【新連載:アジア安全講座】海外社員の命を守る「体制」を守り抜く
安全サポート株式会社
代表 有坂 錬成
駐在員や出張者は海外での犯罪や時には武力衝突といった大きな危険に遭遇する。自身や家族をどう守るのか。当事者や本社が知るべきこと、必要な備えや対応とは。海外安全の専門家がレクチャーする。
レクチャー1:アジアのリスク
問い合わせ多い中国での拘束
――海外の状況をどう捉えていますか
コロナが拡大した3年間、テロは下火になりました。コロナが明けて徐々に海外渡航が増えましたが、在宅勤務やウェブ会議が普及したこともあり、出張者は相対的に減っていました。渡航者のリスクもそれに伴い減りましたが、今は戻りつつあり、コロナ前とあまり変わらない状況に近づいています。
――アジアではどのようなリスクがありますか
一般犯罪や戦争、テロや誘拐といった各国のさまざまな脅威を独自に評価しました(下表)。
例えば、中国は一般犯罪は「中」。フィリピン、インド、バングラデシュ、パキスタンは一般犯罪が「高」で街中は相当危ない。
「低」は日本と同じぐらいの治安感覚です。「中」は警戒を怠らない。ニュースなどで何か情報を得たら、危なくなると思ってほしい。「高」は常時危ない。1人で徒歩で街に出ない、車で行く、複数で行動するなど何らかの対策を講じてください。
街中の一般犯罪については日本ほど安全なところはないでしょう。アジアではシンガポールが日本並みに近いです。タイは交通事故が非常に多い。

――近年の顕著なリスクは
中国でしばしば日本企業の社員が拘束され、その際に多くの問い合わせが来ます。当局による拘束は基準が全く分からず、なぜ拘束されるのか皆さん懸念している。
外国人を拘束した場合、当局はその人の国籍の大使館に通報する義務を定めた国際法があります。ただ、当局がすぐ通報してくれればよいですが、本当にきちんと通報してくれるかどうかは分かりません。
われわれが行う講習では、拘束されたら「大使館に連絡してほしい」と言い続けなさいと教えています。相手の担当官が知らなかったとしても、その同僚や上司が「国際問題になりそうだ」と通報するかもしれない。そうすれば日本の領事が面会に来て、拘束されていることが伝わる。勤め先や家族に知らせてくれます。

レクチャー2:会社の役割
できていない体制整備
――送り出す企業はどのような役割を果たすべきでしょうか
第一に、本人に情報を与えること。「あなたの行き先は、こういう脅威がある」と。犯罪が多い、交通事故も多い、こういう感染症も気を付けてくださいというように、まずは情報提供と注意喚起をする。
危ない危ないと言うだけではなく、それに対してどうしたらいいか。個別のレクチャーや安全講習の実施、そういうことを学ばせて送り出す。ある程度は、自分の身を守る術を知ることができます。
そして、危機管理の体制を整えておく。現地で何かが起きた時の会社としての対応。何をどうしたらいいか、日本から遠隔で何ができるか。
アジアの場合は比較的時差が少ないのですが、週末や祝祭日に何かあった時、本社としてすぐ動けるのか。例えば、金曜の夜中から土曜にかけて駐在員に何かあったとしたら、どうするか。
交通事故や急病は日本からの対応は難しいのですが、救急搬送された後の転院はどこの病院に行けばいいのか、提携病院も確保しておく。それらの病院に入ったら日本から誰かが駆けつけるのか、近隣の拠点から急行するのかなど決めておきます。

