【創作ミステリー】スノードームの祈り⑧南雲靖久:スノードームの夢 後編 〜聴取/幕間〜
創作ミステリーの続きです。犯人である白峯と刑事である南雲が顔を合わせるその前に、ほんの少しの幕間です。
前回→⑧スノードームの夢 後編 〜聴取/支配人・蓮見〜
次回→⑧スノードームの夢 後編 ~聴取/白峯あかり~
南雲靖久:スノードームの夢 後編
〜聴取/幕間〜
支配人室を出た俺たちは、次の聴取に向けて移動を始めた。
次は一番の関係者である白峯あかり——と、イベント関係者だ。蓮見に確認したところ16時からゲネプロが始まるとのことだったので、その前ならおそらく話を聞けるだろう。
バックヤードを出れば、フロントにはチェックインの手続きを求める宿泊客たちが並んでいた。土日前の金曜だけあって、やや混みといったところだろうか。有休を取ってきたのだろう若者グループや中年夫婦、そして悠々自適そうな老年紳士など、いろんな層の客がひしめいている。
みんな、明るい笑顔をしている。この事件を何も知らない彼らは、旅の優雅なひと時をこのホテルで過ごそうと、ずっと前から楽しみにしてたに違いない。
「……ボス。ボスはこの事件のこと、どう思いますか?」
賑わうフロント前を通り過ぎると、夏目がぽつりと口を開いた。ここまでの捜査を夏目なりに整理しているんだろう。表情と声色に、思慮が滲んでいる。
「それは、事故か事件かって話か?」
「それもありますが、全体の印象も含めてです。そしてもし事件だとしたら——犯人は誰なのか」
夏目が核心に急く。少しずつ全容が見えてきた今、夏目の中で指針が揺れているのだろう。昔の俺と違って、こういう時に突っ走らないのは良いところだ。
——思い込みや余計な熱意は、時に過ちを生む。一課にきたばかりの夏目ならいざ知らず、今の夏目は同じ轍を踏みはしない。
正直にいうと、夏目のそういうところに俺は見どころを感じている。……この先、もっと良い刑事になるんだろうなと。
「そうだな。まず、事故の線は捨てられない。バーでの石黒の様子と、カメラに映ってたっていう部屋に戻る様子からして、酔っ払いの転落の可能性は大いにある」
真剣に聞き入りながら、夏目が強く頷く。それを確認して、俺は言葉を翻す。
「ただ……事件の印象って点ではなんとも言えない。石黒の詐欺。石黒の白峯への執念——そして、石黒を掘り返し、わざわざ埋め直した『誰か』。……ここを考えると、偶然ってよりは必然な気がするってのが、俺の今のところの見解だな」
「……つまり、事件の可能性が高いと?」
「どっちかっていうとな。まぁ今の時点ではほとんど勘だ。疑わしいものがあっても、確信するだけの材料もないからな」
「では……犯人については、どう思いますか?」
問われて、俺は一瞬口を閉ざした。廊下の途中、中庭が見える窓ガラスに目を向ければ、遠目にガラス張りのコンサートホールが目に入る。
そこには、大きな黒いグランドピアノが一台。
大切な誰かをじっと待つように、ひっそりと佇んでいる。
その後方、ホール内では設営スタッフと思われる者が数名、コンサート開催に向けて働いているようだ。
しかしそこに——白峯あかりの姿は見えない。
「もし犯人がいるなら……十中八九、白峯あかりだろうな」
呟けば、夏目も無言で同意する。だがその表情には、確信に至れないもどかしさもある。
「カメラに映っていた石黒の動きを考えると、生前最後に一緒にいた白峯で間違いないだろう。白峯の後に部屋に入ったものはいない。そして、『部屋を出るまで石黒は生きていた』と証言している。これが嘘の証言であれば、間違いなく白峯が犯人だろう」
「中庭に入って埋め直したのも、白峯だと?」
「可能性はあるな。死亡確認か、隠蔽か。なんの目的でそうしたかまではわからんが、石黒が中庭へ通じる扉のパスコードを知っていた以上、白峯が聞いていてもおかしくないだろう」
中庭に行ける人間は限られている。もし白峯がパスコードを知っていた場合、時系列を考えても、一番怪しいのは彼女になる。
だが、今はまだ疑いを強くするつもりはない。これから本人に会って聴取をし、そこで見えるものを加味して判断する。今は、まだその段階だ。
「……やはり、石黒の手作りのスノードームと、その贈り先が気になりますね。『結城晴真』とは、いったい誰なんでしょう」
——『結城晴真』。
蓮見に確認したその名前は、石黒の部屋で見つけた宅配便の送り状に記載されていた名前だった。ラッピングボックスの横に置かれていた送り状には、送り先に結城晴真の名と住所が、送り主には偽名と思われる名前と架空の住所が——いずれも印字された状態で貼付されていた。
そして品名は——『雑貨(スノードーム)』。
