は信用創造できません。新しいお金が生まれない。

これは日本経済にとって致命的でした。企業がお金を借りない→信用創造が起きない→世の中のお金が増えない→需要が不足する→物価が下がる→さらに借りなくなる……という悪循環が、「失われた30年」の正体の一つです。
この状況で、民間の信用創造の穴を埋められるのは政府しかいません。政府が国債を発行して支出を増やせば、民間の預金は増え、需要が生まれます。政府が財政出動を行う必要があるのは、まさにこの「民間の信用創造の不足」を政府が補う必要があるからです。
日銀の量的緩和が効かなかった理由
ここで、日銀の量的緩和の話にもつながります。異次元の量的緩和でマネタリーベース(日銀当座預金+現金)は5倍に膨れ上がりましたが、肝心のマネーストック(実際に経済で使われるお金)はほとんど増えませんでした。日銀当座預金に積み上がった「ブタ積み」です。
この現象は、信用創造の仕組みを理解すれば当然の結果です。日銀がいくら銀行にお金を供給しても、企業が借りに来なければ信用創造は起きない。お金は銀行の帳簿(日銀当座預金)の中で眠るだけ。これをイングランド銀行の論文は「糸で押す(pushing on a string)」と表現しています。中央銀行は金融緩和でお金を「引っ張る」ことはできても、「押し出す」ことはできないのです。
だからこそ、「高圧経済」の実現には金融政策だけでは不十分であり、政府が積極的に財政出動を行い、需要を創り出すことで、企業の投資意欲を喚起し、民間の信用創造を活性化させるという「官民協調」が不可欠なのです。
5.お金は「モノ」ではなく「信用の記録」である
最後に、信用創造の正しい理解がもたらす最も根本的な認識の転換をまとめます。
「財源がない」「国の借金が大変だ」「将来世代にツケを残すな」──こうした主張は、すべてお金を「モノ」だと思い込んでいることから生まれます。お金が有限の物体であるなら、使えばなくなるし、借りれば返さなければなりません。
しかし、ここまで見てきた通り、お金は銀行が帳簿に書くだけで生まれ、返済すれば消える「記録」です。金庫の中の金貨の量に制約されていた時代はとうに過ぎ去りました。現代の通貨は、信用に裏打ちされた「情報」です。
もちろん、だからといって無制限にお金を創っていいわけではありません。制約は存在します。しかしその制約は「金庫にお金がない」ではなく、「インフレ率」であり「供給能力」です。日本はマネタリーベースを5倍に増やしてもコアインフレ率2%に届かなかった国です。供給能力に余裕がある限り、信用創造を拡大してもインフレが暴走するリスクは極めて低い。
30年にわたるデフレは、煎じ詰めれば「信用創造の不足」でした。企業は借りず、政府は「財政健全化」の名のもとに支出を絞り、世の中のお金が十分に生まれなかった。その結果、賃金は上がらず、投資は停滞し、経済は冷え込んだのです。
この30年の遅れを取り戻すには、政府が率先して財政出動を行い、民間の投資を呼び込む「官民協調」で、信用創造を活性化させるしかありません。お金は「ない」のではなく、「創っていない」だけなのです。
参考資料:
