【創作ミステリー】スノードームの祈り⑧南雲靖久:スノードームの夢 後編 〜聴取/目撃者・清川〜
創作ミステリーの続きとなります。南雲捜査パートの後半は事情聴取となります。生前の目撃者、ホテルの支配人、そして犯人である白峯への聴取。このパートを分割してお届けします。
前回→⑦白峯あかり:失恋
次回→⑧南雲靖久: スノードームの夢 後編 ~聴取/支配人・蓮見~
南雲靖久:スノードームの夢 後編
〜聴取/目撃者・清川〜
「また話をしろって?さっきも刑事さんに話したでしょ?」
中年の男がひとり、うんざりしたようにロビーのソファへもたれかかった。男は宿泊客で、石黒と白峯をバーで見かけたと証言した男だ。氏名は清川忠志というらしい。
清川はすでに熊井と牛田に聴取を受けているせいか、呼びつけた俺たちに明らかにめんどくさそうな態度で接してくる。
「二度手間ですみません。もう少し詳しく聞きたいんで、ご協力いただけると助かるんですが」
「はぁ……まぁいいですけど。それで?何が聞きたいんです?」
清川がコーヒーで唇を湿らせ、渋々ながらも話す体勢に入る。組んでいた足を下ろしたそのタイミングを見逃さず、夏目は身を前にして質問を始める。
「昨夜0時15分頃に、7階のスカイラウンジバー『エトワール』に行かれたと聞きました。その後少しして石黒と白峯が来たとのことですが、正確な時刻は覚えていませんか?」
「覚えてないよ、そんなの」
吐き捨てるように答える清川に、夏目の目がピリッと据わる。俺は静観していたが、手こずりそうな気配を感じて割って入ることにした。
「清川さんは、彼らが来た時何してました?」
「俺?俺はちょうど頼んだ酒が来たから飲んでたよ。マッカランの12年もの。思い切って奮発したんだよね」
「それはいいですね。旅先で飲む酒ってだけでも違うのに、そんな良い酒ならなおさらですよね」
酒の話を振れば、話題に乗ってきたのが嬉しいのか、清川はわずかに口元を緩めた。
「おっ、刑事さんもイケるクチ?俺ウイスキー専門なんだけど、刑事さんは?」
「私はもっぱらビールとかの安酒ばっかりですよ。そんな上等な酒はとてもとても。しかし奮発したってことは、決めるの迷いませんでした?」
「それがちょっと迷ったんだよねぇ。モートラックとどっちにしようかなって。って言っても、せいぜい10分くらいかな?」
「頼んだものはすぐ出てきました?」
「すぐ来たね。その時客は俺しかいなかったし、それも10分くらいで出てきたんじゃないかな」
酒の話を絡めると、清川はスラスラと口を滑らかにした。よほど酒が好きなんだろう。声のトーンが最初とは違って、やけに浮かれている。
しかし、飲み始めた頃に石黒たちが来たとしたら、0時15分に清川が入店して、その後20分くらいか。なら石黒たちが来たのは、0時35分前後ってことになるな。
思い浮かべた時系列を頭に叩き込んでいると、横から何か言いたげな夏目の視線を感じた。しかしすぐに前を向くと、清川へと再度質問を投げかけた。
「石黒と白峯はどんな様子でしたか?」
「なんか男の方は酔っ払ってテンション高くてさ。こっちは静かに飲もうと思ってたのに、気に障るくらいには声がデカかったよ」
「女の方はどうでした?」
「大人しかったよ。男がひとりで盛り上がってて、女の方はほとんど相槌うってるだけとかだったんじゃない?全然声聞いた覚えないから」
はしゃぐ石黒と大人しい白峯。動画で見たイメージ通りではあるが、その間にはどんな会話が交わされていたのか。
思い巡らせていると、夏目はそこに踏み込んだ。
「……どんな話をしていたか、覚えてたりしませんか?」
