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【スペイン】「完成させることが目的じゃない」サグラダ・ファミリアに想う

ガウディの没後100年にあたる今年、メインの『イエス・キリストの塔』が出来上がった。
残すは、3つあるファサード(生誕・受難・栄光)のうちの1つ(栄光)や地下礼拝堂などで、2034~2035年頃に完成形を見られるようになるそうだ。

着工当初、ガウディの構想をすべて形にするには数百年掛かると言われ、今世紀中にそれを目にすることはできないだろう、と世間には発表されていた。
バルセロナ・オリンピック開幕に合わせて組まれたテレビ特番などでも、サグラダ・ファミリアの進捗状況が報じられ、素人目にも、この壮大な建造物の完成にはまだまだ歳月がかかりそうに感じられた。

バルセロナ・オリンピックの開閉会式が行われたスタジアム(2000年に訪れたとき)

アーチェリーの矢で聖火を点火させるというパフォーマンスが斬新だった。私は聖火台に矢がインしたと思っていた(赤矢印)のだけれど、どうやら、矢は青矢印のように飛んだらしい(火のついた矢がオイルの上を通過したことで点火され、矢は外で待機していたスタッフによってすぐに消火されたとのこと)。

月日が流れ、私が再度サグラダ・ファミリアに注目するようになったのは、日本人建築家の外尾悦郎さんが主任彫刻家に就いていると知ってからだった。
ダバダ~で有名な某コーヒーのCMに外尾さんが登場し、
「拝啓・ガウディ様」
で始まるメッセージが強く印象に残った。
「完成させることが目的じゃないんです」
という言葉は、成果主義真っ只中に営業職として結果が求められていた私の、狭小な視野と自尊心に一石を投じた。

自分が携わるプロジェクトで成果を上げたいというのは、それに関わっている誰もが欲することだと思う。
さまざまな部署との連携が必要だった大掛かりな企画では、利益配分で揉めることもあった。
旅行会社の営業職だったとき、アジア方面が多かった自社ツアーで初めて中欧を取り入れることになった。
正直、雑用でも何でもいいから連れて行って欲しかったけれど、私は国内部門の営業部所属だったから、添乗員もヘルプも、海外部門の社員が担当することになっていた。
さらに、その海外部門からの依頼で、営業担当は国内外に関わらず、集客に尽力するよう求められた。
旅程にはハプスブルグ帝国時代の皇帝列車への乗車が、どの出発日を利用してもオプションではなく組み込まれていたりして、小さな旅行会社にしては、大手に引けを取らない良い企画だと思っていた。
だが、一般的な中欧旅行の価格帯からは高めの設定となっていて、代理店からは
「もっと安ければね~」
などと難色を示されてしまっていた。
そんなとき、母が友人2人を誘い、このツアーに参加してみたいと申し出てくれた。
私は、身内への営業で負い目を感じたくないと思うような、そんなちっぽけな人間で、母が自ら希望したとはいえ、申し込みをためらう気持ちがあった。
それに、娘の会社の企画となると、母がお連れさまに気を遣ったり、その逆もあり得るのではないか、そうすると旅行自体も楽しめないんじゃないか、という心配も頭をよぎっていた。
それでも、代理店からの集客はあまり望めなさそうだったため、母を含めた3人分の手配を企画部へ依頼した。
幸い、母もご友人がたもツアーに大変満足され、楽しんでもらえたようだった。
だが後日、各部署と個人の成績が発表されたとき、母たち3人の中欧旅行の利益は、まるっと企画部のものになっていた。
当初、私(の所属する国内営業部)と企画部で50/50にすると聞いていたのに、こちらはゼロだった。
しかも、その配分は、私にも私の所属する部署にも報告が上がっておらず、企画部にいた私の同期の男性が独断で行ったと知った。
私はその同期に抗議したけれど、
「お前、自分の親に頼んだだけじゃん。俺ら、企画から手配まで、全部やってんだよ。利益もらえるとか、甘いこと考えてんじゃねーよ」
で片付けられた。
諦めきれない私は自署の上司にも相談してみたけれど、
「50/50の利益配分って、それ、打ち合わせ段階での話だろ?計上されたとき、企画部に最終利益の配分について、確認したのか?してないんだったら、お前の詰めが甘いんだよ」
と相手にされなかった。
成果を出せ・部署の利益を上げろと言う割には、簡単に引き下がるのだな、これが自身の成績に影響することだったら、ひどい暴言を吐きまくって企画部へ怒鳴り込むだろうに、と上司の対応を苦々しく思った。
新卒で入ったこの旅行会社には、ほとんど良い思い出がない。
絶対営業はやりたくないと思っていた私は、その職に就くことになったとき、苦手意識克服のためだと気持ちを切り替え、頑張ってみようと思った。
その心持ちを簡単に折られてしまう事態が続き、そういった環境に長くは馴染めず、2年で退職した。
辞めてから半年ほど、私は留学や旅行でヨーロッパに滞在し、スペインも訪れた。
サグラダ・ファミリアは、オリンピック開催当時よりは建設が進んでいたようだけれど、私はその変化に気付けるほど、この建物の詳細を記憶していなかった。
実物と向き合って再認識したのは、噂通り、生きているうちに完成形を見ることはできないのかも、だった。

