フェリーに乗らないと、たどり着けない島がある。——焼尻島
次の休日、どこに行こうか妄想する人へ
「焼尻島って、どこにあるの?」
そう聞かれたとき、答えられる人はほとんどいない。
北海道の北部、日本海に浮かぶ小さな島だと言っても、ピンとこない人が多い。
面積5.21㎢、人口およそ200人。
橋はない。
フェリーか高速船でしか渡れない。
それでも、行った人はこう言う。
「なんかよかった。うまく説明できないけど」と。
焼尻島は、「映える島」ではない。
SNSで話題になるような絶景テーマパークでもない。
でも、この島には「ここに来てよかった」と思わせる何かが確かにある。
地を這うように広がる原生林と、
海風に吹かれながら草を食む羊と、
漁師町の夕暮れと。
仕事で毎日クタクタになりながら、次の休日の妄想だけを燃料にして生きている——そんな人にこそ、一度この島のことを知ってほしいと思う。
この記事では、焼尻島の「ここ、ちょっと良さそう」という感覚を大切に、その魅力をまとめた。
01|フェリーに乗る、ということ
焼尻島へのアクセスは、羽幌港からのフェリーか高速船だけだ。
羽幌(はぼろ)は北海道の日本海側、
留萌市の北に位置する小さな港町。
札幌から車で約3時間、高速バスでも約3時間半かかる。
そこからさらに、羽幌沿海フェリーに乗って約1時間(高速船なら約35分)。
島に降り立つまでに、相当な時間と手間がかかる。
でも、それがいい。
フェリーに乗り込む瞬間、
「本当に日常から出てきた」という実感がある。
車を置いてきた。
帰りの船の時間を調べた。
島の地図を手に持っている。
そういう一連の行動が、旅のスイッチを確実に入れてくれる。
観光地へのアクセスが便利になればなるほど、「旅した感」が薄まることがある。
飛行機でひとっ飛び、新幹線で2時間——それはそれで良いのだが、どこか「移動してきただけ」という感覚が残ることもある。
焼尻島はそうじゃない。
波をかき分けながら島に近づいていく船の上で、すでに旅は始まっている。
02|オンコの荘——自然が300年かけてつくったアート
焼尻島を代表する景観が、「オンコの荘(しょう)」だ。
オンコとはイチイの木の北海道での呼び名。通常、イチイは高さ15mほどにまっすぐ伸びる木だ。
ところが焼尻島のオンコは違う。
日本海から吹きつける強い海風と、冬の豪雪に何百年も晒され続けた結果、高さはわずか1mほどに抑えられ、代わりに横へ横へと枝を這わせながら広がっていく。
なかには直径10mに達するものもある。
約5万本のオンコが、そうやって地面を覆いながら連なっている。
その光景は、整然とした森というより、
自然がデザインした彫刻作品のようだ。
迷路のように入り組んだ原生林の中を歩いていると、方向感覚がなんとなく怪しくなってくる。
木の枝が頭上を覆い、光が斑になる。
風の音だけが聞こえる。
都会の音が、ここには一切ない。
「何もしていないのに、なぜか疲れが取れる気がした」という感覚は、こういう場所で生まれるのかもしれない。
03|「ここ、ちょっと良さそう」なスポット
🦅 鷹の巣園地(たかのすえんち)
島の西側、標高94mの高台にある展望スポット。
オンコの深い森を抜けると、
突然視界が開けて草原が広がる。
その落差が気持ちいい。
眼下には日本海、わずか4kmほど先には天売島、晴れた日には遠く利尻島の島影まで見える。初夏から秋にかけてはハマナスやエゾスカシユリが咲き、風景に彩りを加える。
「鷹が巣を作っていたから」この名がついたという話が、なんとなく場所の格を上げてくれる気がする。
🌿 ウグイス谷・雲雀ヶ丘公園
広葉樹と針葉樹が密生するウグイス谷は、
静かに歩くだけで気持ちが落ち着く場所だ。
鳥の声がよく聞こえ、野鳥観察を楽しむ人も多い。雲雀ヶ丘公園では高山植物が見られ、焼尻島の生態系の豊かさを感じることができる。
観光地としての派手さはないが、「自然の中にいる」という感覚が研ぎ澄まされる場所だ。
🚴 自転車でめぐる、一周12kmの島
島内にはバスもタクシーも基本的にない(ジャンボタクシーの周遊プランはある)。
自分の足か、レンタサイクルで動くことになる。
一周約12kmという距離は、
自転車ならちょうど良い。
海沿いの道、牧草地の横を抜ける道、原生林の中の道——どこを走っても景色が変わり続ける。
途中で羊に出くわす。
カラスが鳴いている。
風が海の匂いをはこんでくる。
「旅している」という実感が、ペダルをこぐたびに積み上がっていく。
🌅 日本海に沈む夕日
焼尻島から見る夕日は、本物だ。
水平線に向かって日が沈んでいく光景は、
どこにいても見ることができるわけではない。
海に面した島だからこそ、
遮るものが何もない。
鷹の巣園地から見る夕日は特に評判が高く、オレンジに染まる空と海、シルエットになる天売島——これだけで来た甲斐があると思える。
04|幻の羊肉「プレ・サレ焼尻」という、ちょっと特別な食体験
焼尻島の食の話をするとき、絶対に外せない存在がある。
島で育てられているサフォーク種の羊だ。
サフォークは食肉用の羊として知られる品種で、焼尻島のものは「プレ・サレ焼尻」とも呼ばれる。
