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宿題に追われる子どもたち ― 失われる時間と、本当に必要な学びとは

「うちの子は遊びを我慢して宿題をこなしているが、このままでよいのだろうか?」
「そもそもこの宿題って、本当に意味があるのだろうか?」

わが子が宿題に追われる様を見て、そう感じたことはありませんか。
確かに一定量の宿題は、子どもが机に向かう習慣をつけるきっかけにはなります。

しかし、その「中身」はどうなっているのでしょうか。実際には、ただノートを埋めることが目的になってしまったり、答えを写して提出するだけになってしまったりすることも少なくありません。まじめでよい子のお子さん・親御さんほど、「宿題をやらせる」「提出期限を守らせる」といった管理が負担になり、家庭での時間がピリピリしてしまうケースもよく耳にします。

教育に関心の高い保護者の方ほど、「宿題量=学力アップ」とは限らないことに気づいているのではないでしょうか。大事なのは宿題の“量”ではなく、子どもがどのように学び、どのように考えを深めているか です。


宿題に追われるより、考える時間を

本当に力をつけるために必要なのは「じっくり考える時間」です。特に数学は、答えにたどりつくまでの過程が大切な教科です。短い時間で次々に問題を解くことよりも、ひとつの問題を粘り強く考え抜く経験のほうが、深い理解や応用力につながります。

例えば、文章題で「なぜその式になるのか」を自分で説明できるかどうか。解き方の筋道を理解していれば、少し形式が変わっても対応できます。しかし「パターン暗記」で宿題をこなしてしまった場合、少し応用が加わるだけで手が止まってしまう。そんな差が積み重なるのです。

宿題によって「数をこなす」ことはできますが、それ以上に大切なのは「一題を深く考える」こと。学習は追い立てられてするものではなく、自分の頭で考える時間 の中でこそ力になります。

「数をこなす」ことで一定レベルの実力を身につけることは出来ますし、それは基礎(英単語、九九、漢字など)を育てるうえで大変有効な方法です。数をこなすことをメインにして、定期テストの点数を確保するのも立派な戦略と言えます。

しかし、ずっと「数をこなす」のみに頼っていたら、一過性の実力であることに気づかず、真に理解した気になっているだけの可能性が否めません。ともすれば、考えずに数・ノルマをこなすという悪癖がつき、自分の頭で考えることができない人と化す恐れがあります。

家庭学習=宿題ではない

「宿題が少ないと、家庭学習が足りなくなるんじゃないか?」
「暇な時間を与えると、遊んでばかりになるのでは?」

という不安の声もあります。ですが、家庭学習は必ずしも「宿題」でなくてもよいのです。

たとえば、読書は非常に有効な家庭学習の形です。読書を通じて子どもは語彙力や国語力を育てるだけでなく、数学の文章題を理解するための読解力や、理科・社会に対する知的好奇心を広げていきます。さらに、物語を読むことによって他者の考えに触れ、想像力や表現力も培われていきます。

「やらされる宿題」はどうしても義務感が先立ちますが、「自分から読みたい本を手に取る」ことは、主体的で喜びのある学びです。読書の積み重ねは、テストの点数以上に、長期的に子どもの学力や人間性を支える財産となります。

さらにいえば、ゲーム、スポーツ、行楽、漫画映画等で余暇を過ごすことも、マイナス影響ばかりではなく、むしろ主体的な人格を培う上で非常に大切です。もちろん情報が偏ったり、受動的になり過ぎないよう注意する必要がありますが、「好きなことに夢中になる」経験は「主体的な学び」を育むうえでとても重要なファクターです。これを一方的に奪うのではなく、しっかりと理解・尊重する姿勢が昨今求められています。(注

「大量の宿題を前提」とした教育の、“落とし穴”

「たくさん宿題をやっているんだから、力はついているはずだ」←??

学校教育は、多くの場合「宿題を前提」として学習設計を行っています。授業で扱う時間には限りがあるため、演習量を宿題で補うという仕組みです。塾でも同じように「宿題を多く出す=しっかり指導している」という形を取るところが少なくありません。

「学習時間=量」は目に見えるものであり、ゆえに本人・指導者の目標に設定されやすいのです。

けれども、その結果「学校の宿題+塾の宿題」で子どもたちの毎日は課題に追われるものになってしまいます。机に向かう時間は増えても、本当に理解を深める余裕や、自分から学ぶ姿勢が失われてしまうことがあります。

加えて、社会に出たら「そもそも、なぜこれをやるのか」という視点が、とても大事になってきます。たくさんの課題をこなす訓練は非常に大切ですが、それだけだと「意義」や「効果」を自ら問う力が失われかねません。すなわち「主体的な学び」の喪失です。これが育まれていない大人は、「指示待ち」「右へ倣え」が最も得意な社会人と化してしまいます。

宿題の必要性を否定するつもりは毛頭ありませんし、素晴らしい効果を生む手法やカリキュラム上不可欠な事情も勿論あります。

しかしながら、「どんな大量の宿題でも、黙って頑張らせる」教育は、よくできました!と褒められる子を生む一方で、深刻なリスクも潜んでいると思っていた方がよいでしょう。

「宿題を出さない塾」の考え方

日進塾では、こうした考えを背景に「宿題を出さない」方針をとっています。
その代わりに、授業時間を多く確保し、特に数学では一題一題をじっくり考える時間を設けています。学校で既に宿題があることも考慮し、それ以上に課題を重ねて子どもを追い込むのではなく、家庭では読書や自発的な学びに力を注げるようにしたいのです。塾から帰ればゲーム三昧!なんて子もいますが、それでも立派な思考力を身につけた塾生も少なくありません。

宿題に追われるのではなく、自分で考え、自分の力で学ぶ子どもを育てたい。
その環境を整えることが、私たちの役割だと考えています。

https://www.nisshinjuku.com/mathematics03.html

注:内閣府HP|「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」参照

https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kyouikujinzai/saishu_print.pdf


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