ピーピーうるさい機械と、5秒しかたってない人間
きょうも、レジに急かされている。
わたしは、5秒しか使っていないのに、機械のほうは10年ぐらい待たされた顔をしている。
コンビニのセルフレジに立つ。
画面にはやさしそうなフォントで「開始ボタンを押してください」と書いてある。
そこまではいい。
商品をスキャンして、袋に入れて、支払い方法を選ぶ。
ここで一瞬、迷う。
ポイントカード(あるいはアプリ)は出すか出さないか。
財布を探して、カードを探して、指先がゴソゴソと動く。
ピーピーピーピー。
まだ支払いも終わっていないのに、画面の隅が赤く点滅を始める。
まるでこう言われているようだ。
「止まるな、考えるな、早くしろ」
たった5秒だ。
わたしの人生からしたら、まばたきみたいな時間だ。
なのに、機械のほうは火災報知器レベルの必死さで訴えてくる。
スーパーのセルフレジもそうだ。
商品をスキャンして、指定の場所に置き忘れると、あの声が流れる。
「袋に商品を乗せてください」
こっちは今、カゴの中を整理している最中である。
分かっている。
今、やろうとしている。
その途中なのだ。
なのに、少し間を置くと、もう一回、落ち着きのない声が飛んでくる。
「袋に商品を乗せてください」
分かっていると言っている。
思わず心の中で土下座してしまう。
申し訳ございません、今やります。
銀行のATMも、なかなかの催促マンだ。
暗証番号を押して、振込先を確認して、もう一回確認して、手数料に不満を覚えながらボタンを押す。
その数秒の沈黙に向かって、機械は容赦なく鳴る。
ピピピピ。
カードを抜くタイミング、現金を取るタイミング、明細書を受け取るタイミング。
全部、あっちのペースで決められている。
わたしが一歩でも遅れると、音で責められる。
あれは安全のためだ、と説明されれば、その通りだと思う。
カードの取り忘れ防止、現金の取り忘れ防止。
便利で、親切で、ありがたい。
ありがたいのだけれど、同時にちょっとだけ腹が立つ。
人間側の事情が、まるで考慮されていない感じがするのだ。
こっちはこっちで、いろいろある。
財布の中でカードが行方不明になっているとか、
手がふさがっていて小銭が出せないとか、
隣のレジの音と自分のレジの音が混ざって、何が何だか分からなくなっているとか。
そういう人間の「もたつき」を、一切見てくれない。
機械にとっては、世界は秒数とセンサーの反応だけでできている。
ピーピーという音は、不思議な力を持っている。
内容としては「カードをお取りください」とか「次の操作にお進みください」なのだけれど、
実際に胸に刺さるメッセージは、だいたい一つだ。
「遅いぞ」
その一言が、角度を変えて何種類も飛んでくる。
ヒトは、急かされると急にバカになる。
レジで警告音が鳴った瞬間、どのボタンを押せばいいのか一瞬分からなくなる。
別に難しい操作でもないのに、脳が緊張して指先が迷子になる。
するとまたピーピー鳴る。
鳴れば鳴るほど焦る。
焦れば焦るほど押し間違える。
あの音は、わたしたちの知能を一時的に下げる呪文なのかもしれない。
しかも、鳴っているのは機械なのに、なぜか申し訳ない気持ちになるのは人間のほうだ。
わたしがテンパっているせいで、後ろの人を待たせているのでは、という罪悪感が湧く。
本来、責任の大半は「設計した誰か」にあるのに、矢面に立つのはいつも客だ。
機械はピーピー鳴らしているだけで、何ひとつ傷つかない。
たまに思う。
そんなに人をまくし立てて、何が楽しいのか。
お前はそこまで急いでどこへ行く。
セルフレジよ、お前には退勤時間も残業もないだろう。
こっちは生活と疲れをぶら下げて、ようやくここまで来ているのだ。
とはいえ、静かすぎる機械も不安になる。
カードを取り忘れても何も言わないATMとか、
ずっと無言のまま処理を続けるセルフレジとか。
それはそれで怖い。
音は不快だが、音がないと別の意味で不安になる。
結局、わたしたちは音量の調整が下手な文明に生きている。
だから、最近は心の中でちいさな遊びをしている。
警告音が鳴ったとき、あえて一拍だけゆっくり動く。
急かされているのに、あえて落ち着いてボタンを押す。
5秒が4秒になったところで、人生はあまり変わらない。
焦りのほうが、だいたい悪影響が大きい。
ピーピー鳴るたびに、わたしは心の中でこう返している。
分かってるよ、と。
いまやるよ、と。
でも、わたしのペースも、きょう1日を生き延びるにはそれなりに大事なのだ、と。
きょうも、セルフレジはやかましくわたしを急かしてきた。
けれど、ちゃんと会計は終わったし、誰にも怒られなかった。
機械だけがせわしなく鳴いて、世界はそれなりに回っている。
それなら、まあいいかと思う。
ピーピーうるさい機械には、心の中でだけ土下座しておいて、
表面上は、わたしのスピードでボタンを押す。
たったそれだけのささやかな反抗が、きょうの機嫌を少しだけ守ってくれる。
