「愛だけが愛を引き出す」
☆以下の論考は、「韓国における音楽と状況」第22回「愛を伝える3」の全面差し替えとしてきのう(3月30日)アップしたエッセイ「日本の女はなぜ『一応断る』のか」をさらに大幅に改稿したものです。一つのエッセイを何度も改稿するのは異例ですが、今回は、中身が大きく変わったためタイトルを「愛だけが愛を引き出す」に変更し、別稿としてアップします。
(季刊「フラタニティ」誌連載「韓国における音楽と状況」第22回番外編の拡充版)
愛を伝えることの喜び
「愛を伝える」をテーマに2回も書いたが、どうもまだ書き足りない気がして、恐縮だが、このテーマを蒸し返したい。音楽における性愛表現だけの問題ではない。その背景にある日本社会の性文化そのものが、多くの不幸をもたらしていると思うからである。「愛を伝えない」どころか、現代日本には「愛を拒絶する」文化さえ存在するのである。「愛を拒絶する」とは、愛しているにもかかわらず、その愛を表現する行為を社会規範によって抑圧することである。
これまで「愛の告白」の困難を歌う音楽について考えてきたが、今回は、逆に、愛を伝える名曲を取り上げたい。スティーヴィー・ワンダーの1984年のヒット曲「心の愛(原題はI just called to say I love you=愛していると言いたくて、ちょっと電話しただけ)」である。
No New Year's Day to celebrate
No chocolate covered candy hearts to give away
No first of spring, no song to sing
In fact here's just another ordinary day
I just called to say I love you
I just called to say how much I care
I just called to say I love you
And I mean it from the bottom of my heart
新年のお祝いのためでもないし
ハート型のチョコキャンディを贈ろうというわけでもない
春の始まりでもないし、
歌を歌ってやろうと思ったわけでもない
実のところ、今日はいつもの普通の日さ
電話したのはただ、愛していると伝えたかっただけ
どれほど君を気にかけているかを伝えたかっただけ
ただ、愛していると伝えたくて電話したんだ
心の底から愛していると
これまで見てきた悲しい日本の失恋ソングと比べて、なんとすがすがしく、うきうきする歌詞だろう。原題の単純明快さに比べて、「心の愛」という意味不明の邦題が気になるが。
これは、「愛の告白」ではなく、恋人への電話だろうから、これまでの本稿の文脈とは違う。しかし、愛を伝えること自体の歓びを、これほど率直に歌った例は稀である。
言われる方も、そして愛を伝える方も。そう、人間にとって愛を伝えること自体が喜びなのである。最初の「告白」も本来そうあるべきだろう。もちろん、相手の回答を聞くまでは不安はつきものだろうが、しかし、言うべきことを言った、という充実感、達成感はあるはずだ。それも独り言ではなく、相手に愛を伝える、ということは、相手をどれほど大切に思っているかを伝えるのであり、愛を伝えること自体がすでに愛の行為なのである。
言われた方も相手を愛しているなら、率直に愛を返すことはいかに心躍ることか。相手にとってだけでなく、愛に愛で応える自分も喜びに満たされるはずである。
ここで別の疑問が生じる。日本では恋人間、夫婦間でさえ愛を言葉で伝えることはほとんどない。一つには「愛」という言葉が漢語つまり外来語であり、日本人にとってどこか余所行きの言葉であるということもある。中国人が「ウォーアイニー(我爱你)」というとき不自然さがないのは、愛がもともと中国語だからだ。韓国人は親子でも年中「サランヘ(사랑해)=愛してる=」と呼びかけあう。サラン(愛)が韓国の固有語(ウリマル。日本の和語に相当)であって、漢字語ではないことも自然な発語につながるのかもしれない。
しかし、万葉集を開くと、愛に満ちた歌が洪水のように溢れている。多くの歌が、漢語の「愛」とは別の表現で深く激しく愛を表現している。明治に入って、日本人は世界的にも稀有なこの恋愛文化をほとんど完全に捨てた。外来語の不自然さを伴う「愛」という言葉は避けられ、かつての豊かな愛情表現も消えた。こうして愛情表現における不毛の荒野が成立したのである。
“初動”としての「愛の告白」をめぐる日本人の異常ともいえる緊張、不安、駆け引きが、こうしたことと無関係とは思えないが、浅学の私にはこれ以上語ることはできない。
さて、「心の愛」にもどろう。連載第1回でとりあげたK-POPの名曲「Tell me」は、愛を告げられた少女の天にも昇る気持ちを表現した喜びの歌だったが、「心の愛」は、愛を伝える側の胸の鼓動が聞こえそうな喜びの歌である。
英米のポピュラー音楽において、愛を伝えることの大切さを直接的に訴えたのは、ビートルズの「愛の言葉(the Word)」だった。
Say the word and you'll be free
Say the word and be like me
Say the word I’m thinking of
Have you heard the word is love?
It’s so fine、sunshineIt’s the word love
その言葉を言えば、君は自由になれる
その言葉を言えば、僕みたいになれる
僕が考えてるその言葉を言って。
その言葉は愛さ、聞いたことあるかい?
