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毎日更新は「目的」ではなく、あくまで自分の活動を律する「手段」である...と改めて

「手段」と「目的」がごっちゃになったり入れ替わったりしちゃうとあまりよろしくないよねって話があるかと思うのですが。

分かりやすい事例だと「お金を得る(稼ぐ)」という部分かと思いますが、お金というのは本来、欲しいものを買うとか、作りたいものへ投じる予算としての「手段」のために存在するわけで、これが「お金を稼ぐことが目的」みたいな脳内思考になっちゃうと、お金が増えた、貯蓄が潤沢になったって部分で変に満足してしまい、メンタリティーがそこそこ中年太りを起こしかねないと思うわけです。

昨今で言うと「AIは使えるようになっておいたほうがいいよね」って話がひとつ分かりやすく、あくまでAIも手段であり「で、その知見を活かして自分の人生のどの部分の豊かさをブーストさせるのか」が目的だとも思うのですが、なんとなくAIを触れる自分に肯定感を覚えたり、ちょっとした満足を感じて「AI触れるっす!」がゴールになっては意味がないよねという話。

触れるのは分かったけど、それを自分の日々の何に駆使して、どう活かして、その結果どんな恩恵があって、どんな未来に繋がるの?というところまでがセットで、初めて手段として「だからAIを触ってる」と言えるわけで。

しかし、時折ちゃんと自戒の念を抱いておかないと、その辺りがごっちゃになりがちなのもまた人というものだとも思うわけで、こんなことを今書いている自分もちゃんと自戒の念も込めていたりします。

このnoteは毎日書いておりますが、あくまでこの毎日更新は「手段」であるという事は、しっかり弁えておかなきゃいけないなぁと思うわけです。

毎日書いていることそのものが偉いのではなく(偉いっちゃ偉いかもだけど)、そもそも目的は違うところにあるのだから、日々のルーティンとして「よしよし今日も書けた」みたいなタスク化してしまっては、noteを書くことが目的になってしまうという話です。

タスクはタスクなのですが、物理上でのタスクとメンタリティーとしてのタスクは意味が全然違うという話で、なんのために毎日書いているのかというのはちゃんと要所要所で自問自答しておかないといけないなと。

で、僕の場合はと言うと…

この群雄割拠のスクロール時代において、表現者という立場をしてしまっている以上は、とにかく発信をサボったヤツから簡単に淘汰されていくのは火を見るよりも明らかです。

現状で備わっている自力(人気・認知諸々)によりけりなので一概には言えませんが、少なくとも僕くらいのポジションは。

全然スマートじゃない話をモロに書きますが、こうして毎日何かしら発信することで、一人でも多くの方の日課(人によっては週課でも月課でも)というポジションに自分を置き続けてほしいわけで、こちらが随分と緩いペースの発信になったらば、人によってはどんどん僕の存在感は薄れていくでしょうし、すなわち応援熱もフェードアウトしていくわけで。理屈上。

結果、それが自分の食い扶持にそのまま直結する仕事なわけですから、それなりに頑張って毎日書いていますという話があります。

ここまでセットにすると、noteを書くのは手段で目的は別だという理屈が通じるかと思います。

しかしそこに甘んじず、もうちょっとシビアに考えてみます。

その理屈だけだったら「日々の存在感が薄れないように、とにかく毎日何かしら書けばいい」という考え方でもまかり通るような気がするわけで。

それだけだと発信というよりも“作業をこなす”くらいのレベルのもんだよなと思うわけで、「なんのために毎日書いているのか」のコアは結局「毎日書く以上は、それ相応の日々を過ごさねばならない。だからボーッと日々をこなしてたら、発信はあっという間に立ち行かなくなるから、常に何かしらを考え続け創造に着手し続けねばならんのよ」という自分への圧であります。
(長い)

ここ1~2年の自分と比較すると、それまではオファー仕事一辺倒で生きてきたわけで、それは“こなす”という精神でまかり通ったのです。

自分が何かを生み出したり、次の一手、次の一手をイチイチ考えなくても、素材、題材、宿題みたいなものがあちらからやって来てくれる。

要は持ち場を与えてもらえるわけで、それをただただ頑張ればよいわけで、別に常になにかしらを考え続けなくても問題なかったわけでね。

もちろんそれはそれで、ならではの尊さも大変さもあるのは、ずっとその当事者をやって来た身として(そして今だってオファー仕事を受けている身として)当然知っております。そこは優劣の話ではございません。

むしろ「与えられた持ち場をこなす」という人たちで社会は回っているんですから。どうも有難うございます。

ですが、自らの活動となると「持ち場」そのものを自分で作っていかないと話にならないわけで、そうなると「さて次は何をしようか」「どんなクリエーションを頑張ろうか」と考えないといけないわけですが、その辺りを半ば強制的に自分に考えさせるために、毎日投稿をしているという話にたどり着きます。

とにもかくにも毎日書かないといけないわけで、だからこそ日々の記事ネタのためにあれこれ考えないといけない状況が生まれるわけで、それが怠惰スイッチが入りそうな自分のケツをおもいっきり蹴り上げてくれる日々に繋がるわけで。

すなわち、自分の食い扶持を守るという目的のための手段として毎日noteを書いている…という言い方ができそうです。
ちょっと遠巻きな話かもしれませんが。

毎日noteを書かないといけないから、日々のネタのために日々自分(の活動)に向き合う。

本末転倒のように聞こえますが、僕の中では真髄です。
自分の性質を誰よりも知っているからこそ。

別に自己満足で書いているわけでも、趣味で書いてるわけでもないのです。

生き残るために書いているのです。
全然大袈裟な話じゃないです。

なんか朝っぱらから変に熱くなってきた感があるのでカットアウト。

お粗末さまでした。



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