ウォシュレット。日本人の執念が生んだ、黄金の43度の角度と私の『ケツ戦記』
おしり、洗って、愛して。
「ウォシュラン採点官の日常」#1
――「トラウマの氷河期」から「依存の黄金期」へ至る、我が尻の戦記
日本人は、1を1のままでは終わらせない。火縄銃、建築、車、バイク。外来の技術を独自の感性と執念で昇華させ、「本家」を凌駕する芸術品へと変貌させてきた歴史がある。
そんな大げさな歴史の系譜に、まさか「私のお尻」も組み込まれているとは、中学生の頃の私は知る由もなかった。
1. 洋式トイレとの「子鹿」のような邂逅
私のルーツは、昭和の香りが色濃く残る「汲み取り式和式トイレ」にある。中学生になるまで、我が家も学び舎も、トイレといえば「跨がるもの」だった。
初めて洋式トイレに対面したのは、小学4年生の頃だっただろうか。そこには白く輝く便器があった。しかし、便座が上がっておりそんなことも知らず、そもそも「座る」という概念が希薄だったのか、私は途方に暮れた。
便器の上に足を乗せるのではないということは、感覚的にわかった。
だが、正解がわからない。
結局、私は扉に背を向け、タンクを両手で挟むように手を添え、便器にまたがり浮かせた状態で中腰になり、脚をプルプルと震わせる「生まれたての子鹿」のようなスタイル、空気椅子の様な状態で用を足したのだ。
あれが、私の西洋文明への、あまりに不安定な第一歩だった。欧米人はなんとタフな奴らなんだと。
2. 惨劇:水風呂だと気づかずに
90年代後半、多感な十代の私は、ついに「彼女」と出会う。そう!ウォシュレットだ。当時はまだ最先端の贅沢品。
冬の寒い日、私は好奇心に勝てず、その未知なるボタンを押し込んだ。
そこには母なる海のような包容力が待っていると信じて。
「ハッ……!!アガッ……!!」
肺の中の空気がすべて入れ替わるような衝撃。温水だと思い込んでいた私は、冷酷なまでのオホーツク海の様な「冷水」によって打ち砕かれた。
想像してほしい。
サウナで十分に火照った体なら、水風呂は快楽だろう。身構える時間もある。
だが、これは違う。「ただの水風呂」だと気づかずに、無防備なまま飛び込んだ瞬間なのだ。否、飛び込んだのではない。
予期せぬ場所から、オホーツク海の氷の礫が、的(まと)に向けて超至近距離で射出されたのだ。
無防備な状態での不意打ちは、もはや攻撃である。後ろから仲間に撃たれた気分だ。または冬のオホーツク海に突き落とされた気分だ。
私はその日、「彼女を信じるものか」と心に決め、ウォシュレットと完全に距離を置いた。我が尻の歴史における、第一次氷河期の到来である。
3. 「黄金の43度」と「最強水圧」の覚醒
しかし、日本人の執念は凄まじかった。TOTOのエンジニアたちが、社員の尻を借りてまで導き出したという「43度の黄金角」。そして、どんな外気温でも瞬時にお湯を温める精密な技術。
数年の時を経て私が再会したウォシュレットは、かつての冷たい彼女ではなかった。トイレの女神だった。
今や私は、温度調節と水圧調節の「鬼」である。
温度は、理想を言えば45度くらい欲しい。あのトラウマを完全に打ち消すほどの熱が欲しいのだ。そして水圧。これは「強」の一択。否、「最強」以外は認めない。「弱」などという生温い設定は、私の辞書には存在しない(切れ痔を除く)。
熱く、太く、強い水流が的に当たった瞬間、私の目は細くなり、口は無意識に「0」の形になる。それは、日本が世界に誇る精密工学と、私の野生がシンクロした瞬間である。
4. コンビニという名の戦場、そして「ウォシュラン」の格付け
世間では「誰が使ったかわからないから外では使わない」という声も聞く。だが、私に言わせれば、それは大きな間違いだ。綺麗事を抜かすな。
これは一連の儀式を完璧に「完結」させるための、マスト・プロセスなのだ。もはやこれ無しでは、私の日常は成立しない。
だからこそ、私は密かに地元コンビニのトイレを、ミシュランならぬ「ウォシュラン」という独自の厳格な査定基準で格付けしている。
【ウォシュラン:尻の格付け基準】
1. 水圧の階層(35点): 4段階以上の調整が可能か。強さの「向こう側」が見えるか。
2. 温度のホスピタリティ(45点): ロックは論外。最初から「強」に設定されているか。中や弱だと、座ってから温まるまで数分のロスが生じるため、大幅減点となる。
3. 水流の質(20点): 細くて鋭いのはただの痛み。包み込むような「太さ」があってこその快感である。
【特別加点・減点:温度の持続力】
• 熱熱ボーナス(+10点): 30秒間、一切妥協のない熱さをキープし続けた場合。これぞ日本の技術力の証明。
• スタミナ切れ(-10点): 5秒ほどで急にヌルくなる「尻すぼみ」な挙動。期待を裏切られた落胆は大きい。よって大幅な減点となる。
【失格項目(即退場・出禁)】
• 節電と称したボタンロック、および「冷水」の突き出し。
現在、ウォシュランの頂点に君臨するのは計85点(特別ボーナス込)の某セブンイレブンだ。あの「太く、熱く、強く、そして長い」設定への深い理解には、トイレを借り、用を終えた後、スタンディングオベーションを送っている。
一方で、かつての某ローソンは、もはや「失格」だ。あの真冬の冷水の洗礼以来、私はそこには数年立ち寄っていない。経営者に言いたい。節約された数円の電気代と引き換えに、一人の熱狂的なファン(の尻)を永遠に失ったのだと。
5. 終わりに
医療用としてアメリカで生まれた種を、世界一のインフラへと育て上げた日本人の涙ぐましい努力。その歴史の恩恵を、私は今日も目を細くしながら少し上向き加減で「0」の形の口をしながら享受している。
「おしりだって、洗ってほしい。」
あの名コピーから数十年。今や私のおしりは、洗われるだけでなく、日本の技術力に愛され、そして私はウォシュレットジャンキーと化した。