「盗み聞きしてたわけじゃないからなぁ。ただ、男の方はコンサートがどうとか言ってたような気はするよ。何回も言ってたから、それだけは覚えてんだよね」
……コンサートか。やはり石黒は随分とこのコンサートに賭けていたようだな。部屋にあった物販品といい、バーでの様子といい、ただの興行というには熱が入りすぎている気がする。
夏目はその後も質問を重ねたが、清川からはそれ以上特に有力な情報を得られなかった。俺たちは協力に礼を言って、部屋に帰っていく清川の背を見送る。
ロビーには俺と夏目が残り、俺はぬるくなったコーヒーに手を伸ばした。ひと口含むと、冷めたせいで強まった苦味が舌に広がり、俺は思わず眉間に皺を寄せた。
夏目はそんな俺を横目で一瞥すると、ゆっくりと口を開く。
「……ボス」
「んー?」
「ボスって下戸でしたよね」
「ああ。ビールなんて興味もないし、ウイスキーなんて匂いだけでも酔っ払うな。酒飲むくらいなら俺はジンジャーエール飲むね。辛口のやつ」
つらっと答えれば、夏目が理解し難いとでもいうようにこめかみを指で抑える。
「結果的に情報は得られましたけど、刑事が息をするように嘘をつくのはどうなんですか?」
「あのなぁ陸。聞き込みってのは情報を引き出してなんぼなんだよ。別に傷つけるような嘘ついてるわけじゃないし、こういうのは嘘も方便っていうんだよ」
「……それはそうですけど」
腑に落ちなさそうな顔の夏目に、俺はなおも言い聞かせる。
「証言を取るには、相手の機嫌損ねたらダメなんだよ。まずは気持ちよく喋らせること。何気ない話題から重要な話が出てくることもあるからな。ああいう場合は仲間意識を持たせるんだ。さりげなく持ち上げたりな」
長年の経験で培った方法を教えれば、切り替えた夏目が真剣に聞き入った。性格的に嘘をつくのは気が咎めるんだろうが、時には機転も必要だ。マジメ一辺倒じゃ、人は動かないからな。
「人は基本、他人のことより自分のことを覚えてる。特に時間なんてのは、その時何をしていたかで見えるものもあるからな」
「つまり、行き詰まりそうなら視点を変えてみろ、ということですね」
「そういうこと」
よく出来ましたと茶化したいところを我慢しながら、俺は教えを締めくくった。すると、夏目は生真面目な顔をしてしっかりと頷いた。
「今後の参考にします」
言って、素早くメモアプリに書き留める。学ぶ姿勢があるのはいいことだが、まずはそのカタブツ気質をどうにかするところからだな。柔軟性って部分では、まだまだ足りていないからな。
「ん。ちなみにこと聴取に関しては、俺より柊木の方が得意だからな。アイツの天性の人たらしぶりは俺でも敵わないくらいだし、勉強したいなら柊木にも聞いてみるといいんじゃないか?」
「……柊木さんは確かに聴取が上手いですけど、やり方が自由すぎてついていけません。この前なんて、コンビニ店員とすすきのの風俗の話で盛り上がってたんですよ。それに、ボスみたいに論理的に説明できるタイプでもないですし」
「あー、確かにそうか。アイツ天然でやってるからなぁ」
柊木の人当たりの良さは才能だ。仕事に対する熱意はイマイチでも、聴取一本で元がとれるくらいには有能な刑事だ。あと、タフだしな。柔道三段は伊達じゃない。
「……もうこんな時間ですね。次は支配人との聴取の時間ですよ。移動しましょう」
雑談になりかけていた話を止め、腕時計を確認した夏目が席を立った。
時間は14時半に差し掛かろうとしている。多忙になるチェックイン前にもらえた貴重な時間だ。遅れるわけにはいかない。
今度は、もう少しばかり重要な話に触れられるだろうか。薄い期待を胸にしつつ、頭を切り替えた俺と夏目は、しっかりとした足取りで歩いて行った。
