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地域を繋ぐ民俗芸能のあり方を追う①

昨年の12月に行った一般質問の「地域文化を守る教育について」の続編です。
まず第一弾は私の考えと現状調査、そして「絶えてしまった民俗芸能の調査」について中途ではありますが、報告させていただきます。
結論から言えば、答弁された状況の限界と絶えてしまった民俗芸能を復活させるための環境が今後の課題だと感じています。
特に今年度(令和7年)の予算では、民俗芸能支援の予算としてめぼしいものがない状況です。
地域だけではなく、(もちろん地域での環境があるのは前提ですが…)周南市全体で対応する必要があります。
加えて、現在動画の版権を持っている先も含めて、山口県が主導権を持っているところも多いため、県や国との連携も重要です。


なぜ私が民俗芸能について調査に至ったのか

そもそものきっかけ

昨年12月の定例会でも触れましたが、私が伝統文化である民俗芸能に触れることになったきっかけは、昨年後援会長経由で諫鼓踊と関わることができたからです。

昨年(令和六年)の勝間諫鼓踊奉納の様子

※動画は2012年にアップロードされた様です。

現場の方との話の中で、周南市の現状について疑問を感じ、一般質問をさせていただいたのが始まりです。
当初抱いた疑問は二つ、

・「祭事という文化」をどのように支えていくのが適切なのかという疑問
民俗芸能が地域の人たちの関係性や使命感で継続されてはいるものの、子どもたちとともに歩む民俗芸能を現状では支えきれないのではないかという不安。

・お祭りを奉納する神社など、受け継がれてきた先人の思いに対する認識への疑問
どういった思いがあって、残されてきたのか。神社にはどういった理由で奉納されており、どういった神様をお祀りしているのかということが共有されていないのではないかという懸念

を感じたための質問でした。
特に私がきっかけとなった「勝間諫鼓踊奉納」の皆様は、地域の皆様と子どもたち(とその親御さんたち)が協力して、守り、受け継いできたものです。
全ての地域で、全ての民俗芸能が同じような状況にできるわけではないと感じています。

なぜ私がそこまで地域の民俗芸能に興味を持ったのか

私自身、幼い頃から地域の祭事に関わったことがあるからだと思います。
幼い頃北海道で生まれ、小学校に入るまで北の地にある「恵庭市」という街に住んでいました。この恵庭というまちは、実は開拓の際に山口県からの入植者が開いたまちであり、今思えばそういったご縁があったのだろうと感じています。
※ちなみに恵庭の意味は、アイヌ語の「エエンイワ」 (鋭くとがった山【恵庭岳のこと】という意)だそうです。

当時、毎年「すずらん踊り」という踊りを踊っていた記憶が強く残っています。「恵庭踊りじゃシャシャンコシャン すずらん踊りじゃシャシャンコシャン」
というフレーズが頭に残っていますが、踊り自体は戦後に作られたものとのことでした。しかしながら私の中では、地域の祭事を身近なものと感じるきっかけだったと感じています。

山口で戻ってからも、運動会では「大内のお殿様」という地域の踊りを踊ったり、同級生の実家でもある地元神社の大名行列に参加するなど、催事に関わることが自分の中で自然と受け継がれている感覚がありました。

伝統と連続性の受継ぎ方

伝統の継続。ことこのことについては、日本だけではないと感じています。
スペインのプロサッカーリーグ、ラ・リーガ。所属する少し変わったプロサッカークラブに、アスレティック・ビルバオというクラブがあります。
このクラブは、スペインの北部にあるバスクという地域にあるクラブであり、「バスク純血主義」という伝統を貫くクラブとして有名です。
※ここでいう純潔主義とは、生まれと育ちつまりは「属地主義」のことです。
ただ現代化もされており、海外で生まれ育ったバスク人の血が通った子もスカウトし、育成し、連続性を保とうとしているクラブです。
しかも、リーグが発足してから一度も降格していないというおまけ付き。
そのためには何より下部組織に多額の投資をし、常に次代へ受け継ぐという努力を弛まず、続けているクラブなのです。