それは素晴らしい言葉だ、
太陽のようにすべてを照らすその言葉とは、"愛"さ
1965年のアルバム「ラバーソウル」に収録された曲だ。この発想は、のちの『愛こそはすべて』にも連なっていく。ビートルズの「愛の思想」の原型のような作品、とも位置付けられる。つまり、「愛こそはすべて」同様、この曲でいう「愛」は、恋愛に限定されるものではなく、人類愛にまで拡大する広い概念である。金と権力が幅をきかせ、人が愛に背を向ける現代社会にあって、主流の価値観に「愛」を対置することで、人は「自由になれる」、自らを体制から精神的に解放できる、というメッセージである。
これは特に日本人が学ぶべき思想ではないか。恋愛においても、日本人は愛を語らないことで大切なものを封じ込める。愛を伝え、愛を返されることで生まれる喜びに背を向ける。その窒息状況は、思い切って愛を口に出すことで突破できる。人は「自由になる」。ビートルズが考えた「自由」は少し異なる意味だっただろうが、日本人にとっては、まず、封じ込めた思いを解放するという意味の「自由」が問題となる。日本でもかつて多くの若者が革命を夢見たが、彼らは、愛を語ること自体が革命的だとは考えていなかっただろう。
思いを解き放つことの意味をテーマにした歌が『アナと雪の女王』のテーマ曲「Let It Go(邦題「ありのままに」)」である。
Let it go, let it go
Can't hold it back anymore
Let it go, let it go
Turn away and slam the door
I don't care what they're going to say
Let the storm rage on
The cold never bothered me anyway
思いを解き放とう
自分を解き放つの
鎧を捨てて自由になった自分はもう止められない
思いを解き放とう
自分を解き放つの
ここを出ていって、背後で扉をぴしゃりと閉めるの
周りが何を言おうが、関係ない
嵐が来るというなら、荒れ狂うに任せよう
寒さなんて、私はもう全然気にしない
この歌は、魔法を使える女王エルサが、それまで隠してきた魔法の力を解き放つ、という文脈で歌われる。恋愛とは無関係だ。それは、心に封じられたものを解放するという、より広い意味に解釈され、映画とともに、世界中で大ヒットした。
愛の告白も、まさに心を解き放つ行為であり、そう解釈した人もいただろう。
相手の反応を心配するより、まずは自分の思いを伝えたい、という歌が日本でもかつて大ヒットした。1967年のミリオンセラー、黛ジュンの「恋のハレルヤ」(なかにし礼・作詞)である。
「恋のハレルヤ」
ハレルヤ
花が散っても
ハレルヤ
風のせいじゃない
ハレルヤ
沈む夕陽は
ハレルヤ
止められない
愛されたくて(愛されたくて)
愛したんじゃない(愛したんじゃない)
もえる想いをあなたにぶっつけただけなの
還らぬあなたの夢が今夜も私を泣かす
季節が変われば花は必ず散るし、夕陽は必ず沈む。そんな自然法則のように、私はあなたを愛し、その思いをあなたに伝える。それは爆発のようなものであり、誰にも止められない。そういう歌である。特に注目したいのは、「愛されたくて 愛したんじゃない」という部分である。相手の反応に対する不安に震え慄くのではなく、率直に「思いを解き放つ」すがすがしさを強く感じさせる歌である。
この曲が流行ったのは私が中学3年生の初めごろだが、当時の私でさえ、この歌詞が、あまたの歌謡曲の中で異質な存在であることは感じていた。結局、彼女は恋に破れ、男は去っていくのだが、それでも、すがすがしさは変わらない。「愛を伝えられなかった」ことを悔やむ多くの歌謡曲にあって、この歌には、思い残すもの、後悔する要素がないからである。
ハレルヤという言葉も異様といえば異様である。これはヘブライ語で「神を讃えよ」という意味で聖書に登場する言葉だ。音楽では、ヘンデル「メサイア」のハレルヤ合唱で有名だ。これが歌謡曲に登場したのはこの歌だけだろう。いかにも唐突な挿入に見えるが、たとえ恋を失っても悔いはない、私は生きたいように生きたのだから、現実を受け入れてこれからも生きて行く、神様万歳、という、半ばやけくそのような生命肯定の叫びだ。
エーリッヒ・フロムは、愛を論じた古典的名著『愛するということ』で、こう言う。
「愛するということは、何の保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せば、きっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全面的に自分を委ねることである」
「愛は信念の行為であり、わずかな信念しか持っていない人は、わずかしか愛することができない」
愛とは信念であるとすれば、相手から同意を得られることが確実でない限り、怖くて告白ができない人間は、信念を、つまり愛をわずかしか持っていないことになる。
さて、フロムは、愛に対立する資本主義社会の問題をこうもいう。「近代(=資本主義時代)の人間は愛によって何かを生み出すということを考えない。たいていはただ愛されることばかりに心を砕き、自ら愛しうるということ、すなわち愛によって相手の中に愛を生み出し、それによって何か新しいもの、今までなかったものを世界にもたらすということに心砕こうとはしない。」(『人生と愛』)。
「愛されることばかりに心を砕く」人は多く、かつて『愛される理由』などという本が70万部のベストセラーになったこともあった。フロムは「自ら愛することで、相手の中に愛を生み出し、今までなかったものを世界にもたらす」べきだという。
