見出し画像

「そよかぜ」が運んだ出会い─地域をつないだ6つの教室

 当院では、かつて「在宅介護支援センター」を運営していました。

 このセンターは、1989年に厚生省(当時)がまとめたゴールドプランをきっかけに全国で整備が進み、地域の高齢者やご家族が気軽に相談できる場として長く親しまれてきたものです。

 地域の支援拠点として大きな役割を果たしてきましたが、2006年の制度改正により主要な機能が「地域包括支援センター」へ引き継がれ、その後は地域を支える仕組みの一部として補完的な役割を担うようになりました。

 当院の支援センターも制度の変遷に合わせて地域包括支援センターを補う立場で活動していましたが、それだけにとどまらず、地域の実情に即した独自の取り組みを行っていました。

 地域の高齢者が集い、語り、笑い、季節を感じる“そよかぜ”のような場をつくりたい──そんな思いを形にしたのが、6つの教室でした。

 私は、クリニックのMSWとしての業務を担いながら、この在宅介護支援センターの責任者も兼務し、地域の実情に合わせた教室づくりに携わっていました。

 「そよかぜ会」は、外出の機会や人との交流が減ってしまった高齢者の方々に、人と集い、語り合う時間をもう一度楽しんでいただきたい──そんな願いから始めた教室でした。
 月に2回、公民館に15名ほどが集まり、お好み焼きを作ったり、近隣へドライブに出かけたり。季節の移ろいを感じながら、笑顔のあふれる時間が流れていました。
 
 「はるかぜ会」は、そよかぜ会と同じ趣旨で行っていた少人数の教室でした。そよかぜ会に参加できなかった方々をお迎えする場として月1回、8名ほどの方々と、ゆったりとした時間をともにしていました。
 人数が限られているからこそ生まれる親しみやすい雰囲気があり、参加者同士の距離を自然と近づけてくれました。
 
 「元気ハツラツ教室」は、農業を営む高齢者が多く暮らす郊外の集落を対象に、農閑期である11月から1月にかけて月3回開催していた教室です。参加者はおよそ20名で、理学療法士や保健師、栄養士に加えてフィットネスインストラクターなどの専門家を講師に招き、介護予防や転倒防止をテーマにした運動や、健康づくりに関する講話を行っていました。
 農作業がひと段落する時期に、地域の皆さんが気軽に集まり、体を動かしながら健康について学び合う場として親しまれ、地域に根づいた取り組みへと育っていきました。
 
 「森華教室」は、山間部の限界集落に暮らす高齢者の方々を対象に、10月から3月の農閑期に月1回、公民館を借りて開催していました。参加者はおよそ10名で、保健師による講話のほか、映画上映会や回転ずし、買い物などの外出行事も取り入れ、地域のつながりを大切にしながら、心身ともにいきいきと過ごしていただくことを目指していました。
 冬の厳しい山間部では、外出の機会をつくること自体が容易ではありませんでした。それでも参加者の皆さんが毎回楽しみにしてくださったことが、活動を続ける大きな支えになっていました。
 
 「カナリア会」は、認知症高齢者を介護しているご家族を対象にした介護支援教室です。月1回、10名程度の方々が参加し、医師や看護師を招いての講話や、施設見学などの外出行事を実施していました。
 介護という日々の重責を担うご家族にとって、同じ立場の方々と悩みを分かち合い、情報を共有する時間は、心の支えとなっていたように思います。
 
 「筋力アップ教室」は、自治体からの委託事業として実施していた、介護予防を目的とした「運動器機能向上プログラム」です。週1回、15名程度の方々を対象に、住民センターを借り、理学療法士を講師に迎えて運動教室を行っていました。
 参加者の皆さんが回を重ねるごとに姿勢が良くなり、歩行も安定していく。その変化を目の当たりにし、運動の力、そして継続の力を強く実感しました。
 
 季節の移ろいや料理の湯気、笑い声や何気ない会話──そのすべてが、教室を“活動”という枠を超えた地域の暮らしを支える場にしていました。参加者の笑顔や交わされた言葉は、今も鮮やかに「地域の風景」として心に息づいています。

 しかし、在宅介護支援センターの縮小や法人としての経費削減、人員配置の見直しなど、さまざまな事情が重なり、教室の数は少しずつ減っていきました。そして、開院から20年以上にわたり地域に根ざした活動を続けてきた在宅介護支援センターも、静かにその長い役割を終えることになりました。

 私は、現在診療所でMSWとしての業務を担当しています。

 それでも、あの教室で出会った高齢者の皆さまや、ご協力くださった講師の皆さまのことを、今でもふとした時に思い出します。

 すでにお亡くなりになった方も少なくありません。でも、あの頃の笑顔や、何気ない会話の一つひとつは、今も懐かしく、心の奥に深く残っています。

 あの教室で交わされた言葉や、そこにあふれていた笑顔が、どなたかの暮らしをそっと支える力になっていたのだとしたら、それは私にとって何よりの喜びです。

いいなと思ったら応援しよう!