さて、いきなりサッカーの話をしてどうしたのかと思われたと思います。
私が何を伝えたいのかというと、アスレティック・ビルバオ同様に、地域の伝統文化である民俗芸能を守り、地域の精神性を受け継ぎ、連続性を続けていくためには、「裾野を広げること」と「環境整備」、そして「教育」が必要なのではないかということなのです。

周南市の伝統文化を支えるために

周南市で現在絶えてしまった伝統文化というのがあります。
昨年までは七つの民俗芸能が絶えた現状が、今年新たに一つ増え、八つとなってしまいました。
同時に先月、私は「やまと言葉」の講義を受けたのですが、その際に言語や文化が失われてしまうことの危機感」と「言葉が繋いできた地域の価値観」について気づきを得ることがありました。

今、世界中で二週間一言語のペースで言語が絶えています。
そして言語とともに、文化や民俗芸能が絶えていく現実があります。
この言語の消滅の原因として、「都市化の進行」「経済力の集中」「文化の均質化」の三つがあげられています。

つまり民俗芸能の消滅に抗うためには、
・都市化に対して「地域だけでなく広域で支える」こと
・経済力の集中には「ランニング部分の経済環境の整える」こと
・文化の均質化には「地域の歴史と独自性(精神性)を教える」こと
先程、私も触れた「裾野を広げること」と「環境整備」、そして「教育」が必要ということに尽きるのではないでしょうか。

前回、一般質問では周南市の民俗芸能の現状と今後について伺いましたが、質問に至るまでのやり取りの中で、担当課の皆さんの中でも葛藤があるように感じていました。

「守りたいけれども、現状では限界がある」

担当課の方々も現場で民俗芸能の存続のために動いている方々も、おそらく同じ感情を得ていると思っています。
継続させるため、絶えさせないために「裾野を広げること」と「環境整備」、そして「教育」の政策を訴えていく必要があります。
そして同時に絶えてしまった文化について、復活できる状況をどれだけ作っていくかも重要となります。

今回私は絶えてしまった文化について、担当課の皆さんにもご協力いただき調査をさせていただきました。

絶えてしまった民俗芸能

周南市では、現状「周南郷土伝統芸能保存協会」が設立されてから八つの伝統文化が継続ができていない状況があります。

絶えてしまった民俗芸能とは

・さんさ踊り
・花笠踊
・鹿野さんさ
・式内踊
・大島神踊り
・長持唄
・小河内神楽
・大通理手踊り【今年から】
以上八つの伝統芸能の保存会が現在継続できていません。

以前もご紹介したことがありますが、毎日新聞オンライン11月6日の報道では、「祭りの消滅100件超す。都道府県の無形民俗文化財アンケート」ということで、多くの祭事が姿を消しつつあると報道されております。

絶えてしまった民俗芸能の現状

このような状況で、12月の一般質問で周南市では
・3団体の記録映像が保存されている(うち公開されているのは一部のみ)
・情報のWEB上での公開をしている
・県や国とともに市としても用具修繕や活動支援を行っている
ということをお示しいただきました。

併せて藤井市長からは、
「各地域地区ならではの多様な文化は地元の誇りであり本市の目指すまちの姿である『品格と誇りのある、住みたくなるまち』の根底となるものです。」
とお示しいただいたものです。

その上で、担当部長からは
「記録は残っていると継承はできるという形」というお言葉で説明を受けました。

では、現状はどうなのか…
記録映像は、図書館で公開されているのは大津島の「長持唄」のみとなっています。
またWEB公開は周南市の市民ライターの方々も「勝間諫鼓踊奉納」の件など、現状のものについて周南市の公式ページより詳しく公開されていますが、現在継続が困難な民俗芸能については公開されている訳ではありません。

県や国とともに市の支援については、今年度イベントの減少とともに削減されており、特別に予算化されていない現状です。
なんといっても、再度復活させる場合は予算でも環境的にも難しいのが現状です。
絶えてしまった民俗芸能を答弁で示された「継承できる」環境というには、まだまだ道半ばではないかと感じています。