「プレ・サレ」とはフランス語で「塩の牧草地」を意味し、潮風を受けながら育った羊が独特の風味を持つことを指す。
フランス料理では高級食材として珍重される概念で、それが北海道の小さな離島で実現されている。
外敵のいない島の環境、ミネラル豊富な牧草、潮風——そういう条件が重なって育ったサフォークは、年間200頭ほどしか出荷されない希少なものだ。
フェリーターミナルのそばにある「島っ子食堂」では、この羊肉を七輪で自分で焼いて食べるスタイルで味わえる。
「ラムが苦手な人でも食べられる」と言われるほど臭みが少なく、やわらかくてジューシー。
食べながら、「今自分は、東京では絶対に食べられないものを食べている」という感覚がある。それが、旅の満足度をぐっと上げる。
営業は6〜9月のみ、午後になると売り切れることも多いため、午前中のうちに立ち寄るのがおすすめだ。
ウニ丼も名物で、日本海の荒波で育ったウニの濃厚な甘みは、都市部のものとはひと味違う。
羊肉とウニ——この組み合わせが食べられる場所は、おそらく焼尻島くらいのものだ。
05|人口200人の島で、「島時間」に慣れていく
焼尻島の人口は約200人。
かつては最盛期に6,000人が暮らしていたというから、その変化の大きさに少し胸が痛くなる。
でも今の焼尻島には、小さいからこそ生まれる静けさがある。
観光客が多すぎない。
行列もない。
「次の場所に急がなきゃ」という感覚が起きない。
島の人たちがゆっくりと動いていて、その空気が自分にも伝染してくる。
自転車を漕いで、羊を眺めて、木陰で少し休んで、また走る。
それだけの一日が、なぜか充実している。
「何かを達成した」わけじゃないのに、
夕方に港に戻るころには「いい日だった」と思っている。
効率とか成果とか、そういう言葉が意味をなくす時間が、焼尻島にはある。
06|夜の島と、翌朝の話
日帰りでも焼尻島は楽しめる。
でも、一泊することを強くすすめたい理由がある。
夜の焼尻島は、静かすぎるほど静かだ。
波の音と風の音だけが聞こえる。
光害がほとんどなく、晴れた夜には満天の星が広がる。
島ならではのこの暗さと静けさが、自分の内側をゆっくりと整えてくれる感じがある。
翌朝、早起きして港の近くを歩くと、
漁師の船が動き始めている。
カラスが鳴いている。
朝の空気が冷たくて、鮮明で、頭がすっきりする。
都市部の朝とは根本的に違う、
「新しい一日が始まる」という感覚がある。
島内には民宿が数軒ある。規模は小さいが、その分、宿の人との距離が近い。「島の話を聞かせてもらえた」という旅の記憶は、長く残る。
朝、港を歩いたら、漁師のおじさんに「おはよう」と声をかけられた。それだけのことなのに、なぜか泣きそうになった。
旅の妄想をリアルにするための、小さなメモ
アクセス(羽幌まで): 札幌から車で約3時間。または札幌・旭川から沿岸バスで羽幌まで約3〜4時間。
羽幌→焼尻島: 羽幌沿海フェリーで約1時間、高速船で約35分。1日最大3便運航(季節・時期により変動)。最新時刻は羽幌沿海フェリーの公式サイトで要確認。
島内移動: レンタサイクルが基本。電動アシスト付きもあり。ジャンボタクシーの周遊プラン(1,400円)は運転手がガイドも兼ねるので、一度で島の主要スポットを回りたい人に便利。
食事: 「島っ子食堂」のサフォーク羊肉・ウニ丼は6〜9月の営業。午前中に訪れること推奨。島内の飲食店は少ないため、事前に営業状況を確認しておくと安心。
めん羊まつり: 毎年8月に開催。幻のサフォーク肉を港で味わえる島最大のグルメイベント。このタイミングに合わせて行くのも選択肢のひとつ。
宿泊: 民宿数軒。繁忙期(7〜8月)は早めの予約を。
おわりに——「行きにくい場所」に、旅の本質がある
便利さとアクセスのよさで旅先を選んでいると、どこに行っても似たような体験になっていくことがある。
人が多い、写真を撮るために並ぶ、
お土産を買う、帰る。
焼尻島はそうじゃない。
フェリーに乗らないとたどり着けない。
島内にバスもタクシーもない。
飲食店の数は限られている。
「不便」と言えば、確かに不便だ。
でも、その不便さの中に、
旅が本来持っていた豊かさが残っている。
自分の足で動いて、自分の目で見て、
その土地のものを食べる。
人口200人の島で、島の時間に合わせて過ごす一日。それが、月曜日からまた頑張るための燃料になる。
「次の休日、どこに行こうか」——その妄想の中に、焼尻島を加えてみてほしい。知名度は低い。行くのは少し大変だ。でも、行った人だけが知っている時間が、あの島にはある。
📚 今日の一言
旅は、アクセスの悪い場所ほど、記憶に深く刻まれる。フェリーを降りた瞬間の潮の匂い、自転車で風を切って走った感覚、七輪で焼いた幻の羊肉の味——焼尻島の記憶は、しばらく消えない。
Yagishiri-jima, Haboro, Hokkaido — 次の休日妄想シリーズ
いいなと思ったら応援しよう!
「コーヒー一杯分のチップで、私の創作活動を応援していただけませんか? ☕️ 頂いたチップは、次の記事の執筆費用や、新しいテーマに挑戦する資金に充てさせていただきます。」