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ライオンハートを君に 第3話

第3話 強さ

「邪魔するぜ。嬢ちゃん」
 くぐるようにして玄関の扉を通ったコウは、テレビで見るより遥かに威圧感があった。二メートルはありそうな巨躯に、分厚い胸板が盛り上がっていて、冗談ではなく、熊みたいだった。ひょっとすると熊よりも大きいかもしれない。

「いい家じゃねぇか」とコウが言った。
「どこがだ」とその後ろからしわがれた声が聞こえて、テレビに映っていた初老の男が顔を出した。男は汚いものでも見るように、部屋を見渡し、最後に私を見つけると「ふん」と鼻を鳴らした。その手には縄が握られていて、その先にはラリーが縛られていた。

「ごめんよ。リップ」と呻くように言ったそのとき「勝手に喋るな!」と男がラリーを蹴りつけた。ラリーが激しく咳き込む。その顔は傷だらけで、血が垂れていた。
「どうだ?」と男が言った。
「まあ、ひとまず成功ですね」とコウが答えた。
「ふん。奴がいないのに成功か?」
「奴がいたら、こんな呑気に話してる暇はないでしょうよ」

 私は、声も出せずに立ち尽くしていた。おかしい。あまりにも早すぎる。処刑台広場からここは、そんなに近くない。少なくとも、あの歓声からは、まだ五分も経っていない。それなのに、こいつらはもう私の目の前にいる。

〈皆さん。今日は祝杯をあげましょう〉
 驚いて振り返ると、テレビの中に二人の姿が映し出されている。
「不思議か?」とコウは私を見下ろした。
「特別なのはおめぇらだけじゃねぇってことだ」
 特別……。こいつらも。
「おい。後は任せる」と男が言った。
「もうお帰りで?」
「かび臭くてかなわん」

 男はまたしても「ふん」と鼻を鳴らして、部屋から出て行った。コウはそれを見届けると、肩をすくめて、眉毛を上げた。それから何故か、ラリーの縄を解いた。
「悪かったな」とコウが言った。
「政府の犬どもが」とラリーが毒づく。だけど起き上がる気力は無いらしい。床に大の字になり荒い息を整えている。ラリーの言葉を無視して、コウは椅子に座った。

「嬢ちゃん。茶でもくれねぇか」
「こ、殺すならさっさと殺しなさいよ」と私は言った。
「ああ? 大事な人質を殺す訳ねぇだろうが」
「人質?」
 こいつは私を、捕まえに来たんじゃないの?
「そうだ。まさかあいつに、こんな仲間がいたとはな」
 コウは改めて部屋を見まわし、最終的にベッドで眠るユウキに目を留めた。さっきから奴とかあいつとか、何のことを言っているのかよくわからない。とにかく私はタオルを濡らして、ラリーに駆け寄った。傷を拭くと、彼女が呻いて、タオルが赤く染まった。

「酷いと思うか?」とコウが言った。
「当たり前じゃない。だって、この人は何にも悪くない」
「悪くないか。そりゃあ誰にとって?」
「誰って……」私が言葉に詰まると、コウが答えた。
「こいつらは、レジスタンスだ」

 レジスタンス……。聞いたことがある。政府に反抗するそういう組織があること。その組織の人たちは国に不満を持っていて、軍隊とよく争っていると。中でも過激な人たちは、戦って、人を殺すこともいとわないと。
「軍人の俺たちにとっちゃ、仲間を殺された敵だ。そしてこいつらの施設は、表向きはただの養護施設だが、裏の顔がある」
「裏の顔?」
「国に恨みを持った子供を、レジスタンスに育てるのさ」
 そう言ってコウは、煙草に火を点けた。
「施設に、変な旗がなかったか?」
「あったけど……」
「それが証拠だ。あれはな、逆さにしてみると泣き顔が笑い顔になるんだ。革命の暗示さ」
 
 正直もう、頭が追いつかない。レジスタンスに育てる、ということはユウキや私は、兵士の候補として招かれていたということになる。国に恨みを持つ立派な兵士になるだろうと思っていたのだ。それが悪いことなのかどうか。私には解らない。それからしばらくして、コウは口を開いた。

「俺はよ。できれば誰も殺したくねぇし。殺されたくもねぇ」
 まさか政府の英雄がそんなことを言うなんて思わなくて、私は驚いた。
「嬢ちゃんよ。俺を手伝っちゃくれねぇか? 手伝うなら、おめぇの命を保証してやる」
「手伝う?」
「今日の夕方五時。あいつを広場に連れて来い。そうしたら、おめぇは生かしてやる」
「ねぇ。さっきから思ってたけど、あいつって誰?」
「ああ? ヨヒナに決まってんだろ」
「ヨヒナ?」
「おいおい。何も知らねぇのか?」
 
 コウは呆れたように言った。その言い方はムカついたけど、確かに私は知らないのかもしれない。ヨヒナのことを。一週間一緒に暮らして、わかったことと言えば、感情が顔に出ちゃうこと、意外と物知りなことと、一つ年上なこと、めちゃくちゃ早起きなことぐらいだった。ユウキの兄ということ以外の素性を、全くと言っていいほど知らない。そんな奴となんで一週間も一緒にいれたのだろう。もしかするとあいつは、見かけによらず、物凄く気を使ってくれていたのかもしれない。