実際に聞いて、調べてみた

担当課の皆さんに協力していただき、過去の文献や実際に一部お話を聞くなど調べてみました。
結果、例えば「さんさ踊り」では、2900字を超える歌詞を教えていただき、元は野上と呼ばれていた大内氏の時代が起源ではあるが、歌詞は瀬戸内沿岸同様に関西より兵庫口説の一つが定着したことを教えていただきました。

「式内踊」については、演目の意味や衣装の色、歌詞、踊りなどについて伺うことができました。

しかしながら、色の意味や言葉の意味については
「意味はよくわからない、そうやって伝わってきたものだから」
とお答えになることも…

やはりそうなってくるとこの地域の歴史や各地域の氏神様そういったことまで触れなければ難しいと個人的には感じております。
ということで、熊毛町史や徳山市の歴史などの文献をサッと読んでみました。
例えば「勝間諫鼓踊」と「花笠踊」は、同じ熊毛町ではありますが、勝間と八代という別々のエリアではあります。
しかし私がお伺いして気になったのが、双方ともに一説によると「大寧寺の変」の際に山口で起きたことをモチーフにしているという話があることです。
熊毛町史によれば、熊毛は当時大内家の重臣・内藤氏の所領(本拠は下関)でもあったようで、そのことが関係している可能性も感じました。

今後の対応

ではこれからどうするか、担当課の方とも話しましたが、少しずつ積み重ねるしかないなと感じています。

残すということ

担当課の方と話しながら、「残したもの」で「復活させる」ということを考えた時、現状残すことについて担当課の方々も動いてはいらっしゃいますが、なかなか現体制での難しさを感じています。

現状としては、今口述されたものをまとめている部分があり、動画などでまとめていきたいとのことでした。例えば大向地区の「式内踊」については演目、扮装、踊り方から流れや歌詞までまとめられており、地元の皆さんと関係部署の皆様の思いを感じています。

しかしながら、口伝のものをまとめるのはなかなか難しい部分もあり、
「予算があればモーションキャプターとかやれればいいのですが(苦笑)」
といったことを話すこともありました。
口伝を引き継ぐことの難しさを強く感じてます。
ただ、今の取り組みを続けていくことで「見える部分」は少しずつ継承できる環境が整備されていけるのでしょう。

加えて私は「残す」という面において、地域の歴史や氏神様のこと、言葉・色・踊りの意味など「ことの至った経緯」という「精神的」な部分についても残すべきではないかと思っています。その点についても話させていただくこともありました。

結論として行政では、「アカデミックな意味での分析(見えるものや認められたもの)を残していきたい」という部分がメインということです。

この点については、行政とは少し離れた形で、独自の研究会的な側面から資料を持ち寄り積み重ねる機会と場を作ることが必要とも感じています。

「残したもの」を「復活させる」ために

「残したもの」が出てきたら、復活することが必要です。
先程示した3点から考えてみたいです。

まずは「裾野を広げること」について、地域のことを地域だけで考えれば大丈夫な時代について、現状では変わってしまいました。
もちろん一部の地域、例えば富田東地区においては、地元の皆様のお力で様々な祭祀や文化を継承できていると思います。しかし人口減少の中では、多くの地域については地域だけで考えることが解決につながることは難しいと思います。
「裾野を広げるため」には、せっかく市民ライターの皆さんもいるのですから、八つの現在継続が難しい民俗芸能について、詳細を発信していただくことと同時に県に協力していただき、動画を配信し、誰もが知れる環境を作ることが重要です。

その上で「教育」につながりますが、該当地域だけでなく、周南市内の多くの地域で子どもたちが継続が難しい民俗芸能に触れられることが必要です。
今「式内踊」については、前回の一般質問の答弁でも教育庁から
「須々万中学校では、式内踊などの校区内6地区の伝統芸能について学び、その成果を文化祭で発表しております。」
というお答えでもあるように、地域で触れる機会を作っています。
だからこそ演目の意味や衣装の色、歌詞、踊りなどが残っているということが言えます。今後は先程の「裾野を広げるため」にも周南市全域で子供達に触れる機会を作ることができればと考えます。
それをきっかけに地域の方や保護者も知るきっかけになるはずです。

