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ライオンハートを君に 第2話

第2話 ジャッジメントシルバー

 二年前。私の前に妖精が現れた。妖精と言っても見た目はぬいぐるみだ。たぶんラッコのぬいぐるみだったと思う。なぜ曖昧あいまいかと言うと、最初に会った日と、その次の日に会ったきり、姿を見ていないからだ。

 妖精は私に聞いた。願いはあるかと。私は願った。愛とかいうやつがこの世からなくなればいいのにと。だってそうじゃない。みんなばっかりずるいよ。私はそんなの、見たことも聞いたこともないのに。そんな風に考えていた。

 その夜。世界に刃の雨が降った。一夜にして数千万人の死者を出したその災害を、人々は畏怖いふを込めて“ジャッジメントシルバー”と呼んだ。妖精は言った。君の願いを叶えておいたよと。引き金は“好き”と“愛してる”。その言葉に反応して、身体のどこかにナイフが突き刺さる。それが私の力だと。病室で呼吸器をつけたユウキが、泣きながら声を漏らす。

「し、し、しりとりで、ぼ、ぼくの番が、番が、回ってきて、す、す、だったんだ。それで、す、『好きだよマリア』って、い、言ったんだ」
「そ、そしたらマリアが、マリアが――」
 愛していると、言ったのだろう。ユウキは右肩に、マリアは胸にナイフが突き刺さった。この国で、ジャッジメントシルバーを知らない者はいない。二人とも知っていたはずだ。それでも、伝えずにはいられなかった。

 私は馬鹿だ。大馬鹿だ。数えきれない命を奪って、本当は直ぐに死ぬべきだったのに、のこのこと生き延びて。ヨヒナが同じ力を持っていると知ったら、浅ましくもそこから抜け出そうとして。私が殺した人たちは、もう帰ってなんか来ないのに。許されることなんて、未来永劫あるわけないのに。

     *

 あの日、マリアが死んだ日の夜。病院からの帰り道で、私はまた政府の奴らに襲われた。たぶん、病院にいた誰かが通報したのだろう。その場にいたヨヒナが、あっという間に倒してくれたけど、私は座り込んで、動けなくなってしまった。「もう嫌」と私は言った。生きていたってしょうがないと思ったのだ。そんな私にヨヒナは手を伸ばした。その手を払いのけて、私は言った。

「あんたも消えてよ。私なんかといたって、また狙われるだけなんだから。もう誰も、私と関わらないでよ」
 今思えば、駄々をこねる子供みたいだった。そんな私の前に、ヨヒナはどっかりと胡坐あぐらをかいて座った。
「それは無理だ」
「何でよ」
「仲間だから」そう言ってヨヒナはどこか遠くを見た。そして私じゃない誰かに話しかけるように口を開いた。

「この国“サンライト王国”は危機を迎えている。このままいけば、滅亡するだろう。その理由が少子高齢化ってやつだ。旧日本時代にも通った道だな。人口が減少するのに経済活動を維持しようとすると、移民を受け入れるしかなくなる。そうするとどうしても争いが生まれ、治安が悪化する。そこを外国の国々に攻め込まれ、日本は窮地きゅうちに陥った。まぁ滅んだ原因は明らかになっていないが、極端な少子高齢化が国力を落としたことは確かだ。そこで、サンライト王国のお偉いさんは考えた。歴史を繰り返さないために。“ムーンライト計画”なんてものをな」

「何よ。そんな話聞きたくない」
 私を無視して、ヨヒナは続ける。
「ムーンライト計画。それは、移民を受け入れない。経済も破綻させない。それどころか人類を進化させるという計画だ。優秀な遺伝子を集め、計画的に子供を創り、その子供を徹底的に教育し鍛え上げる。そうして育った人間は、一人で二人分以上の仕事をこなす人材となり社会を支える。それを繰り返して、強い人と、強い国を創る」
 ヨヒナの横顔を、月明かりが照らしていた。

「一見あの月のように美しい計画だ。だけどよ、月は太陽みたいに、全てを照らしてはくれない。優秀じゃない人間は、地獄をみることになる。その実験を、王族がやってる」
 急に、声が湿って、明るい瞳の淵に涙がたまった。
「今、この国の王族では厳しい教育と選別が行われ、一二歳までに才能を示せない子供は、一人残らず殺されている。そうだろ?」

「もう止めて」
「それなのに、選別に落ちてなお、生きている女がいる。たった一二歳で、誰かよりちょっとだけ劣った。それだけの理由で、実の父親に殺されかけた女がいる。城を追われると、今度は王族だという理由だけで、虐げられた女がいる」
「止めてってば!」
 またしても私は、ヨヒナをぶった。その頬が、濡れていた。
「そいつが愛を奪って、何が悪いんだよ」

 なんであんたが泣いてんだよ。やっぱりこいつは変だ。ヨヒナといると私の心臓がうるさい。
「悪いに決まってる! 私は、取り返しのつかないことをしたの。そもそも、悪いとか悪くないとか、そんな次元の話じゃないのよ」
 まくし立てる私に、ヨヒナが言った。
「だけど、したくてした訳じゃない」