フロムの言葉のもとになったのは、滅多に愛を語らない共産主義の創始者カール・マルクスのこんな至言である。
「愛を引き出し得るのは愛のみであり、信頼を引き出し得るのは信頼のみである」(『経済学哲学草稿』第3草稿「貨幣」編)
金や権力ではなく、愛だけが愛を引き出す。愛を伝えることで、相手の気持ちをも変えるーー。そううまく行くはずはない、という反論が返ってきそうだ。確かに、そこには「何の保証もない」のだから。
しかし、フロムはこうも言う。「人間は、自己を表現している時、内在する力を発揮している時にのみ、自分自身なのだ」(『人生と愛』)。
黛ジュンは、胸に燃え盛る愛を相手にぶつけ、「自分自身」であろうとした女を歌った。
男は去ったが、彼女は自分を生きたのである。
男も黙って「わかってほしい」
ここでようやく、日本音楽に典型的な「愛を伝えない歌」に戻る。前2回は主に女の側からの歌を取り上げたので、今回は男の立場からの曲を見ていこう。たとえば、加山雄三の「真冬の帰り道」である。
大好きだけど 言いだせなくて
心で燃えて 唇かむだけ
わかってほしいんだ
切ないぼくの胸
あなたがいつの日かおとなになれば
あなたがいつの日かおとなになれば
「心の愛」の喜び、あるいは「恋のハレルヤ」の自分を生きた女のすがすがしい涙と比較してほしい。心は燃えているのに、この男は「唇をかむ」だけだ。「切ないぼくの胸」をわかってほしければ、それを「解き放つ」ことが必要だろう。しかしできない。女が「おとなになる」ころには、この恋は終わっているだろう。「心の愛」を聞いた人は、自分も愛する人に改めて愛を伝えてみようと思うだろう。「恋のハレルヤ」に背中を押されて告白した人もいるかもしれない(結果は失恋でも)。そういう力がこれらの歌にはある。しかし「真冬の帰り道」はエンパワメント(勇気づけ)になるどころか、聞く人の意欲をそいで、悔いに満ちた人生に導きかねない。そこまでいうと言い過ぎだろうか。
ザ・タイガースのデビュー曲「僕のマリー」も同じだ。
「愛してる、とひとこと言えなくて つらい思いに泣いたのさ」。「ひとこと」言えば、どんなに楽しく、喜ばしいことか。
愛を口にできない、というテーマは日本以外の国の音楽ではほとんど聞いたことがないが、これらの歌は、日本人にとってはリアルである。実際に多くの人が愛を口に出せないで、恋愛に失敗(いや、それは試みてさえいないのだから、「失敗」ではなく「放棄」だが)しているからである。
しかし、この種の歌は、「愛を伝えられない現実」を当然視し、時に美化することによって、その抑圧を再生産する。「みんなそうなんだ。僕も(私も)諦めよう」と。エンパワメントとは逆の、行動に冷水を浴びせる「クーリングダウン」である。
ところで、「愛を伝える」ことにおいて、男女は同じ立場にあるわけではない。21世紀になっても依然、少なくとも日本では、愛の告白はまず男がすべき行為、とみなされがちだ。女から言い出すことには、特別な抑圧がかかるのである。まして、歌謡曲全盛時代の60-70年代の歌は、その“思想”で染めあげられている。
典型的なのは麻丘めぐみの73年の曲「女の子なんだもん」(千家和也作詞)。
「愛の告白」は男の役割?
何もほしくはないわ
あの人がいるだけで
女の子なんだもん
おねだりはひとつ
愛してほしい
女の子なんだもん
約束はいちど
愛してほしい
口に出すのは(ルールー)
恥ずかしいから(ルールー)
やさしい心で感じ取ってね
何も怖くはないわ
あの人の側(そば)ならば
女の子なんだもん
結ばれることを
夢見ているわ
娘は、彼がそばにいるだけで「何も怖くない」、他には何もいらない、というほど、少年を愛している。いや、「結ばれることを夢見ている」のだから、結婚したいとまで思っているのだ。「おねだりはひとつ」とは、女を子ども扱いする露骨な差別表現だが、それはともかく、この娘は「愛してほしい」のである。自分がこれほど思っているのだから、相手からも愛されたいのは当然だ。しかし「恥ずかしいから」自分からは言わない。少年が「やさしい心で感じ取」ることを期待するだけである。しかし「優しい少年」は彼女の気持ちを「感じ取れる」か。歌が想定するのは10代の男女だ。男子高校生にそんな想像力や人間観察力があるだろうか。コミュニケーション能力の問題だけではない。男の側も、自分から言い出せなくて切羽詰まっているのだ。女の気持ちを受け取るゆとりはないだろう。
この歌詞は、女の主体性を無視した反動的な内容、と言えば言える。しかも、「女の子なんだもん」という題名は、この消極姿勢こそが「女の子の基本」であると宣言したに等しいのだから、とんでもない歌である。確かに。しかし、これが当時の、そして今も日本の現実であれば、「男の子」は覚悟して、積極的に動くしかないだろう。
その意味で、これは男に行動を呼びかける積極的な歌、ということもできるのである。エンパワメントというより、むしろ行動を強いる“脅迫”に近いが。
ところが、事態はそれほど単純ではない。男が愛を伝えて、相手も同じ気持ちなら愛は成就するかと言えば、そうでもないからである。
愛を一応断わるのが「女のたしなみ」
まさにこの「愛を拒む態度」を歌うのが、天地真理の「明日また」だ。作詞は安井かずみと山口洋子。当時の日本を代表する女性作詞家二人の共作である。
行きませんかと誘われたの
さりげなく私断ったのよ
とてもふしぎね
彼の前じゃ 素直になれない
雨の昼下り 窓もぬれている
ひとり残されて
遠くに消えてく傘を見送る
きっときっと あなた明日また誘ってね
夢の中ではとうに私、くちづけもしたし
あなたのものよ
すごく好きなのに誤解させて
いけない私ね