その上で「環境整備」ということになりますが、保存協会の方や興味を持った方が継続をしたいと考えた時、用具や場所など金銭が必要になってきます。
しかしながら、現状で市が全てを支援するのは難しさがありますし、神事など行政がお金を出しにくい事例もあります。そういった面について、クラウドファンディングの支援やガバメントクラウドファンディングなど続ける支援が必要です。

現時点でのまとめ

徒然と書いてしまいましたが、まだ調べ始めたばかりです。
これからより調べ、自分の認識が違うものを訂正し、次の質問に向けて組み立て直さなければいけません。
ただ今回感じたことは、色の意味や言葉の意味について「よくわからない、そうやって伝わってきたものだから」という状況を放置をしてはいけないのではないかと考えています。
日本の言葉と言われる「やまと言葉」や古事記から連なる地域の氏神様たちのこと、地域の歴史そういったことを積み重ねていって、先人たちの思いに近い形で次の世代へ引き渡すことも今の私たちができることなのではないかと感じています。
今回の調査はこれまでです。
長文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

補足

さんさ踊り歌詞

さんさ踊りというと盛岡市の「盛岡さんさ踊り」が有名ですが、周南市のさんさ踊りは主流が鈴木主水白井と口説とのことで、教えていただきました。
書き起こすと以下になります(一部間違いがあるかも…)
こんな長い盆踊りの歌詞も踊りも覚える人はすごいです。

