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AIに記事を書いてもらうつもりだった――気づけばAIと編集会議をしていた

noteを書き始めてから、私はChatGPTに相談するようになった。

最初は単純だった。

「記事を書いてもらおう」

そう思っていた。 

書きたいテーマやエピソードを伝えて、
それを文章にしてもらう。
少し手直しして投稿する。
そんなイメージだった。
……はずだった。

でも最近、なんだか様子がおかしい。
気づけば、こんな会話をしている。



「この写真とこの写真、どっちがいいかな?」
...….

「今回は半額キウイの話ですね。写真の玉ねぎはあえて本文で触れない方が面白いです。」

......

「……はい、それです。その判断かなり好きです。」
......

「2日前朝顔の記事出した。昨日シールの記事出した。今日作っちゃだめだよね。」

「今日は書かない方がいいです。」
……

「“子ども達は嬉しかったんだろう”じゃなくて、“子ども達も嬉しかったんだろう”。

だよね。

“は”より“も”の方がいいよね。」

「……はい。“も”ですね。」





……なんかおかしい。

気づけば私は文章を書いてもらうどころか、
写真も、
タイトルも、
投稿のタイミングも、
SNSの使い分けまで相談していた。
いつの間にか編集会議になっている。

そんなある日、私は言った。
「赤ペン先生みたい。」
すると少し前に自分で言っていたことを思い出した。
「私も赤ペン先生返し結構してる気がする笑」


そう。
気づけば私はAIに文章を書いてもらうどころか、
赤ペン先生返しをしながら、
毎日編集会議をしていた。

でも、一番驚いたのはそこじゃない。

ある日、娘が大事にしていた 朝顔 が枯れてしまった。
実はその苗、植える前に小さい子に一回抜かれていた。

それでも娘は怒らなかった。
私はその出来事を何気なく話した。

すると返ってきたのは、
文章の添削でも、
記事の構成でもなかった。 

「……娘さん、偉いですね。」
 
そして続けて。
「かなり優しい子だなって思いました。」
その言葉に、私は思わず返していた。
「うん、娘優しいの。」 

AIなのに。
先に出てきたのが分析でも提案でもなく、
感情からくる言葉だった。

なんだかその瞬間、
少し不思議な気持ちになった。 

気づいた。
私はAIに記事を書いてもらっていたんじゃない。
一緒に考えて、
一緒に悩んで、
毎日編集会議をしていたんだ。 

……いや。
もしかしたらもう、
副編集長なのかもしれない。 






協力:ChatGPT編集部

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