 ヨヒナは真っすぐに、私を見つめた。私たちはまたしても、睨み合った。
「お前苦しんでるじゃねぇか。本当の悪者はよ。そんな顔しねぇよ」
「だから何よ。同情なんかいらない。もうどうしようもできないんだから」
 吐き捨てるように言って、ただひたすら睨みつけていたら「ライオンハート」とヨヒナが言った。

「ライオン……ハート?」
「ああ。この世界のどこかにある力のことだ。それがあれば、世界を自由に書き換えることができる」本気だと、その眼が言っていた。
「それを見つけて、世界を書き換えて、お前やユウキと一緒に仲良く暮らす。それが俺の……世界征服だ」

「そんなの、できるわけない」そう、例えそれが本当だったとしても、私にはできない。していい訳がない。話し終わるとヨヒナは立ち上がって、また私に手を伸ばした。結局その手を私は、掴むことができなかった。

     *

〈続いては今日のお天気です〉ヨヒナがつけっぱなしにしていったテレビで、ニュースが流れている。

 あれから一週間、ヨヒナのアパートでユウキの看病をしている。
〈ところにより雨が降るでしょう〉と女のアナウンサーが、少し残念そうな口調で告げた。地図の上に雲と傘のマークが映っている。そして画面の右上に、三桁、時には四桁の数字がある。その数字は、ジャッジメントシルバーの被害者の数だった。毎日何百人もの人間にナイフが突き刺さる。それが、私の力だ。

〈続いてのニュースは、現場から中継です〉
 映像が切り替わるとそこは、この街の広場だった。大昔、戦場だったこの街には、その頃の名残が未だに残っているのだと、この前ヨヒナが言っていた。その中でも、街の中心にある広場は処刑台広場と呼ばれていて、修繕された処刑台は今もなお現役らしい。私は想像してみた。処刑台の上で首を切られる自分を。きっとみんなが喜んで、歓声が上がる。悲しむ人なんていなくて、誰もが「早く早く」と急かすだろう。その処刑台の上に、タキシードを着た初老の男が立って、マイクに向かって話している。

〈皆さん。ご存知の方も多いと思いますが、今この街に大悪党が逃げ込んでいます〉
 大悪党か……。間違いなく私のことだ。
〈しかし、安心してください。我々は遂に、悪党の住処を突き止めました。それに奴の弱みも〉
 ここがバレている。でも、弱みってなんだろう。
〈さらに我々には心強い味方がいます〉

 初老の男の隣に、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男が現れた。黒いブーツに迷彩柄のズボン、筋肉を見せつけるようなタンクトップは、いかにも軍曹という出で立ちだった。さらにスキンヘッドにサングラスをかけていて、テレビ越しだとまるで映画を見ているようだった。
〈コウ・ハートフィールドです〉

 コウと呼ばれた男は、広場の観客たちに手を振って、満足そうに頷いた。タンクトップからはみ出したごつごつした右肩には、大きな六芒星ろくぼうせいの模様があった。
〈ついに我が国の英雄が、駆けつけてくれました。百年続いた戦争を終わらせた、伝説の男が、今ここにいます。彼の弾丸に撃ち抜けなかったものはありません。倒れなかった敵はいません。眠れぬ夜を過ごした皆さん。安心してください〉

 次々と拍手や声援が送られ、初老の男の声に熱が入る。
〈我々は今日! 奴を処刑します!〉
 割れんばかりの歓声と雄たけびが、テレビだけでなく、実際の街からも聞こえてきて、アパートが揺れているような錯覚に陥る。敵が、すぐそこまで来ている。

 私はどうすればいいだろう。この一週間。いや、もっと前から、ずっと悩んでいる。たぶん、死んだ方がいいと思う。だけど、このまま死ぬのは違う気がする。何故と言われたら、答えられない。解らない。死んだ方がいい。違う気がする。死んだ方がいい。違う気がする。そんな押し問答をずっと続けている。

 悩んでいると、私は決まってお母さんのことを思い出した。お母さんは私とは正反対で、明るくて、強くて、くよくよしたりしなかった。薔薇色の髪もエメラルドグリーンの瞳も私と同じはずなのに、どこもかしこも光が宿っていて、輝いて見えた。それでいて優しくて、いつも私の手を引いてくれて、何かあれば必ず助けてくれた。

 ベッドですやすやと、ユウキが寝息を立てている。この子には、ちゃんと生きてて欲しいな。
 とにかく、ここを離れよう。ここにいたらユウキが危ない。そう思って腰を上げたときだった。コンコンと誰かが玄関の扉を叩く音がして、私はこわばった。都会の良い家にはテレビモニターが付いたインターホンがあるらしいけど、こんなぼろアパートにはそんなものはない。私がじりじりと気配を消していると、声がした。

「リップ? いないの?」ラリーの声だった。私はほっとして息を吐き出す。心配してヨヒナが呼んでくれたのかな。それにしても丁度良かった。ラリーにユウキを頼んで私は家を出よう。そんなことを考えながらドアを開けた私は、声を出すこともできなかった。

 “英雄”コウ・ハートフィールドがそこに立っていたのだった。

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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