書きたい曲か売れる曲か
お久しぶりです
前回投稿が10月。約4か月ぶりです。みなさま、お変わりなくお過ごしでしょうか。
久しぶりにnoteを開くと、企画が立ち上がってました。
「未来に向けた挑戦」
なんとも書きたくなるテーマです。スポンサーがマイナビさん。幸いにも私は退職も経験し、転職も考え、来年度からは正規職員として働きます(初出し情報!笑)。書ける内容はたくさん。
しかも賞金ももらえるではないですか。いっちょやったりますかー。と威勢よく構成を考え始めたものの・・・ふと疑問が湧き上がりました。
これって読者の方に何を伝える記事なのか。
どうしたって、自分のことを書く記事になりそう・・・。しかし私は子育てをしている方への情報提供をしたいがために、このアカウントを立ち上げました。
求められる内容か書きたい内容か。
タイトルにあるような若手ミュージシャンのような悩みをもちました。さてnoterであるみなさんならどうしますか??
習い事
結局、私は悩んでいることを書くという第三の案を突き進みます笑
さて、この2択。なんか今までもこんな感じあったなーと思ったら、似たようなことを最近ありました。
習い事です。
子どもに習わせたいもの。例えば、王道の塾から命に関わる水泳など、将来を考えてこれは身に付けてほしいなと思うものがあります。我が子は割と算数はできるのですが、国語の読み取りがいまいち・・・。公文でも行かせたいなーと思って打診したところ・・・
「うーん。あまり行きたくない。」
まぁ、そうでしょうね笑。
一方で、私自身はあんまり価値を感じていませんが、マイクラというPCゲームのコードを打つという習い事にはもう1年半以上通っているんですよねー。
うーむ。習い事はやりたいことの勝ち。
教科の勉強もしかりです。家での学習をさせるのですが、やはり算数は割とやれる時が多いのですが、国語や漢字は全然。しまいには泣き出します。
おもちゃもそう。想像力を広げて自分で作るのはさっぱりやりませんが、説明書通りに作るのは数時間でも集中します。
そりゃそうなんですが、本人がやりたいことの方が強いです・・・。
その影響なのかはわかりませんが、子どもの自主性を活かそう系の言葉をテレビでも動画でも雑誌でも多く見かけます。
ですが、それだけで本当にいいのでしょうか。
甘い言葉の裏を意識できるか
得意なことでがんばって、苦手なことは助けてもらえばいい
社会も仕事というそれぞれの得意分野を活かして助け合っている。だから、自分の得意なことを極めればいい、というわけです。
これ自体は私も同意ですし、何を隠そう私も担任するクラスの子どもたちに伝えています。
ただこの言葉には、「苦手なこともする」という前提が隠れています。決してしなくていいよではないのです。
学校の教科に関しては、得意だろうが苦手だろうが皆授業を受けます。だからこそ助け合いをすればいいのです。得意で他者へ貢献し、苦手で助けてもらう。それが成立します。
それが苦手な教科はしなくてもよいとなったらどうなるでしょうか。算数の授業を受けるのは算数の授業が好きな人だけ。英語の授業を受けるのは英語の授業を受ける人だけ。
そう、助ける人がかなり減るのです。貢献できる相手がいなくなる状況になります。他者貢献もできず、助けてもらうこともなくなる。
迷惑をかけないという点では、このシステムは有効です。だからこそ、苦手なことをしたくない人は言います。「誰にも迷惑かけてないだろ!」と。
そして幸か不幸か、このシステムはやらせる側にも都合がよくなります。
「やりなさい」という手間もなければ、「どうすればやるだろうか」という工夫も必要ない。なんなら時間やエネルギーを使わず、自分の時間に使える。
親や教師が忙しく、少しでも時間がほしい気持ちは容易に想像できます。
となると、やりたくないことはやらせず、自主性に任せようとなびいてしまうのは自然です。
ここで、もう一度問います。
苦手なことはしなくてよい。本当にそれでよいですか?
個別化していく未来に向けた挑戦
共働きが増え、核家族化していく。祖父母とは同居せず、自分たちの家族だけで暮らす。お互いに干渉しすぎず、プライバシーを守る。
家族の中でも同じ。親と子どもは部屋が別で、食事の時間も場所もバラバラ。テレビや動画などのエンタメも、それぞれのスマホでそれぞれの好きなタイミングでそれぞれの好きなものを見る。
科学の進歩により、個に合わせてonly oneのサイズと内容を受けられるようになりました。
しかしそんな甘い言葉の裏には、他者に合わせるとかとりあえずやってみるといった経験がどんどん減っているという現実も忘れてはいけません。
テレビを例にすると分かりやすいと思います。
テレビは一つ。見たい番組があっても、見れるわけではありません。優先されるのはだいたいはお父さんの野球でしょう(完全なイメージです笑)。
見たい番組がある場合、まずは家族との対話になります。交渉次第で見れる場合もあれば、絶対に譲ってくれない場合だってあるでしょう。野球を見させられることも。その瞬間だけ切り取ると、不満な状態です。
ただ、教育的な目で見ると意外といいこともたくさんあります。
他者と会話する。同じものを見て、感想を言い合える。他者のことを考える。自分とは違う他者の存在を知る。興味以外のことに触れる。我慢や譲歩を覚える。譲歩への感謝をする。
ぱっと思いつくだけでもこれだけあります。
そのうち、録画という機能の商品が出てきました。ものすごく便利でありがたいのですが、その裏にある現実として
時間を待つ必要がない。CMなども飛ばされてしまうため、自分の興味以外のことは飛ばす。録画しておけるので、他の人が何に興味があるのかを気にする必要ななくなり、自分が我慢することも減る。
さらには、スマートフォンというデバイスの登場。
一人ひとりが見る端末をもち、録画していなくても1週間程度前なら見える。さらには場所さえも関係なくなります。
ますます他者の存在を気にせず、自分の都合通りにことが運べます。ということは、さきほど挙げた
他者と会話する。同じものを見て、感想を言い合える。他者のことを考える。自分とは違う他者の存在を知る。興味以外のことに触れる。我慢や譲歩を覚える。譲歩への感謝。
が、かなり薄れるということでもあるわけです。どんどん個別化していくことで、経済は発展してきました。多分この流れは止まらないでしょう。ますます個別化していく未来が見えます。
そんな状況の子どもたちが、決められた時間通りに、決められた学習内容で、決められた場所で、決められた人たちと、限りあるエンタメ状況の学校生活を楽しめるかというと・・・
そりゃ苦しく感じるだろうなと思います。
だからこそ、私も挑戦していますし、みなさんにも挑戦してほしいのです。
やりたいことだけでなく、必要だと思うこともさせる
お手伝い、習い事、苦手な教科の勉強、兄弟と仲良く遊ぶ、ゲーム・スマホ時間の制限などなど。
そこには、工夫も必要で、我慢が必要で、気合も必要です。試行錯誤も悩みも。
でも、そういった過程こそ親としてやりたいことではないかもしれませんが、必要なことだと思うのです。
個別化する未来に向けた挑戦
ともにがんばってみませんか?私も小4、小1、生後2か月(初出し情報!笑)の3人の息子の親としてがんばっていきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。何かの参考になれば幸いです。素敵な一日をお過ごしください。
