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ライオンハートを君に 第4話

第4話 願い泥棒

 処刑台広場は、統率された軍人たちが、四方八方を警備していて、異様な雰囲気に包まれていた。全員が刀を手に殺気立っていて、うっかり転んだりしたら、仲間でも切ってしまうんじゃないかと思った。遠くから、目立つように歩いて来て正解だったと思う。最前にいた兵士は、私を見つけるなり、直ぐに捕縛ほばくし、コウのところへ連行した。

 実際の処刑台は、テレビで見るより高くて、上からの眺めはよさそうだった。その下の、司令部みたいなところのテントに、コウはふんぞり返って座っていた。私を見るなり、怪訝けげんな顔をして口を開いた。

「おい嬢ちゃん。あいつはどうした?」
「来ないわ」
「ああ?」
「だってあんたたち。私が生きてるより、あいつが生きてた方が困るんでしょ?」
「ちっちぇ復讐だな。おい」コウは本当に困ったような顔をした。
「あんたに、頼みがあるの」
「一応聞いてやる」
「私、それなりに、悪者でしょ。懸賞金だって相当な額だし」
「まあな」
「だから、私の首をあげるから、あの施設を助けてやってよ。懸賞金で施設を買って、子供たちを助けてあげてよ。お金さえあって、ちゃんと話し合えば、レジスタンスだって解ってくれるよ」
「それ。お前が考えたのか?」
「そうよ。殺しが嫌いなあんたなら解ってくれると思って。それなら私一人で済む」

 コウは腕を組んで、眼を瞑った。眉間には皺が寄っていて、どうやら本気で悩んでいるようだった。少しは希望があるかもしれない。
「司令官殿。タイガー様がお戻りです」と一人の兵士がやって来た。
 その後直ぐに、あの初老の男が現れた。こいつがタイガーという名前らしい。

「おう。爺さん。勝手にどこ行ってたんだ?」とコウが聞いた。
タイガーは「ふん」と鼻を鳴らすと、手に持っていた布を広げた。それは施設の、ナイトの旗だった。ボロボロで、燃えた跡もある。
「そ、それ」
「ゴミ掃除は好かんのだがな。お優しい英雄くんの代わりに私が掃除しておいた」

 コウの首筋に血管が浮かびあがっている。
「なんで? 子供たちは、悪いことなんかしてないじゃない」
「酷いと思ったか。バカ女。お前ら悪党に、人権なんてあるわけないだろう」
「おい。そこのお前」とタイガーは一人の兵士を呼び、私を処刑台へと連行させた。

 上に登ると、広場中の視線が私に集中しているような気がして、身体が震えた。ふと、手が濡れていることに気が付いた。どうやら、血が出るほど強く、拳を握りしめてしまっていたらしい。死ぬのはかまわない。そう思ってここへ来たのに。やっぱり悔しかった。平気で人を殺せちゃうような奴らが、生きてる。私とこいつら、何が違うのよ。
 そのときだった。広場の隅でけたたましい音と硝煙しょうえんがあがった。

「何事だ!」とタイガーが叫ぶ。
「レジスタンスです!」と誰かが答える。
「ちぃ。ゴミ共が。早速報復に来たな」タイガーが悪態をついた瞬間。音のした方角から、大勢の咆哮が聞こえ、広場に人が雪崩れ込んできた。迎え撃つ兵士も、レジスタンスも、刀を振り回して、その度に血しぶきが舞った。
 
 処刑台広場はあっという間に戦場と化した。忘れられた私は、その様子をただ見ることしか出来なかったけど、人はこんなに簡単に死ぬんだと思った。それなら何のために生まれてきたんだろう。神様がいるなら、教えてほしい。

 そんなことを考えていると、いつの間にかコウが隣に立っていた。
「嬢ちゃんよ。おめぇの頼み、聞けそうにねぇわ」
「聞こうとしてくれてたの?」
「まあな」
「なら聞いてよ。今からでも。こんなのっておかしいよ」
「そうだな。俺もそう思うよ」
「だったら――」
 私の言葉を遮って、下からタイガーがコウを呼んだ。
「何をしてる! 何とかしたまえ!」
「了解」そう言うとコウは人差し指を立てて、銃の形を作った。子供がよく、バンバンなんて言って遊ぶ、あの手の形だ。