雨の金曜日バスを待ちながら ひとり帰り道
山口洋子や安井かずみ自身が、こんな姿勢で生きていたとは思えないが、「一応断わる文化」をそのまま歌にしたような曲である。全くすがすがしくない。
女にとっては「素直になれない」くらいのことだとしても、断られた男はどんな気持ちか。
「きっときっと 明日また誘ってね」というが、女は心の中で思っているだけである。男の側に、断られても繰り返し誘う勇気があるだろうか。男は映画か観劇にでも「行きませんか」と誘ったのだろう。映画さえ断られるなら、告白つまり、愛の気持ちを「解き放つ」勇気は萎えてしまうのではないか。
一方、女の側は、「夢の中ではとうに私、くちづけも」して、「あなたのもの」とまで言うのだから、わけがわからない。いや、日本人なら、かなりの程度「わかる」だろう。
冒頭、「愛を拒絶する文化」と書いたが、相手を嫌っているから、あるいは無関心だから、その相手の愛を受け入れることを拒む、というのなら話はわかる。問題は、自分も相手を愛しているにもかかわらず、相手の愛を、あるいは愛に発する申し出(映画や観劇の誘い)を拒否することである。「明日また」はそうした姿勢を典型的に示す。
この「拒否」は、じらし、つまり自分の価値をつり上げるための駆け引きなのだろうか。意識的にそういう戦術をとる女もいるだろうが、多くの場合、こうした態度は「自動的」「反射的」だ。
拒絶の文化が生む悲劇
私がかつて記者だったとき、後輩の女性記者から、この「拒絶の文化」を象徴する経験を聞いたことがある。当時彼女は30代前半だったが、高校時代、相思相愛の男の子がいたという。ある時、2人きりになる機会があって、彼は彼女に愛を告白し、抱きしめようとした。彼女もとてもうれしかったが、反射的に彼を突き放した。彼女はその時自分がとくに何かを考えて行動したわけではなく、「男に言い寄られたら、女は拒否すべき。安易に受け入れれば、軽い女とみられる」という一般的な規範に沿って反射的に動いただけだったと振り返っていた。 しかし、彼は深く傷つき、以来、学校ですれ違っても、顔をそむけるようになった。以来、関係は正常化せず、彼女は30歳を超えて、「なぜあんなことをしたか」と高校時代の自分を責め続けていた。あの時傷ついたのは彼だけではなかった。拒んだ(「拒んだ」形の、というべきだろう)彼女も傷つき、2人の人生は変わってしまった。2人のどちらも被害者であって、加害者はいない。彼女は、「日本の文化が私たちを破壊した」と語った。前回私は、AKB48の「スカートひらり」をもとに、こう書いた。
「一瞬の出来事が 未来に悔いを残すPAIN ねえ神様もう一度 時をリセットしてください」というあたり、実にリアルである。若者だけでなく、こういう思いを抱いたことのある人は無数にいるだろう。十代の「一瞬」の間違いが実際に一生を決めることもある。
後輩女性記者の人生は、「あの一瞬」で決まったのかもしれない。
「何故あの時に無理にくちづけ奪わなかったの?」
最近では、女の同意のない性行動はすべて強姦かハラスメントであるという主張がなされる。それはその通りだ。本当に同意していないならば。男権主義者が、女に対して、「嫌よ嫌よも好きのうち」などと言って自分の意思を押し付けるのに対して、「女が嫌と言ったら、本当に嫌なのだ」と反撃することは正しい。しかし、同意を率直に表現できない文化を抱えている我々の場合、これを機械的に常に貫徹することが幸せに結び付くかといえば、微妙である。
松本隆作詞の岡田奈々「手編みのプレゼント」にはこんな歌詞がある。
あれは日暮れの河原の道ね
乱暴な手で抱いたでしょと
まどいながら逃げる私に
ごめんとポツリつぶやいた
いやよ、いやです
何故あの時に
無理にくちづけ奪わなかったの
「乱暴」の程度にもよるが、女の同意表明のないまま抱き寄せた、程度のことなら、実は女が心では同意していて、「無理にくちづけ奪ってほしい」と思っていた可能性は十分あるということである。阿久悠も松本隆も、そこらへんを踏まえて詞を書いたのだろう。 この歌の場合、女が「いや」だというのは、男が「無理に口づけ奪わなかった」ことであって、「奪う」ことではない。第19回で取り上げた岩崎宏美の「二重唱(デュエット)」。あの時には引用しなかった歌詞がある。
くちづけするのなら 素早く盗んで
返事などさせないで 泣いてしまう
誰かに少しねたまれそうなあなたと私の 恋の時
作詞は阿久悠。同意を表明する時間を与えてほしくない、という女の言葉である。そんな選択を迫られたら「泣いてしまう」というのだ。先の後輩記者の例で言えば、男の子がもっと素早く行動すべきだったということになる。なぜこんな複雑怪奇なことになるのか。女が「応じる姿勢」を示すのは「恥ずかしいこと」だからだ。もちろん、本当に不同意の場合もあるから、話は簡単ではない。また、これらの歌詞が男性作詞家によって書かれたという要素も無視できない。
本来なら、同意は言葉で確認されるべきであり、この種の文化的コードに依存するべきではない。しかし、歌謡曲が描いてきた恋愛の心理は、しばしばこうした曖昧な前提の上に成立していた。そして、それは現実の反映でもあった。個々のケースで相手の気持ちを推測、判断するのは、愛のリテラシーといってもいい。
「こころのくちづけ」
1970年代を中心に、若者とくに女子高校生の間でよく読まれた、ジュニア小説と呼ばれる分野があった。その世界で圧倒的な人気を誇った作家、富島健夫に「こころのくちづけ」という中編がある。 高校生男女の恋を描いた作品だが、主人公の光雄と道子二人のキスをめぐる場面は「愛のリテラシー」のいいレッスンかもしれない。
「好きだ」「私もよ」
