崩!崩ㇲ麺
F県K市。穢媚(えび)そば”はさみ”には今日も長蛇の列ができていた。
曇天。霧雨。泥濘んで。10年近くK市に太陽は出ていない。行列の客たちはその体をぐっしょりと濡らしながら、自分の番が来るのを待っていた。全員猫背で顔色も悪いが目だけは輝いている。昏く赤い光。さらに揃ってお箸のポーズだ。人差し指と中指以外の指を掌へ折り曲げて、泥濘へ水平ピースサイン。それを上下に動かし続ける。必死に幻想を啜るその姿はまるで、死骸に群がる蟹のようであった。
ズゾッ…ゾゾゾーッ…
はさみの店内は薄暗く、ひどく臭った。カウンターも座敷もなく、あるのは無数のテーブル席だ。当然、満員。一際暗い厨房からは何かを叩き潰す音が聞こえてくるが、客たちはそれを気にすることもなく、狂ったようにラーメンを啜っている。時折、顔面を赤く染めた従業員が客に近づいて聞く。
「おいちい?」
その問いに客たちは、口の中を麺、あるいは汁でいっぱいにしながら頷くことしかできない。できないはずだった。しかし。
「まったくおいちくありませぬ」
その客、坊主頭の男はハッキリと答えた。よく錬られた声だった。店内は騒然と、しない。客はラーメンを食い続け、従業員はニコニコと笑ったままだ。男は静かに両手を合わせた。
「深みも旨みもないただ臭みだけが残ったスープ、ハリもコシも意義もない中細麺。麺とスープがその有様にも関わらず、具材は一切なし」
男の瞳が深い憐れみを湛える。
「良いのです。ラーメンとは千差万別。人の舌は十人十色。ですがそれを外法で誤魔化すことだけは許せませぬ」
厨房で何かが蠢いた。
「外なる神よ、あなたの麺は不味すぎる」
瞬間、厨房の闇の中から巨大な甲殻類の鋏が男へ向かって飛び出した。男は、避けない。鋏も、届かない。
ドロドロドロドロドロ…。
どこからか太鼓の音が聞こえる。男が笑う。
「我々(じんるい)にラーメンを返していただきます」
【続く】
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