「貫け! スターバレット!」
 コウが叫ぶ。すると次の瞬間、指先から、強烈な閃光せんこうが放たれた。一瞬。瞬きする間もない時間で、レジスタンスが一人倒れた。突然の光に、広場は時が止まったかのように静まりかえった。また、コウの指先が光る。レジスタンスが倒れる。光る。倒れる。三度ほど繰り返したところで、広場に悲鳴が響き渡った。逃げ惑うレジスタンスたち。その背中を、コウは容赦なく射抜く。光は、雨のように降り注ぎ、あっという間にレジスタンスたちは死んだ。光ったと認識した時には、人が死んでいる。その様子を、私はすべて目撃した。こんなの。勝てるわけない。

「指先から光の弾丸を放つ。それが俺の力だ」
 悲しそうな顔をして、コウは言った。
「皮肉な力だ。俺はただ、守りてぇだけなのによ」
「嘘つき。人を殺したくないなんて」
「嘘じゃねぇよ。それはいつわらざる俺の本心だ」
「ならなんで――」
「いいか嬢ちゃん。不満があるとき、人ができることってのは二つだけだ」
 コウの眼が私に向く。
「自分を変えるか。世界を変えるか。その二つしかねぇ」

 人差し指が、私の眉間に突き立てられる。この指でたった今何十人の人間を殺した。
「だけどな、世界を変えるなんてできっこねぇんだ。だから皆自分を変えて、なりたくもねぇもんになってんだ」人差し指の先が、震えていた。
「だがそれが、生きるってことなんだよ」
 
 コウの言葉は重く、私にのしかかってきた。きっとその通りだから。自分を変えられない私は、死ぬしかないんだ。そうだ。私は自分が、我が儘で自分勝手な自分が、嫌で嫌でたまらないのに、変わろうとしなかった。文句ばっかりで、何もできなかった。そういう奴は、生きてちゃダメなんだ。きっと世の中っていうのは、当たり前のことを当たり前に、普通のことを普通にできる人しか居てはいけないんだ。そう思ったら、身体の力が抜けた。誰かに殺してもらうのもおこがましい気がして、私はなんのためらいもなく、処刑台から飛び降りた。

     *

 走馬灯と言うのを聞いたことがある。死を覚悟した瞬間に、自分の人生が脳裏に浮かび上がるというやつだ。でも、それってなんか不公平だと思う。だって楽しく人生を送った人の方が、良い思い出が見られるじゃない。あんまり楽しくない、私みたいな人は、死ぬ間際でさえ辛い記憶を見なきゃいけなくなる。そんなのってあんまりだ。せめて逆にして欲しい。楽しかった人は辛い記憶を。辛かった人は楽しい記憶を見せて欲しい。そんなことを、考えたこともあった。

 だけど実際は、そんなもの見る暇なんかなかった。ただ、空を見ていた。雲の、薄い部分の奥に太陽が見えて、なんか掴めそうと思って手を伸ばしたら、指の隙間からこぼれた光が、眩しくて目を閉じた。このまま死ぬんだと思ったけど、中々地面につかなくて、困ってしまった。もしかしたらもう、死んだのかもしれない。飛び降り自殺っていうのは意外と痛くなくて、今浮いている私は、飛び出した魂なのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、誰かが私を支えてくれていることに気が付いた。ゆっくり目を開けると、ヨヒナがいた。翼が羽ばたく音がする。私を抱えたヨヒナは、あのときと同じ、優しさが詰まった声で囁いた。
「離れんなよ」そう言ってヨヒナは、悠然と広場の真ん中に降り立った。そっと私を立たせると、舞い降りたヨヒナの背中から、翼が消えた。
「バカ。なんで来たのよ」
「仲間だからに決まってんだろ」
「仲間仲間って私は別に――」
「うるせーよ」この前男たちに向かって言い放ったのとは違って、柔らかい言い方だった。

 明るい瞳が、私を見つめる。こんなに大勢に囲まれているのに、全く気にする素振りもなく、ヨヒナは私だけを見ている。
「お前さ。生きるの辛い?」私は無言で頷いた。また、唇が震える。
「そっか。なら決めた」
 力強く、ヨヒナは言った。
「一緒にライオンハートを探そう。そんでもってこの世界を書き換えよう」
 私と自分に、言い聞かせているようだった。
「それならお前、生きられると思うんだよ」
「できないよ。そんなこと」
「できる」
「無理よ。例え空が飛べたって、そんなことできるわけない」
「できるよ。俺とお前なら」

 なんでだろう。ヨヒナの声は、いつも不思議だ。私の胸の奥、たぶん、みんなが心とか呼ぶところが温かくなって、何度でもその声が聴きたくなる。もしかすると、本当にできるんじゃないか。そう、思ってしまうんだ。

「できるわけねぇだろ」
 いつの間にか処刑台から降りていたコウが、指を構えて立っていた。ヨヒナは私を背中に追いやり、コウと向かい合った。
「聞いてたぜ先生『自分を変えるか。世界を変えるか』ってやつ。相変わらず、説教くせえな」