「まあいい。とにかくだ」そう言ってコウはユウキを指さした。
「こいつをどっかに隠して、広場にいると奴に伝えろ。それだけでいい」
 確かにそれなら、ヨヒナはきっと広場に行く。この一週間で解ったけど、ヨヒナの家族に対する執着は異常だ。だけど、何でそんな回りくどいことをするのだろう。

「でもだったら、あんたが今、私もユウキも連れていけばいいじゃない」
「上にはな。そう言われた」
「だが俺は、さっきも言ったが、誰も殺したくねぇし、殺されたくもねぇんだよ」
「なのにヨヒナは殺すの?」
「ああ。俺には責任がある」
「責任?」
「あいつは、士官学校時代の、俺の生徒だったからだ」

 生徒……。士官学校って……。
「あいつ……軍人だったの?」
「とてつもなく優秀な奴だったよ」
 確かにそれなら、あの身体能力も納得がいく。だけどそれでも、私はどうしても、理解できないことがあった。
「私。解らない」
「何がだ?」
「だっておかしいじゃない。何をしたかは知らないけど、悪いことをしたなら、あんたたちがヨヒナを狙っているっていうのも、わかるし、元仲間だったなら、悪いことをしたヨヒナを許せないっていうのもわかるけど、私を生かしてまでヨヒナを殺したいっていうのは……わからない」
「要するに、俺たちがおめぇよりヨヒナを殺したがってるのがおかしいと」
 そういうことになるだろう。
「単純な話だ」とコウは言った。
「おめぇより、あいつが生きてた方が困るんだよ」

 そんなことがあるのだろうか。私より、愛を奪った私より、ヨヒナの方が困る。いったいどれほどの罪をおかせば、私より悪者になるのだろう。
「うわあああ!」と、突然の叫び声が部屋に響き渡った。いつの間にか起き上がっていたラリーが、キッチンにあった包丁を持っていて、コウに向かって突き出したのだ。だけどそれが、コウを貫くことはなかった。眩い光が放たれ、ラリーは立ち尽くした。信じられないと、目を丸くして、自分の手元を眺めている。包丁が、跡形もなく消えていたのだ。更にはアパートの壁に穴が開いていた。それも、叩いて壊れたような穴じゃなくて、溶けてしまったような穴だった。穴の周りが焦げて、煙が出ている。

「動くんじゃねぇよ」とドスの聞いた声で、コウが言った。
「何……いまの?」と詰まった息を吐き出すように、言葉が口からこぼれた。
「言ったろ。特別なのはおめぇらだけじゃねぇと」
 コウは流しに煙草を押しつけると、玄関へと向かった。

「もし、五時までにヨヒナが来なかったら」
「来なかったら?」
「ナイトっつったか」施設の名前を言われて、ラリーの顔から血の気が引いた。
「及びレジスタンス共全員の命は無いと思え」そう言って凄んだコウの目は、さっきまで、殺したくないなんて言っていた男の目じゃなかった。
「そんじゃあ。頼んだぜ」そう言ってコウは出て行った。

     *

 約束の時間まで、後一時間。ヨヒナはまだ帰ってこない。ラリーはユウキを連れて、施設へと向かった。私は独り残されたアパートの部屋で、お湯を沸かしていた。紅茶を一杯飲んだら、この家を出る。そう決めたのだ。カップにパックを入れて、お湯を注いだ。独りテーブルについて、ゆっくりと口に含むと、優しい香りが、身体に染みて、昔の記憶が蘇ってきた。
「あなたは強い」とお母さんが私に言ったことがある。

 生まれてこの方、「泣き虫」「弱虫」「意気地なし!」と山のような誹謗ひぼうを積み上げてきた私は、まさかそんなことを言われると思っていなかったから、よく覚えている。

 あれは、虐められた私が泣きじゃくって、部屋のカーテンに包まっていたときだ。お母さんは私を連れ出すんじゃなくて、一緒にカーテンに包まれてくれたのだ。しばらく無言で抱きしめて「あなたは強いね」とお母さんは言った。

「お母さんの方が……強いよ」と私は言った。
 お母さんの手や身体には、たくさんの傷があった。正室と側室の争いは、大人の争いは、私なんかと比べ物にならないくらい、地獄だった。だけどお母さんは、いつも笑顔で、にこにこしていた。
あのときも「ふふ。そうでしょ」と笑った。
 綺麗な眼だった。翡翠色ひすいいろの、透き通った眼が、私を映した。
「ねぇリップ。あなたが私の“強さ”なんだよ」

 あれから何年も経つけど、その言葉の意味が、私には解らない。解らないけど、それを知りたくて、生きてきたのかもしれない。
 正直、私の心は決まっていた。私は、ユウキに生きて欲しいと思う。それが単純に子供に抱く母性のようなものなのかは解らないけど、とにかくそう思った。それなら、ヨヒナにも生きてもらわなければいけない。でもそうすると、施設の子たちやラリーが危ない。だから私は、コウと交渉に行く。

 飲み終えたカップを流しに置いて、そっと家を出た。外に出ると、街の空をどんよりとした雲が覆っていた。天気予報通り、雨が降るのかもしれない。見ていてお母さん。最後ぐらい私も、強い女で、死んでみせるよ。

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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