仕事のなんたるかを教わった14歳
私の育った兵庫県では、中学2年になると「トライやる・ウィーク」という職場体験のイベントがある。
トライやる・ウィークは、兵庫県が、1995年の阪神・淡路大震災、1997年の神戸連続児童殺傷事件を機に中学生に働く場を見せて学習させようとする趣旨から、県内の中学2年生を対象として1998年度から実施されている職場体験、福祉体験、勤労生産活動など、地域での様々な体験活動である。略称は、トライやる。
(中略)一週間、中学2年生が職場体験などを通して地域について学び「生きる力」を育むことを目的としている。
出典:Wikipedia
県内の中学生にとっては憧れのイベントで、時期が近づくにつれて「トライやるどこ行きたい?」「ケーキ屋さん行ったらお菓子めっちゃもらえるらしいで」なんて会話が交わされる。
受け入れ先は例年人気の飲食店に保育所・幼稚園
といった教育施設から、役所、福祉施設、生協や農協、それに各種サービス業。場所によっては放送局や新聞社なんかもあるらしい。
実施期間中は、町のあちこちで「トライやる・ウィーク活動中!」ののぼりが掲げられ、例えば生協のレジにトライやるの中学生を見つけたら、「がんばってねえ」とにこにこ見守ってくれたりするわけだ。
全国でやればいいのに、と思うほど、私にとっては意義深い取り組みだったので、ちょっと書いてみたい。
パーマのおばちゃんを増産する美容室
私が選んだのは、個人経営の小さな美容室だった。理由は単純、美容師という仕事がなんかかっこよさそうだと思ったから。
ちょうどカリスマ美容師とかが雑誌やテレビによく登場していたこともあって、美容室=カッコイイ、最先端だと思っていた。
だから店に着いてすぐ、ちょっと、いやけっこうがっかりした。
40代くらいのおじさん店長に、女性のスタイリストさんが2人か3人。そしてお客さんは、100%近所のおばちゃんだった。テレビで見るようなカリスマ美容師も、流行の先端を行くシュッとしたお客さんも、そこにはいなかった。
誰にでもできるかんたんなお仕事
火曜日から金曜日まで1週間のトライやる期間中、私の仕事といえば、おばちゃんが100%オーダーする謎のパーマのお手伝いをしたり、床に落ちたくるくるの髪をホウキで掃いたり。店内の雑用全般といったところ。
パーマのときはスタイリストさんの横にくっついて、言われた色のロットを渡す。もう片手で、輪ゴムを1本取りやすいように広げてスタンバイ。
それからパーマ剤は時間を置いて2種類。
パーマがかかったら仕上げのカット、その後は床をささっと掃除。お客さんが落ち着いたらロットを洗って、タオルも洗濯。
そんな感じであっという間に1日2日と過ぎていった。
仕事はもらうものではなくて
最初はモノ珍しくて楽しかったし、皆さんがアレコレ教えてくれたのだけど、3日も経つと慣れと飽きが訪れた。なんかすることないな、ヒマやなあ。
たぶん私はぼーっとしていたのだと思う。
そんな私を見て、スタイリストのお姉さんが、スタイリングスプレーを手渡しながらこっそり耳打ちした。
「店長次コレ使うと思うから、持ってったげて。」
店長はお客さんのできたてパーマにハサミを入れて仕上げをしているところ。これいつも使ってたっけ?これまでのお客さんには使ってなかったような。
よくわからないまま言われたとおり店長のところへ持っていくと、店長は「おっ、サンキュー」とすぐにスプレーを使い出した。
お姉さんを振り返ると、「言われる前に、見つけるのが仕事やで」。
私が前日までに見ていたお客さんは、たまたま「このあと別に予定ないから」スプレーはいらなかったけど、今日のお客さんはお出かけの予定があったらしい。お姉さんはパーマ中の会話から、それをちゃんと聞いていたんだ。
あ。
そうなんや。
そうやったんや。私は何か、とんでもない大発見をした気持ちになった。だって仕事って、誰かにもらうもんやと思っていた。学校では、言われた通りやっておけばいいもん。でも働くって、誰かがお膳立てしてくれることじゃないんや。何かをしてお金をもらうって、自分からアクションすることなんや。
店長のサンキュー=役に立ったってことで、そういう場面に対価が発生するんや。
14歳だからこその感受性
単純で考えナシだった私ば、単純で考えナシだからこそ言葉をそのまま吸収した。働くということになんのイメージもないまっさらな14歳。職場体験に、これほど適した時期はないと思う。
それも先生からお説教ではなく、実地の体験として。
トライやる・ウィークは私にとって、働くことへの意識を目覚めさせてくれた体験だった。あの経験がなければ、ただ決められた場所に行き、決められた椅子に座って与えられた作業をこなすことが仕事だと、もっと長いあいだ思っていたかもしれない。
それに今にして思えば、受け入れ先の方々の、「中学生にとって実のある期間にしよう!」というたくさんの配慮も感じる。先生方、受け入れてくださった施設や店舗の方、そしてお客さん。町ぐるみで子どもを育てていく豊かな土壌があってこそ、トライやるは成立していた。
自分たちが愛され守られていたのだと感じることができるのは、とても幸せなことだと思う。
去年は規模を縮小して実施したそうなのだけれど、ぜひ今後も続いてほしい。そしてもっとたくさんの地域に広がって、自分の子どもたちの世代にもつながってほしいと願う。
ちなみに。トライやる期間中、美容室を訪れたお客さんは純度100%パーマのおばちゃんだった。これ以上どこ切ってどこ巻くねんみたいな人もいた。
今では我が母があのときのおばちゃんたちと同じヘアスタイルをして、髪切ってくるわと言う。いやどこ切ってどこ巻くねん。