――日本企業は適切に対応できていますか
できていない方が多いと思います。
一番は体制です。以前は整えていたが今は機能していない、という場合が多い。企業では担当者が入れ替わります。ある部長が一生懸命取り組んだとしても、転勤して別の部長になり、トラブルがないから優先度が下がってきたというように。
企業の危機管理体制の消費期限は短い。数年単位で様子が変わってしまう。そのため体制や取り組みを、どう持続して継承していくのかという視点がとても重要です。
それは、単にマニュアルを残すことではありません。マニュアルを残しても次の人が使わなければ、もうそれまで。やはり引き継ぎです。
体制は何かのきっかけがあって設けられる場合が多いです。例えば、社員が事故で亡くなり、それで役員から危機管理の体制を作るよう号令があったなど。すると、そういう体制を一生懸命に作るわけです。
ただし、意識は風化します。事故や事件が起きないまま5年、10年と経てば当然。しなくても別に何の支障もないわけです。再び事件が起きるまでは。再び事件が起きた時、ある程度の体制を維持できていれば解決できたはずのことが、体制がほとんど機能しなくなっており対応しきれません。
レクチャー3:経営者がすべきこと
社内の意識を風化させない
――社内で風化させないためには
その意味では、われわれのような外部のコンサルタントがいるといいですね。何か大きな事件で社員が現地で亡くなり、ご遺族の方を現地にお連れしてと、さまざまなことを経験するわけです。ところが、それも数年たつと人が交代するなどして蓄積や意識が消えていく。
しかし、外部の専門企業にはその経験が残っています。社内の後任に十分な経緯や知識が引き継がれていなかったとしても、外部からサポートできる。こう話すと宣伝みたいになりますけれども。
――担当ばかりではなくトップの意識も必要では
その通りで、そこを絶対におろそかにできないのはトップ。経営者は、対応の是非が常に自分の身に降りかかってくるという意味での当事者です。
例えば、15年前に何か大きな事故があったとします。最近、また似たことに巻き込まれたとなればマスコミはそこを責めます。15年前にもありましたが、どういう再発防止策を講じてきたんですかという話になりますよね。社長会見の時にそれを言われると困り果てるわけです。

経営者は、その怖さが分かります。でも、担当とか管理職では社会的にはそんなにひどい目に遭わない。会社としては経営者が直接糾弾されますから。経営者は過去にあった事件や事故も教訓にしようと言い続ける。毎日は言わないまでも、節目ごとには触れていく。そういう意識付けはできます。
マニュアルを作るとか安全規定を作るとか、その時は一生懸命考えるんですよ。ただ、やっぱり時間です。過ぎるとともに薄れます。でも、結局それが普通の人の感覚だと思います。要は、組織として忘れてしまうという前提で仕組みを作らないといけない。そうしないと必ず風化します。
例えば、自動車をリコールする際、人の命に関わる事故が発端となることもあります。そうしたらメモリアルデーを設けて事故を毎年思い出し、新しい社員にも共有していくようにする。こういうことを行う会社もあります。風化させないために必要な取り組みだと思います。
レクチャー4:用語の定義
「管理」「対応」何が違う
――危機管理や危機対応など、似た用語をどう使えばよいですか
多くは定義や区別が曖昧なまま使われています。「リスク管理と危機管理の違いを教えてください」と聞かれることもあります。リスクマネジメント、クライシスマネジメントとか、言葉遊びのようになってしまうことも。

私は「危機対応」と「危機管理」。この2つを使うようにしています。リスクマネジメントなどの横文字はあまり使わないようにしています。分かりにくいためです。
「危機対応」は、実際に何か起こったことへの対応です。事件が起きてけが人が出ました、では治療しましょうというように。患者を病院に搬送する、亡くなったら遺族を案内するといった対応を指します。
「危機管理」は、もっと広い意味で危機対応も含みます。そもそも、危機が起きないようどう防止し、備えるか。
危機が起きた際、例えばアジアで医療搬送しなければならないような場合、専門業者でなければ対応できませんから、業者とあらかじめ契約しておく。それから管理や対応のための体制を作り、役割や連絡ルートを整備するといった、諸々を含めたものを私は危機管理と定義し、危機対応と区別しています。
要するに、起こる前の予防や備え(危機管理)、起きてからの対応(危機対応)と捉えるのが一番分かりやすいと思います。
(聞き手:編集長 岡下貴寛)
有坂 錬成(ありさか・れんせい)
安全サポート株式会社 代表取締役 上席コンサルタント
三井住友海上でドイツ駐在、本社での駐在員送り出し業務、および危機管理業務を担当。1999年、外務省に出向し、官民合同の海外安全対策を担当。「誘拐対策マニュアル」の編集や「海外安全ホームページ」の基となったサイトの立ち上げにも携わる。

安全サポート株式会社
創業20年。海外派遣者の危機管理に特化した危機管理会社。社員の命を守るために必要な、全ての業務をワンストップで提供。顧客は企業、政府機関、大学、業界団体など幅広い。企業担当者向け無料セミナーも多数提供。https://www.anzen-support.com/