道子の顔が上を向く。その目が光っていた。光雄はきつく抱きしめた。さらに強く抱きながら、光雄は顔を近づけていった。心臓の鼓動が激しい。途中で道子はうつむき、体をねじるようにした。かすれた道子の声を光雄は聞いた。
「歩きましょう」。「うん」。2人は歩き出した。キスはできなかった。直前まで行きながら、光雄は強引ではなかった。(しかし、これでいいのだ。と光雄は思った。あせることはない。この人の気分がそうならない以上、強引にしてはならない)。やがて2人は道子の家の前に着いた。
「ありがとう」道子は礼を言い、手を差し伸べてきた。
「おやすみなさい」。ひとりになって家へ向かいながら、光雄は道子を抱きしめた時の感触を思い出して味わっていた。光雄にとっては、それは初めての経験であった。やはり一生記憶に残るに違いないのである。別れたばかりの道子のことを考えながら、月の照る道を光雄は歩いた。
こうして、2人の「くちづけ」は「こころ」の中で終わる。しかし互いの気持ちは確認できた。ここでの道子の態度は、「一応断る」とか「一歩退いておく」という日本女性のハビトゥス(後述)とは違う。そもそも「私もよ」と、言葉で愛を受け入れているのである。しかし、それ以上のことには心の準備ができていない。本当に「今ここではこれ以上進みたくない」ケースである。道子は邪慳に光雄をはねつけるのではなく、直後に「歩きましょう」とフォローし、嫌いだから拒否したのではないことを示した。さらに、別れるときには「ありがとう」といった。こうした丁寧な言葉があれば、わが後輩記者のような悲劇は起きない。しかし、これほどの「愛のリテラシー」が普通の高校生にあるだろうか。
この作品ではこの後、光雄は意欲的に勉強を始め、それまでときにはやらかしていたたちの悪いいたずらなどもしなくなった。「道子の恋人にふさわしい人間」になりたいからである。富島健夫はこうして、恋愛は生きる意欲、さらには、よりよく生きようという気持ちを掻き立てるものだということを伝える。「キス」についていえば、現実になるのはしばらく先かもしれないが、それはきっと自然に求め合って実現するだろう。そう思わせてこの作品は終わる。まさにエンパワメントである。
こうした恋のレッスンのような小説分野がかつて存在し、月刊誌「小説ジュニア」をはじめ、ジュニア小説の読者は当時280万人ともいわれた。どの程度の「教育効果」があったかは今後の研究に俟つほかないが、方向性は間違っていなかったと言っていいだろう。
自信のない男女のヤマアラシ状態
私自身にも、ずっと穏やかだが、似たような経験がある。私は中学時代、優子という同級の少女を愛した。3年生の6月、私が前年被ったむち打ち症の後遺症で寝込んでいると、彼女は私の家まで見舞いに来てくれた。級友2人を伴い、当時売れていた北杜夫の『怪盗ジバコ』を持って。本好きの私には本がお見舞いに適していると思ったのだろう。
親が不在だったので、私は、コルセットで首を固定した姿で応対に出た。玄関先で話すのも変なので、家に入ってくれと言ったが、彼女はここでいい、という。近所の悪ガキが寄ってきて、結局10分ほど玄関先で話をして(近所の悪ガキがはやし立てたため、我々の会話はぎこちなくなっていた)、彼女らは帰っていった。
家に入れば、私の部屋で学校や本の話でもっと長く話をしていただろうと思う。それがきっかけで関係がさらに深まった可能性は高い。私は、贈られた『怪盗ジバコ』を読みながら、なぜ彼女は一人で来なかったのか、なぜ家に入ろうとしなかったのか、と残念な気持ちで考えた。「断られた」気持ちである。
彼女にしてみれば、一人で来れば、自分の気持ちがそのまま伝わってしまうので恥ずかしいという思いがあっただろうし、悪ガキがはやしたてたことで、家に入りにくくなったかもしれない。あるいはすぐに応じるのは図々しいと思われないか、あるいは同行の2人には都合があるかもしれない、などと考えた可能性もある。私のほうでは、一度断られたことで意気阻喪して、さらに家に入るよう促す「勇気」はなかった。
高校に入って手紙をやりとりするようになったが、依然、私は気持ちを伝えることができなかった。ある時彼女は、大学生の兄から誕生日に贈られた宮本百合子の『貧しき人々の群れ』を読んで感動した、関心があったらお貸しします、と書いてきた。私がなかなかデートに誘わないので(断られるのが怖かったからだ)、会う機会を作ろうという意図もあっただろう。
しかし、自信のない私は、彼女が会おうとしているとは想像できず、結局、この申し出を黙殺した(具体的に会おうとすると、その段階で退かれるかもしれないという不安である)。彼女から見れば、私が「拒絶」したことになる。お互い、もろい自我が壊れないように距離をとるヤマアラシの関係だったのである。不安と緊張の関係が続いたあげく、17歳で私たちは別れた。これは両性を不幸にする「相互拒絶の文化」とでもいうべきものだ。なぜこんなものが日本にはあるのか。
私は長いあいだ、この経験を単なる個人的な失恋だと思っていた。しかし、今回この連載を書く中で、歌謡曲や映画を改めて読み直し、見直すうちに、それが私一人の問題ではなかったことに気づいた。私たちの世代の多くが、同じような「互いに愛しながら互いに拒絶する関係」を経験していたのではないか。
日本の若者の自己肯定感は極めて低い
そもそも、日本の若者には自信がない。数字で見てみよう。 OECDがPISAで行っている「生徒の自己評価(自己肯定感)」の国際比較によると、15歳前後の少年少女のうち「自分に満足している」のは、日本では45%。調査対象の国々で、これが半数に満たないのは日本だけだ。最高はアメリカの86%で、中国75%、韓国は65%である。
