じぃじ、今日1位だって。
わが家の朝は、だいたい決まっている。
テレビは必ず、めざましテレビ。
子どもたちは朝ごはんを食べながら、着替えながら、時には歯みがきをしながら、なんとなくテレビを見ている。
そして、わが家で意外と大事なイベントがある。
めざましジャンケンだ。
子どもたちは毎朝のように参加している。
週に一回くらいは、しっかり100ポイントためて、キーワードを表示させる。
そしてスマホで応募する。
お肉だったり、家電だったり、何かしらの商品に応募している。
ただ、残念ながら。
一度も当たったことはない。
本当に、一度もない。
それでも子どもたちは、毎週のように挑戦している。
あの前向きさ、少し見習いたい。
そしてもうひとつ、わが家の朝に欠かせないものがある。
星座占い♈️だ。
これだけは、家族全員がなぜかちゃんと見る。
自分の星座だけじゃない。
家族みんなの星座を、子どもたちは把握している。
「今日は〇〇座、何位?」
「ママ、今日あんまりよくないよ」
「パパ、まあまあじゃな」
そんな感じで、朝から一喜一憂している。
そして、そこにもうひとりいる。
かに座の、じぃじだ。
僕の父は、もう亡くなっている。
でも子どもたちは、今でもかに座が出ると反応する。
「じぃじ、今日何位?」
「じぃじ1位じゃん!いいなー!」
「じぃじ、今日最下位だってー!」
いや、亡くなった人に占いの意味あるんかい。
思わず、心の中でツッコミを入れる。
今日のラッキーアイテム、じぃじ使えんじゃろ。
ラッキーカラー、もう関係ないじゃろ。
そう思うのに、なんだか少し笑ってしまう。
でも、そのあとに少しだけ、胸があたたかくなる。
ああ、忘れられてないんだな。
そう思う。
人が亡くなるということは、その人が完全にいなくなることではないのかもしれない。
写真の中にいたり。
会話の中に出てきたり。
誰かの口ぐせに残っていたり。
そして、朝の星座占いにまで残っていたりする。
父はもう、孫たちと話すことはできない。
一緒にご飯を食べることもできない。
誕生日を祝うことも、運動会を見に行くこともできない。
それでも子どもたちは、毎朝のように言う。
「じぃじ、今日1位だって」
その一言だけで、父はまだ、わが家の朝にいる。
めざましジャンケンは、相変わらず当たらない。
星座占いも、当たっているのかどうかはよくわからない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
かに座が出るたびに、子どもたちはじぃじを思い出している。
亡くなった人に占いの意味があるのかは、正直わからない。
でも、亡くなった人を思い出すきっかけにはなっている。
それだけで、朝の星座占いも悪くないなと思う。
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