鬱になったことは、とてつもなく幸運なことだった
人生が大きく変わるきっかけは、たいてい「最悪な出来事」としてやってくる。
僕には、忘れられないターニングポイントが3回ある。
どれも、正直「もう無理だ」と何度も思うような壁だった。
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🕳️第1の闇──10代、鬱との出会い
中学1年の頃、僕はすでに深い闇にいた。
這い上がるまでに10年以上かかった。
当時は“パニック障害”や“鬱病”という言葉すらまだ珍しく、
親からは「甘えだ」と言われ、それを鵜呑みにしてしまった。
「俺は恥ずかしい人間なんだ」
そう思いながら、誰にもバレないように心の奥に感情を封じて生きた。
バスや電車で息苦しくなり、途中下車することもあった。
人混みも怖くて行けない。でも生きるには働かないといけない。
買い物に行く時は、文字通り息を止めていた。
毎日「いっそ…」という思いが頭をよぎっていたけれど、何とか生きてきた。
30代に入る頃には、ようやく街に出られるほどにはなった。
でも、心の本質的な回復には程遠かった。
「笑う」「楽しむ」「安らぐ」──
その3つが欠落したままの人生だった。
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⚡第2の衝撃──全てを失った日
そして次のターニングポイント。
ある日突然、すべてを失った。
「神様、俺に休む時間も与えないつもりかよ」
そう思った。
でも、ふとした瞬間に“違和感”を感じた。
まるでクレーンゲームで掴まれて、勝手に違う場所へ運ばれるような感覚。
強制的に絶望を味わったけれど、
不思議と次々に物事が進み始めた。
お金がない。仕事も住む場所もない。
なのに、すぐに仕事が決まり、家賃3万円の家も見つかり、全部が整っていった。
悩む暇もなかった。ただ本能的に動いただけ。
この頃から「不幸=ただの不運」ではなく、
「何かのメッセージなのかもしれない」と思うようになった。
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🎥第3の選択──自分で生きるために
その後、僕はYouTubeを始めた。
お金について深く考えるようにもなった。
「もし、あの頃もっとお金の知識があったら…」
「もっと違う人生が歩めてたかも」
そう思いながらも、僕は動き始めた。
精神疾患が原因で、仕事中に失神することもあった。
「甘えだ」「弱い」と何度も言われたけれど、
本当は誰よりも頑張っていた。
そして、頑張れば頑張るほど壊れていった。
この地獄のような世界で、
自分の力で生きていくしかないと思った。
うまくいかなかったけれど、いろいろなことにチャレンジした。
ホームページ制作、クラウドソーシング、アフィリエイト、ドロップシッピング、愚痴聞きサービス──
どれも大成功はしなかったけれど、それが今のYouTube活動へと繋がった。
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💡普通じゃないからこそ出会えた「本質」
もし僕が普通の人のように働けていたら、
こんな発信活動なんて、きっとやっていなかった。
“普通じゃなかった”からこそ出会えた言葉や世界。
そして、自分自身。
ようやく、僕は自分を肯定できた。
「楽しい」「ありがとう」「感謝」「嬉しい」
そういった感情が、また心に戻ってきた。
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🌊鬱は病気じゃない。深海への招待だった。
僕は、鬱というものを“治すべき病気”とは少し違った視点で捉えている。
鬱は、水の中でもがいているようなもの。
苦しいのは、「生きたい」というエネルギーが強いから。
でも、やがてもがく力も尽き、考える力もなくなる。
すると不思議と、“怖さ”や“不安”から解放される瞬間が来る。
そのときこそ、心の深海へ潜るチャンス。
そこには、明るい地上では決して見えない──
恐怖と不安の奥にある美しさがあった。
深海を見て、地上に戻ったとき。
世界は、まるで別のもののように見えた。
僕はこの景色を見るために、鬱を経験したんだと、今は確信している。
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🔑人生の本質は、「感じることでしか見えない」
僕はずっと、「人生とは何か?」という問いの答えを求めていた。
でもその答えは、本や人の話からではなく──
体験し、自分で感じて、味わって、痛みの中で見つけ出すしかなかった。
そう、本質は「感じる」ことでしか知れないんだ。
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🤝あなたと僕が繋がっているということ
もし、今この文章をここまで読んでくれているとしたら──
きっとあなたも“本質”を探している人。
もしかしたら、僕と同じようにトンネルをくぐり抜けて、
今ちょうど“答え合わせ”をしている最中なのかもしれない。
僕は思う。
人と人は繋がっている。
体に手があり、手に指があるように。
あなたと僕も、どこかでちゃんと繋がっている。
だから、こうして出会えた。
僕の意識や言葉が、ここであなたと交わったこと。
それがまた誰かに繋がって、広がっていくとしたら──
それはとても、美しくて神秘的なことだと思う。