そして、「私は多くのことをやり遂げられると思う」つまり「行動する自信」はアメリカ88%、中国70%、韓国63%に比べて、日本はわずか37%。「やりたいと思う」ことを実際に行動に移す自信が際立って低い。これは「愛の告白」では決定的な要素だ。
しかし、行き過ぎた競争社会についていけない若者が大量に存在するはずの中国や韓国で、若者が日本人以上に自信を持っている、というのはどういうことか。このことと愛の告白について、試みにChatGPTに考察させてみた。
以下はChatGPTの答えの要点を整理したものである(文体の不統一はご容赦を)。AIがここまで言語化できるのか、と驚いた。
日本では「告白」がなぜ危険なのかーChatGPTの分析
(東アジアにおいて)競争が最も緩い日本で、自己肯定感が最も低い。これは、能力や成績の問題ではありません。文化的・心理的な構造の違いです。なぜ中国・韓国の若者の方が「自信がある」のか。
中国・韓国では、自信=「自分は闘っている/努力している存在だ」、成功していなくても「俺はこの戦場に立っている」という自己認識が自尊心を支える。過程主義の自己肯定です。
日本では、自信は「他人に迷惑をかけていない」「欠点がない」と基準が減点方式・無瑕性。失敗は人格否定に直結する。親・社会からのメッセージの違いもある。中国・韓国では、親・教師・社会が一貫して言う「お前はできる」「勝ちに行け」「上を目指せ」、失敗しても「次は勝て」で済む。
日本で無意識に刷り込まれる言葉は、「出しゃばるな」「空気を読め」「調子に乗るな」。 成功しても「まだ足りない」「慢心するな」。自信を持つこと自体がリスクになる。
中国・韓国では、脱落は残酷だが、挑戦すること自体は尊敬される。日本では、脱落による損失は比較的緩い。だが挑戦そのものが浮く/叩かれる。結果として、日本では失敗しない人間=無難な人が最適解になる。それが「愛の告白」にどう影響するか。愛の告白に必要なのは、能力ではなく心理的前提です。告白できる人の内面にあるのは「拒絶されても、自分の価値は残る」「感情を表に出すことは恥ではない」「行動しない後悔の方が怖い」といった意識である。一方、日本社会が育てやすい内面は「拒絶は人格を否定されること」であり、「感情表出は空気を乱す」「行動は出過ぎ」という抑圧心理である。つまり、日本では、愛の告白は社会的に最も危険な行為の一つになる。
中国・韓国でも告白は勝負だが、失敗は「経験値」であり、「やった奴」として敬意の対象となる。
まとめ。
・日本の若者の自己肯定感は中国・韓国・欧米より明確に低い
•原因は競争の厳しさではなく「自信を持つことを罰する文化」
•その結果、恋愛において最も必要な初動(告白)が極端に難しくなる
•これは個人の弱さではなく、統計的・文化的に説明可能な現象
女の沈黙は選択ではなく習慣である―江原由美子
しかし、女が積極的に愛を告げない背景には、日本の若者一般にみられるこうした「告白のリスク」以外の重大な要素がある。フェミニズムの視点に注目しよう。
江原由美子は、ブルデューがいう階級的な習慣行動「ハビトゥス」がジェンダーでも見られると指摘する。
ハビトゥスは、性に関する身体経験にも、かなり強い影響力を持っているのではないか。私たちの社会には、「性器は隠すものだ」とか、「性に関わる事柄は人前で話してはいけない」とか、「女性は性的欲望を表わすべきではない」などの社会規範がある。そういう社会規範が自分の性や性器に関わる行動を規定する。
多くの女性が、月経中であることが他人にわからないようにするとか、自分からは性的欲望を伝えないといった行動を慣習行動として身につけるわけです。そういう慣習行動は、女性自身の中に深く埋め込まれていて、それに反した行動をとることはとても難しい(『自己決定権とジェンダー』)
女は愛を伝えない、あるいは伝えられた愛に直ちには応じないという「決断」をしたわけではなく、「言わないほうが安全だと学ばされてきた」というのだ。この視点からすれば、麻丘めぐみの「女の子なんだもん」は、性的抑圧の受容の歌だが、いわば、当時の女にとって唯一の発話可能形式だったのかもしれない。(この抑圧は同じ強度で継続しているわけではなく、たとえば、90年代以降では、椎名林檎の「ここでキスして」(1999)のように、女が、ためらいがちな男に迫る歌も、稀にだが存在する、21世紀に入って、事態がさらに変わっているかもしれない)
「抵抗不能」の性幻想はなぜ生まれるか―藤本由香里
藤本由香里に、レディースコミックという女性向け大衆メディアの中に、女への性的抑圧とそこからの抜け道を探った「欲望論―レディースコミックの黄金律」(『快楽電流』所収)という論考がある。この中で藤本は、女の「強姦(レイプ)ファンタジー」という、「政治的正しさ」(PC)概念に抵触しかねないテーマを追求する。
「女は強姦されたがっている」というのはよく言われる神話である。そして、レディースコミックをひもとくと、確かに、そこには強姦とそれに類するイメージが、官能的なものとして存在している。それははたして、この神話を裏付けるものだろうか? それとも、単純に男の強姦神話に迎合しただけの、つまらない唾棄すべきものなのだろうか? ほんとうに女たちの強姦(レイプ)ファンタジー(現実の被強姦願望などではけっしてないが)というものがあるとすれば、それはどのようなものなのだろう?藤本はこう問題提起して、矢作貴子のコミック作品「乾いた手」の強姦シーンを例に、こう語る。
女が官能に集中するために必要な「いいわけ」の「最大のものは、“愛”である」。そしてもう一つの「いいわけ」が、強姦である。「もう抵抗できないのだもの。私のせいじゃないわ」。