ーーーー
鈴木主水白糸くどき

はなのサアエ大江戸のそのかたわらに
さても珍しい情死ばなし
ところ四谷の新宿町よ
紺ののれんに桔梗の紋は
音に聞えし橋本屋とて
あまた女郎衆のあるその中で
おしょく女郎の白糸こそは
年は十九で当世育ち
愛嬌よければ皆人さんが
われもわれもと名指してあがる
わけてお客は どなたと聞けば
春は花咲く青山辺の
鈴木主水という武士は
女房持ちにて二人の小供
五っ三つは腕白ざかり
二人小供のあるその中で
今日も明日もと女郎買ばかり
見るに見かねて女房のお安
ある日わが夫主水に向い
これさ、わがつま主水殿よ
わたしゃ女房でやくのじゃないが
子供には二人は達には持たぬ
十九や二十の身じゃあるまいし
人に意見もいう年頃で
やめておくれよ女郎買ばかり
金のなる木は持ちゃなさるまい
どうせ切れるの六段目には
つれて逃げるか情発するか
二つに一つの思案と見える
それじゃ二人のこの子がふびん
子供二人とわたしの身をば
すえはどうする 主水殿よ
いえば主水は腹立顔で
なんのこしゃくな女房の意見
おのが心でやまないものが
女房くらいの意見じゃやまぬ
ぐちなそちより女郎衆が可愛い
それがいやなら 子供をつれて
そちの里へとでていきあがれと
愛想づかしの主水が言葉
又は主水は こやけとなりて
いでて行くのは女郎買姿
ヤンレー「あとにサアエ
お安はさて悔しやと
いかに男のわがままじゃとて
死んで見せよとて覚悟はすれど
五つ三つの子にひかされて
死ぬに死なれずなげいていたら
五つなる子がそばへとよりて
これさ母さんなぜ泣かしゃんす
気色悪くばお薬あがれ
どこぞ痛くば さすってあげよ
小僧が泣きます 乳下さんせ
いえばお安は顔振り上げて
どこも痛くて泣くのじゃないが
幼なけれども よう聞け坊や
あまり父さん身持ちが悪い
意見をすればこしゃくな奴と
たぶさつかんで打擲なさる
わたしゃ残念自害をしようと
覚悟はすれどわれらが不憫
どうせ女房の意見じゃやまぬ
さればこれから新宿町の
女郎来たのんで意見をしようと
三つなる子を背にと負うて
五つなる子の手を引きまして
出でて行くのはさも哀れなる
行けば程なく新宿町よ
店ののれんに橋本屋とて
見れば表に主水が草履
それと見るより小女郎を招き
わたしゃこの家の白糸さんに
どうか会いたい会わしておくれ
アーイーと小女郎は二階にあがる
コレサ姉さん白糸さんよ
どこの女中か知らない人が
何かあなたに用あるそうに
おおてやらんせ 白糸さんよ
言えば白糸二階をおりる
ヤンレイ「わたしをサアエ
尋ねる女中というは
お前さんかえ何用でござる
いえばお安は初めておおて
わたしゃ青山 主水が女房
お前見かけて頼みがござる
主水身分はつとめの身分
日日のつ止めをおろかにすれば
遂にお扶持にはなるる程に
ここの道理をよくききわけて
どうぞわが夫 主水殿に
意見なされて白糸さんよ
せめてこの子が十にもならば
昼夜あげづめなさりょとままよ
又はわたしが去られたあとで
お前女房にならんすとても
どうぞそのうち主水殿に
三度来たなら 一度はあげて
二度は意見を してくださんせ
いえば白糸言葉につまり
わたしもつとめの身の上なれば
女房持ちとは夢さら知らぬ
ほんに今まで懇親したが
さぞや憎かろお腹も立とうが
わたしもこれから主水さんに
意見しましょうお帰りなされ
いうて白糸二階へ上り
あとでお安は二人の小供をつれて
わが家へ早帰りにける
ついに白糸 主水に向い
お前女房が子供をつれて
わしを頼みにきました程に
今日はお帰りとめてはすまず
いえば主水はにっこり笑い
おいておくれよ久しい者だ
ついにその日も居続けおざる
ヤンレー、「まどサアエイ
くらせど帰りもしない
お安小供を相手にいたし
も早その夜も早明けければ
支配所よりご使者がまいり
主水身持ちがふらちなゆえに
扶持も何かも召し上げられる
あとでお安は途方にくれて
思案しかねて当惑いたす
扶持にはなれて存命でおれば
馬鹿なたわけといわるるよりも
武士の女房じゃ自害をしようと
二人小供を寝かしておいて
硯取りよせ すみすり流し
落ちる涙は 硯の水よ
涙とどめて書置きいたす
白き木綿でわが身をまいて
二人小供の寝たのを見れば
可愛、可愛いで子にひかさるる
思切る刃を逆手持ちて
グット自害し刃の下に
二人小供は早目をさまし
三つになる子は乳にとすがり
五つになる子はせなかにすがり
コレサ母さんノウ母さんと
おさな心に 早泣くばかり
主水それとは夢さら知らず
女郎屋立舗でホロホロ酔うて
当世流行の小歌で帰る
表口より今戻ったと
子供に人が かけいでながら
もうし父さんおかえりなるか
なぜか母さん今日には限り
物もいわずに一日おいで
ほんに今日までいたずらしたが
御意にはそむかぬ ノウ父さんえ
どうぞ許して下されませと
聞かて主水は驚き入りて
間のからかみらさらりと開けて
見ればお安は血汐に染まり
己が心が悪いによって
自害したかよふびんなことよ
二人子供をひざにとあげて
何も知るまいよく聞け坊や
母はこの世の別れだ程に
いえば子供は死骸にすがり
もうし母さん なぜ死なしゃんす
私等二人はどうしましょうと
なげく子供を ふり捨ておいて
旦那寺へと急ぎて行く
ヤンレー「戒名サアエ
もろうてわが家へかえる
哀れなるかや女房の死骸
こもに包んで背中に負うて
三つなる子を前にと抱え
五つなる子をいはいを持たせ
行けばお寺で葬りまする
是非もなくなくわが家へ帰り
女房お安が書置見れば
あまりつとめのふらちな故に
扶持も何かも取り上げられて
又は主水も門前払い
と読んで主水は仰天いたし
子供泣くのをそのままおいて
急ぎ行くのは白糸方へ
これはおいでか主水さまよ
したが今宵は お帰りなされ
いえば主水はその物語り
えりにかけたる戒名だして
見せりゃ白糸手に取り上げて
わしが心が悪いが故に
お安さんが自害をなさる
さればこれから三途の川を
お安さんの手引きまして
いえば主水はしばしととどめ
わしとお前と情死をしては
親方殿へはいいわけたたぬ
お前死なずにながらえさんせ
二人子供を 成人さして
回向頼むや白糸殿と
いえば白糸一間へ入りて
あまたほうばい くしこうがいと
譲り物とて女郎衆にやれば
妹小春が不思議に思い
コレサ姉さんどうしたわけか
今日に限りて譲りをいだし
それにお顔もすぐれもしない
いえば白糸よく聞け小春
ヤンレー安はサア
おさなき七ツの年に
人に売られて今この里で
つらい勤めも早十二年
つとめましたよ 主水さまに
日頃三年懇心したが
こんどわし故 ご扶持にはなれ
又も女房に自害をさせて
それでわたしがながらえおれは
おしょく女郎の 意気地がたたぬ
死んで意気地を立てねばならぬ
早くそなたも身ままになって
わしがためとて香花たのむ
いうて白糸一間へ入りて
口の中ではただ一人言
涙ながらに ノウお安さん
わたし故こそ命を捨てる
さぞやお前は無念であろう
死出の山路も三途の川も
共にわたしが手を引きましょうと
南無という声この世の別れ
あまた女郎衆のあるその中で
人になさけの白糸さんが
主水さまゆえ 命を捨てる
残り惜しさに朋輩衆(ほうばいしゅう)が
別れ惜しみてなげくも道理
今は主水もせん方なさに
しのびひそかにわが家へ帰り
子供二人に譲りをおいて
すぐにそのまま一間に入りて
かさねがさねの身の誤りに
われとわが身の一生をたてり
子供二人は取り残されて
西も東もわきまえ知らぬ
幼な心の哀れな者よ
あまた情死もありとはいえど
機理を立てたり意気地を立てて
心合うたる三人供に
聞くもあわれな話でござる