——おそらく、ダイニングテーブルで見つけた、あのおかしなスノードームを贈るつもりだったのだろう。それも、わざわざ偽名を使って。
そうまでして送りつけようとしていたことが、かえって不穏な想像を呼び起こす。
「結城晴真についてはこれからの調べ次第だな。この後白峯にも確認して、わからないようなら穂積にも手を借りるか。柏木と雛形にはもう、石黒の身辺調査頼んでるんだろ?」
「はい。柏木さんには交友関係を、雛形さんには金回り全般を調べてもらっています。夕方には一度定期報告をくれるそうです」
「そうか。じゃあ俺たちの方は引き続き聴取だな。あとは……スノードームの鑑識結果が早く出ることを願うか」
「そうですね。ドーム内の液体と作りの確認について、何か分かれば速報をくれるとのことなので、期待して待ちましょう」
そんな会話を交わしながら、俺たちはコンサートホールの前に到着した。
すでに会場の設営は終わっているようだ。ホテルのイベント係と石黒が雇ったらしい派遣スタッフが、マイクや照明の最終確認をしている。
「白峯の姿がありませんね」
ホール内を見渡し、確認した夏目が俺に告げた。確かに白峯の姿はここにない。が、今はゲネプロが始まる1時間前だ。もしかしたら、まだ部屋にでもいるのかもしれない。
「とりあえずは、イベント係にでも話を聞いてみるか」
俺たちはホール内のスタッフを捕まえ、時間をもらうことにした。
***
「石黒さんですか?熱心な方でしたよ。企画から設営手配までほとんどおひとりでやっていて、一昨日も昨日も、会場入りしてからほとんど一日中動き回ってましたし」
「良い方でしたよ。私たちに差し入れまでご用意してくださってて。『コンサートよろしくお願いします』ってみんなに頭下げてらして、腰の低い方だなぁって思ってました」
「ピアニストの白峯さんには特に気遣っていましたね。緊張していたのか、白峯さんは表情も態度も固かったんですけど、石黒さんは一生懸命リラックスさせようとしてました。『あかりはピアノのことだけ考えていればいい』とか『俺が絶対に成功させる』とか……とにかく献身的でした」
「コンサートのコンセプトをしっかり持ってたようで、演出面もしっかり考えてましたよ。演奏中、ピアノの後ろから見える中庭の景色にどうしても雪を降らせたかったらしくて……天気が雪じゃない場合、降雪機で降らせる予定だったんですよ。そのために降雪機まで自前で用意して、自ら設置していました」
会場のイベントスタッフに話を聞いたところで、俺と夏目は一旦ホールの外へ出た。
スタッフからの話を聞く限り、石黒の評判は上々だ。誰に聞いても悪い話が出てこない。
「……石黒は、コンサートをどうしても成功させたかったようですね」
夏目がホールを振り返りながら、スタッフたちの証言を噛み締める。反対に俺は廊下のガラス窓の向こう、外庭の雪景色に目を向ける。
来た時の晴れた空とは違い、いつの間にか鈍色の厚い雲が太陽の光を遮っている。まだ昼だってのに、外は夜のように暗い。
「……夢だったんだろうな、白峯あかりのピアノが、あいつにとっては。じゃなきゃ、金と労力をここまで割いてやらんだろ」
「……詐欺をしてまで、やりたいことだったと?」
「だろうな。明原班の報告書に、石黒が詐欺を始めたのは約1年半前ってあったろ。つまり、白峯あかりのプロデュースを始めたあとだ」
理解し難いとでもいうように、夏目が眉を曇らせる。俺は窓辺に寄りながら、透明なガラス越しの暗雲を見上げる。
「とはいえ、まだ金回りはハッキリしてないからなんとも言えないけどな。ただ、このコンサートに注ぎ込んでいるのはほぼ間違いないだろう。降雪機を用意してたなんて話もあったし、一夜限りのコンサートに掛ける費用としてはあまりに膨大すぎる」
「しかし多くの人の金銭を奪って、自らの夢に投資するなんてあまりに身勝手が過ぎます。奪われた側にも夢や生活があるのに、石黒はそれを私利私欲のために踏みにじっていた。そんなことが許されるはずはありません」
強い正義感を口にして、夏目は俺の隣に肩を並べる。
夏目の信念や理想は、まるで目の前の雪景色のように真っ白だ。汚れを知らないんじゃない。汚れを知ってもなお、夏目の潔白は揺るがないんだ。
灰や埃にまみれ、黒ずんだ雪面を新雪が覆い尽くすように。夏目陸という人間は、どれだけ人の醜さを目の当たりにしても、己の正義を貫くのだろう。
「……陸くんは真っ直ぐだねぇ」
あまりのまぶしさにそう呟けば、見上げていた鈍い色の空から、静かに白い欠片が降りてきた。
——雪か。
音もなく降りだした景色に、ふと白峯あかりのオリジナル曲のタイトルを思い出す。
——『雪の音色』。
スノードームに内蔵された曲は、おそらく、石黒にとって特別な曲だ。……それは一体、どんな曲なんだろうか。