「ヨヒナぁ。随分余裕じゃねぇか」
「まあな。もう吹っ切れたからな」ヨヒナは私を庇うように装いつつ、後ろ手にトランプを構えていた。ハートのエースだった。
「正直。自分でも迷ってる部分があったんだわ。命の重みってやつでな。先生。あんたなら解るだろ?」コウは何も答えない。
「けどよ。十五歳の女がよ。生きたくないってよ」
 その声は、身震いするほど冷たかった。

「いらない。そんな世界はいらない」

 空気が張りつめて、極限まで伸びきって、時が止まった気がした。何の音も聞こえなくて、誰もが息を止めた。何かとんでもないことが起こる。そんな気がした。静寂を破ったのはコウだった。
「ならどうする?」と指を構える。
「ぶっ壊す」とヨヒナが不敵に笑った。
「ときめけ! スティールハート!」
 そう言ってヨヒナはトランプを掲げて、私を突き飛ばした。その瞬間、コウの指先から光線が放たれた。一発じゃなくて、流星群みたいに何発も降り注いだ。

「ヨヒナ!」
 ゆっくりと、硝煙が風に乗って消える。ヨヒナの姿が跡形もなく、消えていた。ボロボロに壊れた地面は、焼け焦げていて、爆発の跡のようだった。「やったぞ!」と誰かが叫び、波のように歓声が広がった。呆然と、腰を抜かしたままの私とは対照的に、広場は物凄い熱気に包まれた。何よ。できるなんてうそじゃない。カッコつけるだけカッコつけて、こんなのあんまりよ。そのときだった。コウが叫んだ。

「だまれ! まだ終わってねぇ!」
 コウの視線の先で、浮かび上がるみたいに、ヨヒナが現れた。一人、また一人と事態に気付き、辺りは静まり返った。
「透明人間? それが新しい能力か?」とコウが聞いた。
「まあな」
「それなら何故姿を現した」
「もう用が済んだからさ」そう言ってヨヒナはコウを指差した。その指の先を、コウがゆっくりと追う。そして自身の右肩に辿り着いたとき、目を見開いた。

「まさかてめぇ!」と叫ぶコウの右肩から、六芒星の模様が消えていた。そして、ふっと力が抜けたように、前のめりになってコウが倒れた。ざわめきが、起こる。皆目の前の光景が信じられないのだ。英雄コウ・ハートフィールドが倒れたという事実が、受け入れられないのだ。

「き、貴様! いったい何をした?」と誰かが叫ぶ。ヨヒナがまた、不敵に笑って、トランプをかかげた。今度はスペードのエースだった。トランプが光って消えると、ヨヒナが指をピストルみたいに立てて、処刑台に照準を合わせた。次の瞬間。ヨヒナの指から、光の弾丸が放たれた。音を立てて崩れ落ちる処刑台。周りにいた兵士たちは、下敷きになってしまった。

「うわあああああ!」とヨヒナの近くにいた兵士数人が、叫び声を上げて切りかかってきた。しかし、瞬く間に、身体を撃ち抜かれて倒れた。息を飲む音が、広場中から聞こえた。ようやく全員が、現状を理解したのだ。一人、また一人と出口を目指す。その背中をヨヒナは容赦なく撃ち抜く。次から次へとレーザーのような光線が人を貫いていく。悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、倒れる兵士たち。広場はあっという間に、煙と血の匂いで満たされた。残ったのは怯えきって、震えながらに神に祈る、若そうな兵士だけだった。しかしヨヒナは、そいつには止めを刺さずにこう言った。

「おいそこのお前。帰ったら王に伝えろ。俺の仲間を傷つけたら、国だろうと世界だろうと、容赦はしない。全てを奪う」
 そいつは、唇を震わせながら、何かを言おうとしたが、ヨヒナの顔を見ると、言葉は出てこなかった。腰を抜かした私は、ずっと座り込んでしまっていた。いつの間にか雲間から光が差していて、私たちを照らしていた。ヨヒナが、そんな私に手を伸ばす。

「隠してて悪かったな。俺の名はヨヒナ。“願い泥棒”ツバキ・ヨヒナだ」
 壊滅した広場の真ん中で、ヨヒナは言った。
「なあリップ。俺は世界中の人間を殺してでも、お前に生きてて欲しい」

 屈託なく笑いかける顔は天使みたいだけど、言っていることは悪魔みたいだった。正しいのは世界か、私たちか。差し伸ばされたその手は、天使か悪魔か。私はそっと、掴んでしまった。

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