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退職代行『イッシンジョウ』│新堂劇場

 深夜に鳴り響く、電話音。

 オフィスには、一人の男しかいない。

 男は一度、左右を確認。

 そして受話器をとった。

「はい、退職代行『イッシンジョウ』、霧ヶ谷でございます」


 

 俺はオフィスを目指して、走った。

 朝、起きた。スマホを見た、テレビを見た。

 通勤ラッシュもその話題で持ちきり。

 ウチのオフィスが入っているビルは、マスコミと野次馬でごった返していた。

「すいません、すいません」

 俺は割り込んで、エレベーターへ乗り込むと、我が社の階を押した。


 扉が開くと、知ってる人、知らない人で、溢れていた。

 オフィス中央にテレビモニターが置かれている。

「遅かったな」

 直属の上司、浅野さんはいつもの扇子で仰ぎながらにやけ顔でこちらを見ている。

「き、き、霧ヶ谷が……」

 俺は声が出ない。

「ああ、今、記者会見やってる」

「本当なんですか?」

 俺はようやく、話せるようになった。

「ああ、内閣総理大臣の退職代行を請け負うんだとよ」

 言い終わって、浅野さんは大笑いをした。

「社長は?」

「もちろんオッケーだ!」

 モニターの一番前にいた社長が、首だけをこちらへ向けて大きな声を出してきた。

「いいんだ……」

「『退職代行イッシンジョウ』の名札つけてるから、良い宣伝になるんだとよ」

 浅野さんの表情には、諦めの色が浮かんでいた。

 モニターに映る、霧ヶ谷はいつものスーツで記者会見を行っていた。

「総理大臣の退職なんて、簡単なはずだがな。総辞職すればいいんだから」

 浅野さんは、扇子をフリフリしてモニターは見ていない。

「総辞職すれば、これからのG7、園遊会、大相撲の総理大臣杯贈呈など、総理仕事が滞る事になります。そこで、衆議院を解散し、国民に信を問い、選挙期間中にワタシは、総理の代行として、行事をこなしていこうと思います」

 霧ヶ谷は、真っ直ぐモニターからこちらを見て言い放った。

「ははははは、人は権力持つと離したくなくなるからなぁ」

 浅野さんは、さらに爆笑した。

 偉い事になった。

 同期の霧ヶ谷がだ。



 即日、衆議院は解散。

 選挙日が、一ヶ月後に決められた。

 我が社も、霧ヶ谷を支援するために、動くはずだった。


「『イッシンジョウ』は動かないでください。これは、クライアントとの契約です」

 なあーーーにが! 偉そうに!

 社員は顔を合わせるたびに、霧ヶ谷への文句ばかりになった。

 俺もやっかみから、霧ヶ谷を支援することはしなかった。

 その頃から、浅野さんの姿を見なくなった。そして、机に一つの名刺を見つけたので、それを誰にも見られず、俺はポケットに忍ばせた。


 それから一ヶ月、霧ヶ谷は総理代行として各地を飛び回った。

 我が社は知名度は上がったものの、逆に仕事はしづらくなった。


 投開票、当日。


 霧ヶ谷総理代行の与党は、歴史的大敗を喫した。


「申し訳ございませんでした」

 どういうわけか、社員の大半が会社で、開票速報を見た。もちろん、社長が一番前だ。

 皆が、霧ヶ谷が頭を下げるのを、モニターで見た。


 パチパチパチパチ。

 社長一人、大きく手を叩いた。

「どうしたんです?」

 幹部社員が、社長に聞いた。

「これだよ。これ、きっちりと退職を代行したじゃないか。霧ヶ谷、完璧じゃないか。彼の昇進は間違いないよ。うん。うん」

 社長は満足そうだった。

 

 俺は静かに、席を立ち廊下へと出た。

 左のポケットからスマホを取り出し、浅野さんの机にあった名刺の所へ電話した。


「あ、もしもし」

(こちら、退職代行『タタキツケ』でございます)

「退職代行をお願いしたいのですが」




#短編

#総理大臣の退職代行

#退職代行の退職代行

#霧ヶ谷の暴走

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