自分は話せる人だと思っていた。でも、まったく話せていなかった。
このnoteはMIMIGURIで実施しているアドベントカレンダー「#今年の一冊」のDay2です。
MIMIGURIの「#今年の一冊」アドベントカレンダー。井上さんからバトンを受け取り、Day2を担当いたします、リサーチャーの西村歩です。
今年はCULTIBASEで新たな企画のモデレーターを務める中で、これまでにはなかった種類の「技術的課題」に直面しました。今回は、その学びと気づきをテーマに、一冊をご紹介したいと思います。
人間は自分が思う以上に「できない」生き物です。
中学校や高校における「現代文」。普段自分は日本語で読み書きをしているから対策をしなくても大丈夫と捉えていたら、模試の成績が全然悪くてプライドが傷つけられてしまった...
身だしなみ、食べかた、歩きかた。
「いつもの自分ならできるはずだから大丈夫」と捉えていたことが、実は「全然出来ていないこと」だったということは、日常茶飯事です。
直せるうちに直せばいいじゃないか。
それも難しいのです。
「できない」を直視することも、なかなかプライドが許しません。そして「面倒臭い」「時間がない」という仮の理由をつけ、先延ばしに。延ばした先で「あの時やっておけば」と後悔するものの、残念なことに後悔しても「今」から始めないのが、人間に埋め込まれた怠惰のメカニズムです。
自分は話せる人だと思っていたけれど、そうじゃなかった
私自身の話をすると、今年はとにかく人前で話す機会がとにかく多い一年でした。大学での非常勤講師として約230名を対象とする講義を担当したり、自社(MIMIGURI)が運営するCULTIBASEで、『社会を動かす「コミュニティ」のデザイン』というトーク番組をモデレートしてきました。
MIMIGURIはとにかく社内で「話す」機会が多い会社です。月1度開催される全社総会でワークショップがあったり、コンサルティング事業部に所属する自分は、月に数回ほど対顧客へのワークショップを行い、学会などでの研究発表も高頻度で行っています。「話す」という実践機会の多さから、苦手意識は特段に持たなくなっていました。
だが自分が登壇したトーク番組を冷静に見返すと、「あれ、こいつ(自分)何喋ってんだ・・?」「そのコメント意味わかんない!」「長い長い!回りくどく話しすぎだよ!」と突っ込みどころだらけに。同じ企画を立ち上げた番組メンバーに相談しても、自分に話し方をめぐる技術的課題があることを見抜かれていたみたいだった。
「話し方」って個人的特性として大きいものなので、指摘の方法について気を遣っていただいていたみたいでした。テクニカルな問題を指摘していただけることは本当にありがたい。
あちゃー。このままではいかんぞ?
そんな自分を解放するために今年読み始めたのが、株式会社カエカの千葉佳織さん著の『話し方の戦略 「結果を出せる人」が身につけている一生ものの思考と技術』という本でした。
ほとんどの人には話す才能はない
この本を選んだ理由は、冒頭文で一気に掴まれたからです。
弁論でスピーチ競技を経験し、私は、本当に伝えたいことを相手の心に響かせたり、人を巻き込んだりするためには、戦略を持って言葉を紡いでいかなければならないと実感しました。
そして、話す力とは先天的な能力ではなく、スポーツや音楽と同様、やり方を把握し、軌道修正していくことで上達するのだと、〝原体験〟として明確に学びました。
もし私に話す才能があったなら、なにも考えず、なにも努力せずとも、思うがままに話すだけで望み通りの結果を得られたのでしょう。
そんなことは一切ありませんでした。
そして、私と同じように、ほとんどの人には話す才能はないのだと思います。
だからこそ、「戦略を持って話す」ということをマインドセットとして持つことができれば、あなたの話し方が変わり、人生を切り拓くことができるのです。
「ほとんどの人には話す才能はない」という一言が、なかなか刺さります。
小学生や中学生の頃に人前で話す機会が多く、成功体験を重ねることができれば、「自分は話すことが得意だ」「自分は話す才能がある」と思えるようになるかもしれません。こうした自己認識は、将来の人生設計にも確かに影響し、教師になりたい、アナウンサーになりたい、政治家になりたいなどの夢を持つきっかけにもなるでしょう。
しかしその認識は、自分が成長するにつれて、「錯覚だったのかもしれない」と気づかされることがあります。
実社会ではスキルは磨き続けなければ簡単に錆びついてしまうためです。かつての成功体験はスタートラインにすぎず、体系的にゼロから学んでいくことによって、腐敗しづらいスキルが獲得されていくのだと思います。
数学が苦手な人が点数を上げるためには、恥ずかしがらず「小学校の算数」からやり直す必要があるように、この本は「話し方が得意である」と錯覚しているひとに対しても、ゼロから体系的に「話し方」を叩き直していく覚悟を持った人のための本であるように思いました。
話し方を学ぶことは、考える技術を学ぶことでもあった
本著の24-25ページに「話し方の戦略」について体系的なフレームワークが掲載されています。3つの原則と、2つの戦略で構成されています。

話し方と聞くと、「声の出し方」や「動作」といった音声・動作の戦略にフォーカスした内容を想像してしまいます。本書を手に取ったときは、より聞き取りやすい声の出し方や、より引き込まれる動きが身につくことを期待していました。しかし実際に読み進めてみると、本書がより深く扱っているのは、何をどのように語るかという言葉の戦略、つまり内容面の構築でした。