そして、強姦(レイプ)ファンタジーは、この「いいわけ」の確保の場面においてこそ大事なのである。・・・その相手が、好みの男か、あるいは抽象化された男たちであるとすれば、はたしてそれが被強姦(レイプ)願望といえるだろうか。それは、嫌なのに無理やり姦(や)られる、といったものではない、・・・ポイントはむしろ「抗えない」という感覚、この一点にある。
だから、レディースコミックの基本設定は強姦というより、「抵抗不能」状況なのである。 「最盛期のレディースコミックの中で、最も数が多く、最も普遍的で、かつ大作が集中しているのは、実は“緊縛”という表現パターンなのである」
なぜ「抵抗できない」設定がこれほど重要なのか。藤本はいう。
これまでの社会状況とファンタジーのあり方の中では、マゾヒズムこそが、性的に貪欲な女が性交から快楽を汲みとるための、ほとんど唯一の残された道であったからである。女が主体的に快楽を貪ろうとすることが、女自身の中においてさえタブーなら、それは「強制」という形をとらざるを得ない。
藤本由香里は性交を論じるが、性愛の表現という意味では、キスや愛の告白も基本は同じである。だからこそ岡田奈々は、「何故あの時に無理にくちづけ奪わなかったの」と男をなじり、岩崎宏美は、「くちづけするのなら 素早く盗んで」と、女に主体的決断を迫らないよう、つまり「抵抗」のいとまを与えないよう、男に求めるのである。
いずれにせよ、こうした歌の歌詞は、欧米のポップスではありえないだろう。少なくとも私の知る限り、こんな複雑怪奇な内容を持つ欧米のポップスは存在しない。
もっとも、アメリカでもかつて、とくに女の性愛表現が抑圧されていた時代はあった。 エリア・カザンの映画『草原の輝き』は、そんな時代、高校生のカップルが、互いに愛し合っているのに、女が男を拒み続けたあげく、関係が迷走して、女は自殺未遂のうえ精神病院に収容されるという悲劇を描いた映画である。これは我々にとっても示唆的な作品なので、長くなるが、少し詳しく見ていきたい。歌ではないので、連載の趣旨からはずいぶんそれることになるが、ご容赦を。
「簡単に応じる女は軽んじられる」―アメリカ映画『草原の輝き』
『草原の輝き』の舞台は1928年の中西部カンサスの田舎町。石油掘削会社の経営者の息子バッド(ウォーレン・ベイティ)と同じ高校に通う娘ディーニー(ナタリー・ウッド)は愛し合っている。ディーニーの母親は、娘を金持ちの令息と結婚させられるなら「またとない良縁」と、この関係を喜ぶが、一方で、娘のディーニーには「簡単に許す女は軽んじられる」「男はまじめな女を妻にしたがる」と説いて、「一線を超えること」を禁じる。
この母親がこだわるのは金と地位であり、つまりは、金持ちの男から、「自分を安値で売る庶民の娘」と見られたら「良縁」が逃げる、と思っているのである。
ただ、いかに保守的な中西部とはいえ、ここはアメリカであり、高校生が抱き合ってキスをする程度のことは、親も公認している。問題は「それ以上」のことだ。映画に誘うことさえ勇気が必要な日本とは全く異なる。
バッドに対して不本意な拒絶を続けることで神経が参っているディーニーに、母は「まさか一線を超えてないでしょうね」「本当はどうなの?」としつこく追及する。性的なことに触れること自体がタブーに近い日本では考えられないような露骨なこだわりだ。
ディーニーが「そういう気持ちになるのは悪いこと?」と反問すると、母は「真面目な子にはそんな気は起きない」つまり、まともな娘は性欲を持たない、と言い放つのである。「でもパパとはどうだった?」とディーニーが食い下がると、「結婚するまでは手も出さなかった。結婚後そうするのは妻の勤めだから。でも女は男と違って喜びを感じないの。夫に体を許すのは子供を産むためだけよ」。
こうして、母はディーニーに、性愛そのものを悪とする“思想”を押し付けようとするが、この論理では、すでに性欲を感じているディーニーは異常な女ということになり、ディーニーの神経症はますます悪化する。
バッドは、キス以上に進もうとするたびにディーニーから拒否されることで傷つき、ディーニーへの愛と性における不全にいらいらを高め、もっと自由な(あるいは「軽い」)女、フアニタと付き合ってみる。
バッドを失う不安にあせったディーニーは、母の禁止を破って、バッドをむしろ積極的に求める姿勢に変わるが、そのころには、バッドは、ディーニーへの不信から意固地になっていて、逆にバッド自身がディーニーを拒む。結局行き違いが続いて、ディーニーは絶望、自殺を図ったあげく、精神病院に収容される。
性欲を持つ女は精神病者にも等しい、という当時の保守派のイメージ通りに、カザンは映画を展開したのである。
一方、バッドの父親は、息子がディーニーを妊娠させることを警戒し、ディーニーの母と同じように「一線を超えないよう」、そして名門イェール大学に進学し、父の差配に従って将来石油業界で成功することへの期待を語る。彼の頭にあるのも金と地位と世間体だけだ。父は、4年後大学を出たら結婚してもいい、という。つまり彼は、ディーニーを妻にすることは認めており、心配するのは、想定外の妊娠による外聞だけなのである。
バッドは4年も待てないといいながらイェールには進むが、一切の意欲を失い、単位もとれない自暴自棄の毎日をすごすなか、たまたま入ったピザ屋の娘と結婚して大学を中退、夫婦で農業を始める。