サグラダ・ファミリアはあまりにも高くて、上から下までを写真に収めることが難しかった。このあと、完成までにいくつもの工程が必要になると聞き、まだまだ先の長い話であることが想像できた。
2000年当時は内部に入ることはできず、外部のみ見学可能だった
案内板には日本語も。外尾さんの功績によるもの?
案内板は複数設置されていて、その場所から見える門や塔の説明が記載されている
写真では4つの塔の中央が空いているけれど、2026年、ここには『イエス・キリストの塔』がそびえている


そんなイメージを持って日本へ帰国し、再就職した私の目と耳に飛び込んできたのが、先に述べたCMである。

成果主義の蟻地獄に飲み込まれかかっていた私にとって、「完成させることが目的じゃない」という言葉は、最初のうち、それってどういうこと?という疑問でしかなかった。
どんなアプローチをしてみても、プロセスを評価されたりしない。
足の引っ張り合い・横取り・騙し討ち、何でもアリで、その上で結果を出した人だけが認められる。
それが、私が営業で経験してきたことだった。
これは極端な言い分で、日本でもそういう状況ばかりではないのだろうし、シエスタが2~3時間もあるようなスペインにおいては、社会も人々の性格も、かなりのんびりとしているのかも知れない。
そもそも、世界遺産に登録されているような建造物の制作に携わる職人の方のモチベーションと、ただの会社員のそれを比較すること自体、不毛で無意味でおこがましいことだと思う。
そう思いつつも、自国の偉人が壮大な構想を練った建物の完成形を見てみたい、という気持ちは、国民はもちろん、関係者やクリエイターなら持ち合わせていそうだし、私のような海外からの観光客だってそう思っているのだから、1日でも早く、みたいなプレッシャーを感じたりすることはないのだろうか?と考えたりした。
それに、外国人ということで、理不尽な評価を受けたりすることもあるのでは?
そういった状況下で、「完成させることが目的じゃない」という公的な発言。
外尾さんがおっしゃったこの言葉の深い意味を知らず、留学などで海外に身を置いたときに壁を感じ、成果だけを求められてきた営業職の会社員だった私は、その言葉面だけを拾い、勇気ある潔い宣言だと捉えていた。

サグラダ・ファミリアは、2度、世界遺産に登録されている。
1回目は1984年、2回目は2005年(形式では拡大登録となっている)で、建設中に遺産認定されている珍しいケースである。
未完成で登録されている遺跡は他にもあるが、依頼主の死や資金繰りに困窮するなど、やむを得ない事情で中断され、それ以上建設されることはない。
登録理由は、その工程や装飾などが技術的・歴史的・芸術的資産と認められたからだ。
だから、もし仮にサグラダ・ファミリアの全体像が完成しなかったとしても、遺産認定が取り消されることはない。
もちろん、外尾さんがおっしゃった「完成させることが目的じゃない」を、この件と結びつけるつもりはまったくない。
生前のガウディは、サグラダ・ファミリアの完成について問われたとき、
「私のクライアントは神で、完成をお急ぎではない」
と答えたそうだ。
ガウディはまた、自然界に存在する形は合理的だとも述べていて、自然界に存在しない直線を自身の建築には使用しないという話は有名だ。
外尾さんはガウディの意志を継ぎ、ガウディがやりたかったことは何だったのかを、毎日、毎時、毎分、毎秒考えていたそうだ。
それほどまでに思考し、導き出したのが、「完成させることが目的じゃない」。
以下は、この言葉の意味を記したインタビュー記事などから抜粋。

・終わりのない探究
自然界に完全な完成はなく、いつまでも変化する。
それは建築や芸術にも言えることで、サグラダ・ファミリアも時代に合わせて変化し、進化していくべき。
そしてそれは人間も同様で、人は生きている限り常に改善し、学び続ける姿勢そのものが尊い。

・今という瞬間に創り続ける
未来の完成形にのみ目を向けるのではなく、今、目の前の石とどう向き合い、どう彫るか、この瞬間に最善のものを創り続ける姿勢にこそ、命が宿る。
完成を喜ぶのは第三者であって、人々の祈りや思いを乗せて創り続ける、それこそが創り手の目的である。

・個人を超越し、世代を超えて受け継ぐ
神は急いでおられない。
神の前で個人の人生や名前は小さく、自分の役割は世代を超えて受け継がれる祈りの形を、彫刻で日々刻み続けるのみで、何かを完成させることはない。

【参照した記事2つ】
NHK:サグラダ・ファミリア主任彫刻家・外尾悦郎さんのドキュメンタリーを撮るために決めた たった一つのこと

先述の、
‟世界遺産に登録されているような建造物の制作に携わる職人の方のモチベーションと、ただの会社員のそれを比較すること自体、不毛で無意味でおこがましいことだと思う”
とか、
‟勇気ある潔い宣言”
という私の考えが恥ずかしくなる。
そういう次元の話ではなく、人が生きる意味に言及した言葉だった。
常に探究し、学び続け、最善のものを創り続けようとする姿勢。
完成させるのではなく、未来への希望を持つ。

ガウディは、サグラダ・ファミリアに携わる人々に
「私がこの聖堂を完成できないことは、悲しむべきことではない。必ず、あとを引き継ぐ者たちが現れ、より壮麗に命を吹き込んでくれる。諸君、明日はもっといいものを創ろう!」
という言葉をかけていたそうだ。

人生観として、「完成することが目的じゃない」という領域にははるかに及ばず、私は会社員としてその日その日を何とかやり過ごすように生活しているけれど、せめてnoteでは、自分の想いを率直に・自分の言葉や表現で記事にしていきたいと思う。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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