式内踊について

周南市大向二俣地区に伝えられる伝統芸能で、五年または七年毎に、延喜式内二俣神社境内において、八月末の八朔祭で、青田の生育を祈って奉納されていたものです。

由来は、江戸時代の初め、当時祭典の行われる神社は鹿野村や長穂村にはなく、都濃郡二俣地区の式内二俣神社において春夏秋の例祭や、青田御祈祷の祭典を行い、各村々から参詣していたそうです。

夏の青田御祈祷の際、村々の氏子達の間で大きな争いがあり、御神体を自分達の村へ移そうと、神社の宝を奪い合い、一部は各村に持ち帰られ、御神体が錦川に投げ落とされることになってしまいました。
御神体が川にあるのを見た神主は驚き、川に飛び入り御神体を抱きかかえ、神社に戻しましたが、その年から凶作が続き、夏は水枯と洪水で被害を受け、大飢となったために村人らが相談し、伊勢神宮へお詫びの参拝をすることになったそうです。代表として伊勢参りに出かけた二俣地区の若衆は、旅の途中この踊を持ち帰り、七日間の印火(斎戒沐浴)をして身を清め、二俣神社に踊を寄進し、五穀豊後・疫病退散を祈願して、加護を受けたことが起こりと伝えられています。

道具は、東西を表す「団扇」は、白団扇2つと花団扇2つと、天地をかたどる「杖」が、白杖4つと花杖4つを使います。
演者は、踊子12人、囃子7人に加えて、指揮者1人と唄い手数人で行われていますが、踊子は単衣の長着に黒朱子の飾前掛をあて、頭には晒木綿の両端を赤く染めた手拭で鉢巻をし、淡紅色の布で標をとります。背には、赤・白・黄・青の5色の布でたくりを掛け、自足袋に草鞋ばき、動作がはげしいため着物の両脇をつり上げています。製軽の鬼と天狗は、いずれも直垂に緋のを着ける様です。

式内踊は種類が多く、24通りもあり、最後にだけ歌があり、他は囃子だけで踊るとのことで、かつては「うぐし踊」と呼ばれていたとのことです。ちなみにこの「うぐし」とは、山口の方言で発話障害の方のことを意味することとのことでした。
またこの踊り自体が、テンポも速く男性的な激しい踊りです。
そのため高齢化が進む中では、継続し続けるのが難しかったと伺いました。
演目は天孫降臨を象ったことから始まり、延命長寿や愛国の内容を経て、最後は村中の繁栄を祝うもので締めくくられます。

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