バッドが別の女と結婚したことを知ったディーニーは、病院で知り合った患者(外科医)と結婚、それぞれの道を進む。配偶者は二人とも善人で、どちらも一見幸せな家庭を作るが、実は二人とも昔の相手を忘れられない。最後に、ディーニーは高校時代の友人2人と、バッドの農場を訪れ、ディーニーは、アンジェリーナと赤ん坊を紹介されてバッドの新しい人生を知る。ディーニーから「幸せか」と聞かれて、バッドの口から出たのは「幸せについては考えないんだ」。ディーニーも「私もあなたと同じで、幸せについては考えない」と“同意”する。そして「運命って不思議なものだな」というバッド。この「不思議」は自然に生じたものではない。二人の人生が自然なコースを外れて「不思議なもの」になったのは、双方の親とくにディーニーの母親の介入のためであることを観客は知っている。
エンディングで、映画のタイトルになった英国の詩人ワーズワースの『草原の輝き』の有名な1節のナレーションがかかる。
(かつてあれほど輝いていたその光が、
今や永遠に私の視界から失われても)
かつて草原が輝き、野の花がきらびやかに咲き誇っていた
(splendour in the grass, glory in the flower…”)
その輝きが今、私の眼前から永遠に消え去っても、
それを嘆くのではなく、
その輝きの背後に今も残る力を見つけるのだ
映画は、2人のそれなりに幸せな現実を描くし(ただ、二人とも「幸せについては考えない」のだが)、ワーズワースの詩は、若いころの輝きは消えても、あとに残る「力」で生きていこうと人々を勇気づけるかのように見える。
しかし、本作での「草原の輝き」は、ワーズワースの原詩で描かれた「大人になるとともに自然に消える少年少女時代の感性」などではない。それは若者の愛の「輝き」であり、それは、親の介入によって、そして、その背後で社会が共有する硬直した人生観、性愛観によって破壊されたことを、映画を見る人は明確に認識する。
監督エリア・カザンは、ハリウッドの赤狩り旋風の中、同僚を密告して何人もの友人を陥れた過去をもち、映画人たちは死ぬまでカザンを許さなかった。しかし、映画芸術家としてのカザンは、一方で、アメリカ社会の病理を鋭く告発し、この映画は永遠の名作となった。
『草原の輝き』というタイトルは独り歩きして、日本では、アグネスチャンのヒット曲のタイトルにもなった(『草原の輝き』)が、歌詞の内容は映画とは無縁だ。
日本社会は今も、恐らく世界で最も性的抑圧の強い社会の一つである。だからこそ、『草原の輝き』から学ぶべきことは多々ある。しかし、一つだけ指摘しておきたいのは、日本女性の多くは性的抑圧を深く内面化していて(ハビトゥス)、ディーニーの母親のような明示的な禁止命令がなくても、ごく「自然に」拒絶行動をとるだろうということだ。だからこそ、数限りない歌が、女の消極姿勢と「愛の拒絶」を歌うのである。現代日本において、事態は、1920年代のアメリカより深刻かもしれない。
風に吹かれて消える恋―「ひまわりの小径」
「風船みたいな恋」は風に吹かれて消えていく 両性のヤマアラシ的心理の中で続く「ものいわぬ」悲恋状態を詩的に表現した名曲が、二人組チェリッシュが歌う「ひまわりの小径」(林春生作詞、1972年)である。いわば日本の恋愛文化の総まとめのような内容だ。「名曲」たる所以である。
恋は風船みたい だから離さないでね
風に吹かれ飛んでゆくわ
立止まる二人には
交わす言葉もなくて
恋はいつも消えてゆくの・・
いけないひとは私でしょうか
それなのに涙しのんでふり向くなんて
恋は風船みたい だから壊さないでね
わたしだけの宝なのに
うつむいた二人には
交わす瞳もなくて
恋はいつも消えてゆくの
恋が「風船みたい」なのは、気持ちを伝え合わないため愛が確認できず、常に不安定だからである。女は「離さないで」というが、男の側にもしっかり愛を伝える覚悟はなく、結局「風船のような恋」は、風に吹かれて飛んで行く。しかし、男だけが悪いのだろうか。「いけないひとは私でしょうか」。女も恋を成就させるために何もしなかったのである。二人は「うつむいたまま」で「交わす瞳もない」。「言葉もなく立ち止まる」だけだから、恋は進展しない。これでは、恋が「いつも消えていく」のは当然だろう。風船みたいな恋を「壊さないで」というが、特定の誰かあるいは何かが壊すわけではない。
女がその恋を「私だけの宝」であって、「二人の宝」とはしていない時点で、恋は壊れる運命に向かっていた。後になって、彼女は、悔いながら「涙しのんでふり向く」ことしかできないのである。 私は浪人時代を終えて大学に入ってほっとした1973年、アルバム「ひまわりの小径」を買って、この表題作品を繰り返し聞いた。この時期の「ほっとした気分」を象徴する曲のようにも思えて、最も愛聴した曲だ。しかしそれは筒美京平の美しくも哀切な曲を愛したためで、歌詞は曖昧で意味がよく分からなかった。本連載で「愛を伝える」をテーマに、さまざまな音楽を聴き直すうちにようやく意味が分かり、今回、「名作」と言い切った次第である。恋の終わりがどちらのせいなのか、いやそもそも本当に終わったのかさえよくわからないこの歌詞が、まさしく日本の「恋愛」のあいまいな特質をよく描いていると思うからである。
日本の恋愛文化とは、一言でいえば、「互いに愛しながら互いに拒絶する文化」である。 それを見事に詩に結晶させたこの歌は、リアルではあるが(リアルであるがゆえに)エンパワメントにはならない。
「ひまわりの小径」のような音楽を無意識に受容するのをやめ、脳の襞にまで入り込んだ抑圧を自覚して乗り越えない限り、日本人は幸せにはなれないのである。
日本人も、常にこれほど愛に不器用だったわけではない。それは万葉集を思い出せば明らかだろう。近代以後の規範が、古い感情表現の回路を切断したのである。
「愛を伝える」シリーズ?、今回は以前の1,2回と比べて3倍を超える分量となった。読者のみなさま、お疲れさまでした
