Esco vs Jigga : Round 1
実は別件の絡みで書いてたらアホみたいに長くなってしまって・・・
消すのもお蔵にするのもちょっと勿体なく思ったのでこの話題単独で回を分けて投稿していくことにしましたので最後までお付き合いただけると幸いです。
2000年代を代表するバトルと言えばNasとJay-zのBeefを挙げる人が多いと思います。
擦られ過ぎたネタであり、ディスソングやアンサーはそれぞれレコードも出ていますがそれらのレビューというより読み物としてあまり知られていない裏話やそのバトルでの出来事や顛末を振り返って行きたいと思います。
まずNasとJay-zのバトルのキッカケは諸説ありますが95,6年にJay-zがNasに対して自身の1stアルバムReasonable Doubtの収録曲に客演を打診したもののそれを無視。
後にNasは2ndの収録曲であるThe Messageで暗にJay-zのスタイルを揶揄するような一節にJay-z側がDissと捉えたのが騒動の火種になった。という説が有力です。
それから97年にNotorious B.I.Gが亡くなり「次のニューヨークのキングは誰だ?」というトピックを軸に98年頃からお互い名前を出さずに楽曲内で具体的な明言を避けながらお互い小突きあっていました。

そして時は流れて2001年、ラジオ局Hot97主催のSummer JamというフェスにてJay-zのステージ上で事件が起きました。
当時来たる自身6枚目のアルバムであるThe Blueprintの収録曲であった"Takeover"を短いながら突然発表し(この時が初お披露目)、初めて明確にNasを名指しでDissしました。
しかしここではNas の他に矛先がMobb Deepにも向かいます。
最後に放ったライン
"I Don't Care If You Mobb Deep, I Hold Triggers To Crews.
(Mobb Deepなんてどうでもいい、オレは仲間達の引き金を止めてるだけだ。)
You Little Fuck, I Got Money Stacks Bigger Than You.
(雑魚が。こちとらはお前より金持ってんだ。)
When I Was Pushing Weight Back in '88
(俺は88年にブツを捌いている時に)
You Was A Ballerina, I Got The Pictures, I Seen Ya."
(オマエ(Prodigy)はバレリーナだったしな。その写真だって見たぜ。)
とMobb Deepを辱めるラインを放った後に音を止めて会場のスクリーンにマイケル・ジャクソン姿のProdigy少年の写真をデカデカと映し出し会場は更に興奮のるつぼと化しました。

これとは別にレオタード姿の写真もある。
この写真ですがJay-zが所属していたレーベルRoc-A-Fellaと同じDef Jam系列であるMurder incの歌姫Ashantiのお婆さんがQueensでダンス教室を開いていたことがあって、地元がQueensであるProdigyがソコに通っていた際に撮られたモノになります。
この写真がJay-zの手に渡った経緯には2つの説があるようで
① Ashantiもその教室の生徒でレーベルオーナーであるIrv Gottiにその事を話したのをキッカケに彼女がIrvを通じてJay-zに写真が渡った説。
② 話を知ったJay-zが探偵を雇ってダンス教室の生徒を探し出して写真を入手したという説。
当事者のProdigyは①の説を信じていたそうです。

またこのMobb DeepとのBeefは元々Jay-z/Money, Cash, Hoesにて
"It's Like New York's Been Soft, Ever Since Snoop Came Through And Crushed The Buildings"
(Snoopにビルを倒されてからニューヨークはソフトになった。)
という一節にMobb DeepのProdigyが反応。

これは90年代中頃にあった東西抗争にてNew Yorkをコキ下ろしたTha Dogg Pound/New York,New YorkのPVの有名なワンシーンを指しますが、そのアンサーソングであるCapone-N-Noreaga/LA, LAにて客演ながら返した当事者である為にProdigyはこれに反発する形で当時インタビューやら楽曲等でJay-zを攻撃していた事に対するアンサーとなり、恥ずかしい写真を大勢の人が集まるショーにて晒して笑い物にしました。
また、こぼれ話としてNasとJay-zのBeef自体が最高に盛り上がっていた翌年2002年のSummer JamにてNasへ出演オファーがあり、自身に加えて地元の友人をステージ上で馬鹿にされた雪辱を晴らさんとばかりにJay-zソックリな可動式人形を絞首台で吊るすという過激なパフォーマンスを画策していたみたいですが主催側であるHot97が「倫理的にアレだし、局としてBeefには加担しない」と判断され許可が降りなかった為にNasは納得出来ず、フェスの出演をキャンセルしたそうです。
そしてSummer Jamでの出来事に後、Jay-zのアルバムプロモーションが本格的に始まり2枚目のシングル"Girls, Girls, Girls"が切られた際にカップリングにTakeoverが収録され、その全容がようやく全世界に知れ渡りました。
(Summer Jamでの披露時は未完成だったようで後にヴァースを追加したとか)

So yeah,I Sampled Your Voice, You Was Using It Wrong. (I'm Out For Dead Fuckin' Presidents To Represent Me)
(オマエは過ちを犯したからオマエの声をサンプリングしてやった。)
(「金はオレから産み出される」(Nasの声をサンプリングしたDead Presidentsのフックを引用した嫌味)
You Made It A Hot Line, I Made It A Hot Song
(オマエが良いラインを作ったから、オレはホットな曲を作ってやった。)
And You Ain't Get a Coin, Nigga, You Was Gettin' Fucked Then
(それでオマエは小銭すら得られなかったな。マジでやらかしたな。)
と上記に書いたこのBeefの起因となった過去のアルバム不参加についての恨み節やDead PresidentsのフックにてNasの声をサンプリングしたクリアランス料はNas 本人には払われていない事にも言及。
この件についてはNas は95,6年当時ARを担当してた3rd BassのMC Serchに出版権を譲渡していたのでMC Serch側に使用料が支払われたとMC Serch本人が認めております。
更には
One Was nah, The Other Was Illmatic
(色々出てるけど、結局illmaticだけだよな。)
That's a One Hot Album Every 10 Year Average And That's so (Lame)
(10年やって良いアルバムはそれだけってクッソ(マヌケ))
Nigga, Switch Up Your Flow, Your Shit Is Garbage
(いい加減フローとか変えてみろよ。オマエは曲はどれもゴミだぜ。)
とIllmatic以降の作品は大した事ないとし、実際に当時一番新しいアルバムであったNastradamusの大失敗から人気に陰りが出てきたNas に対して中々に痛いトコロを突く内容が盛りだくさんでした。
しかしNas 自身はSummer Jam時のTakeoverに関しては気にしていなかったみたいだが
「最初は返す気は無かったんだけど、とにかく周りやストリートが騒いでてね。アレをじっくり聴いたら「まぁ確かにヤバいな」って思って返すことにした」
としてNas もアクションを起こします。
はい。区切りが良いので一旦ここまで!
次はNas のターンになり、Beefの盛り上がりが最高潮に達します。
