積算という発見

ニセコで雪が降っていた。4月24日、今シーズン最後の雪になるかもしれない。気温は3℃、降った雪は雪面に接触した瞬間から溶け始める。パウダーにはならないが、視界はなんとかあった(^-^)

こういう天候のときは、気象情報の中で霜注意報が出たりする。農家さんは、毎日の気温情報には敏感だ積算温度を見ているからだ。

積算温度という概念を最初に定義したのは、フランスの科学者ルネ・レオミュールだった。1735年、今から291年前のことだ。彼はその5年前、1730年に列氏温度目盛を考案した人物でもある。温度を測る道具を作った同じ人が、5年後に時間軸で温度を積み上げるという発想に到達した。

これは小さな発見ではない。温度計ができたばかりの時代、多くの科学者は「今、何度か」を測ることで満足していた。レオミュールは一日の気温だけでなく、何日分の気温が積み上がっているかが、植物の成長や昆虫の変態を決めていることに気づいた。瞬間値の科学から、時間軸の科学への跳躍だったと言える。

彼は昆虫学者でもあり博物学者でもあったようだ。生き物を日常的に観察していたから、気候と生命の関係を数値化する必要に気づけたのだと思う。

この概念が、290年経った今、世界中の農家さんの判断基準になっている。日本の場合の温帯作物は日平均気温5℃を超えた分が積み上がって初めて成長する。スイカの果実が成熟するには800〜1000℃の積算温度が必要、春コムギは1900℃、ジャガイモは1000℃など、稲作の発芽準備期間なら積算水温で約100℃というわけだ。農家さんは自分の作る作物の積算温度は空で言えるのだと思う。

ところが、日本ではこの概念を学校で習わない。僕も教えられた記憶がない、小学校でも中学校でも、積算温度は教えられていない。農家さんの実務では常識になっている知識が、普通教育のカリキュラムから抜け落ちている。調べてみると農業高校などでは教えられるそうだ、まぁ当然だ(^-^)

日本の農業に積算温度が本格的に取り入れられたのは、明治期以降と考えられる。札幌農学校や帝国大学農学部を経由して、欧米の農学が一気に日本に入ってきた時代だろう。北海道の開拓には、本州と異なる気候に合わせた作物選びが不可欠で、気候と収穫の関係を科学化する必要に迫られたはずだ。フランス発祥の概念が、ドイツやアメリカを経由して日本に届いた典型的な明治期の知識輸入ルートだといえる。まぁ北海道では「少年よ大志を抱け」というクラーク博士の言葉が有名だが(^-^)

教育で習うのは大志を抱けだが、あの言葉の後半は、金のためでなく名声という空虚なもののためでもない、人間としてあるべき姿を完成させるためにといいう続きがある。成功しろという意味ですらないことを教えるべきなのだが(^-^)

ニセコでの雪をみながら考えた。余市町や仁木町の農家さんは、リンゴやサクランボの花芽を心配しているかもしれないと。

一日の気温は大したことがなくても、積み上がれば実をつける。この当たり前の事実に気づくのに、人類は17世紀まで必要だった。

若い人の大志も、一度に積み上がるわけではない。積算温度のように積み上がることで、それに近付くのだろう。