ただ、それは考えてみれば当然で、音声や動作という表現としての話し方は、結局のところ、自分が語る「中身」によって決まってきます。話すことに対する自信は、話す相手に届くストーリーやファクトが脳内で構成できたことで湧き上がる衝動だと思います。
そうした意味では本著は「話すこと」を表現力だけに焦点化せず、その先にある「思考の組み立て方」まで含めて扱っている特徴があるように感じました。
論理への安心が、伝わらなさを生んでいた
ところで、前述の同僚と話し合った、自分の話し方をめぐる課題は
パンチラインがない
ことです。つい三段論法のように厳格に話を展開する癖があり、「一撃で伝わるメッセージ」が少なく、聞き手にとって印象の核が掴みにくい。その場での対話は成立していても、記憶のなかではあまり残っていない。これが自分の話し方の弱点として共有されていました。
【大前提】午後の集中力を高めるには栄養バランスの取れた食事が重要だね
【小前提】和食の定食は野菜とタンパク質がバランスよく食べれるよね
【結論】じゃあ、和食を食べれば、午後の集中力が高まるんじゃないかなぁ
そんな私にとって、本著で書かれている「コアメッセージ」の考え方は自分に必要ではあるものの、同時にアンラーニングが必要なものであるように感じました。
コアメッセージとはいわば、「つまりなにが言いたいのか」をひとことで示すもの。
本著ではコアメッセージがあると、伝えたいこと、大切なことを聞き手の記憶に残すことができ、話全体もまとまったものになると語られています(p.92)。またコアメッセージがあることで、言葉のひとつひとつから我田引水的な理解や解釈が拡げられてしまうことを防ぐことができるということが示されています(p.93)。
時間と共に消えていく話し言葉において、伝えたいことを聞き手にきちんと伝え、記憶に残すためには、コアメッセージという形で端的に示すことが不可欠なのです。
これまで、日常会話ですら三段論法的な構成を無意識に選んできたのは、それが自分の長年の習慣からくる安心材料だったからです。法学部で学び、論文執筆に日々取り組む自分は、曖昧さを避け、物事を筋道立てて正確に伝えたいという意識が強く育ってきていました。この意識は、複雑な専門的議論が求められるような場においてはそれが大きな武器となってきました。
しかし、その裏返しとして、それ以外の場面では、伝えたいコアメッセージを、冗長な説明の中に埋もれさせてしまう弱点を生み出してしまっています。聞き手は結論にたどり着く前に、多くの情報処理を強いられ、結果として「パンチライン」のない、記憶に残りにくい印象を生んでいました。
ただこの転換は、長年愛用してきた杖を手放す苦しさも伴います。「結論だけでは情報が不足していないか?」「飛躍していると誤解されないか?」という赤裸々な葛藤が伴うが、聞き手の記憶に残すためにも、「一撃で伝わるメッセージ」を放つ勇気を持つことが、私の話し方の最大の課題でした。
日常をトレーニング場に変える
最近は家のなかでスピーチ練習に取り組んでいます。AIにお題を考えてもらい、そのお題に関するスピーチ内容を30秒で即席で考え、1~2分で話していく。聞きあった後に自分とパートナーでお互いに改善点をフィードバックしあっています。昨日は10セットくらいやりました。
【スピーチ練習のお題】
①私の「ストレス解消法」・「リフレッシュ方法」
②今までで一番「緊張した」場面
③好きな言葉・座右の銘
④最近感じた「小さな幸せ」
⑤今年(または今月)中にやりたいことは?
上達のために、本著を参照しながら一つずつ技術を試しています。コアメッセージを立てる、声の抑揚をつける(p.248)、腹式呼吸を意識する(p.253–260)といった基本に加え、「何を一番伝えたいのか」を軸に話の順番を組み替える(p.114)ことも始めました。さらに、言葉選び、身振り(p.310)、視線のコントロール(p.318)にも注意を払っています。
まだ発展途上ですが、「一撃で伝わるメッセージ」を届けるための練習を、ようやく具体的に積めるようになってきました。
上達の引き金は、変数を捉えることかも
振り返れば、自分は「話す」という行為の奥行きを、長らく過小評価していたのだと思います。まるで冒頭で示した「現代文」の学習を遠ざける中高生のようにです。
練習すれば変わるのかもしれない。その事実を知りながら、その最初の一歩すら忙しさを理由に先送りしてきました。しかし本著を読みながら練習を始めるうちに、自分は「話し方」を形づくる変数がようやく見えてきました。
人は、自分が思う以上に「できない」生き物です。しかしその多くは能力の欠如ではなく、何を変えれば安定して「できる」に変わるのか、その変数が見えていないだけなのです。そしてその変数を捉えようとする行為すらも「面倒臭い」のかもしれません。見えないものは改善できません。しかし、一度見えるようになれば、進化は想像以上にはじまるのかもしれません。

徐々にCULTIBASEの番組の中で、自分がすこしずつ変わっていくかもしれません。応援のほどよろしくお願いいたします。
明日へバトンパス!
明日のアドベントカレンダーの記事は、東南裕美さんにバトンをお渡しします。社内での探究活動と、立教大学での研究活動を往復しながら実践されていると伺っており、東南さんがどんな「一冊」を選ばれるのか、とても楽しみにしています!
