見出し画像

空想時代劇「タイムトリッパー耕介」(12)

第十一話:数奇者(すきもの)の目利き

『花園』の原型となったその小さなお社の境内は、うっそうとした杉の巨木に囲まれていた。その狭い土間(どま)を埋め尽くすように、想像以上の活気にあふれた「市」が立っていた。

並んでいるのは作蔵のような小作農ばかりではない。中には立派な麻の着物を着て、何人もの奉公人に大きな荷を運ばせている「富農(大名主)」の姿もあった。彼らはこのあたりの土地を実質的に支配している小領主(地侍)ともつながりがあり、この手の百姓は、ふてぶてしいほどの余裕を漂わせている。

「さあさあ、お立ち会い! 珍品、名品、何でもござれだ!」

威勢のいい声を上げているのは、ゴザの上に雑多な道具を並べた骨董屋だ。戦国末期という時代のせいか、並んでいるものはどこか生々しい。おそらく先の合戦で剥ぎ取られたのであろう、血痕の残る落ち武者の仏具や、煤けた数珠、出所の怪しい漆器。

耕介が作蔵の蕪(かぶ)売りを手伝いながら、何気なくその骨董屋の品々に目を向けた、その瞬間だった。

全身の血が、一瞬で逆流するような衝撃が走った。

ゴザの端、乱雑に置かれた武具の山の中に、それがあった。

黒漆の柄(つか)、そして見覚えのある独特の反りを持った──大小二振りの刀。

(……間違いない。ふみ様から授かった、あの刀だ!)

なぜこんなところに。大森のオフィスに戻ったときも、新宿駅で飛ばされたときも、耕介の身一つしか移動しなかったはずだ。なのに、なぜ刀だけが、この数百年前の戦国の市に先回りして転がっているのか。

「おい、親父さん! その刀、見せてくれ!」

耕介は思わず駆け寄り、手を伸ばした。しかし、骨董屋の頑固そうなオヤジが、その汚れた手をご馳走を隠すようにパッと叩いた。

「これこれ、うさんくさい浪人風情が気安く触るんじゃねえ。こいつは小田原のまっとうな御家人から買い取った上物(じょうもの)だ。おめえの懐にあるような、びた銭(質の悪い銅銭)じゃ逆立ちしたって買えやしねえよ。値は鐚(びた)で三十貫文、金(きん)なら三両だ!」

三十貫文。全くピンと来ていないが、今の価値に直して数百万円。丸腰で一文無しの耕介に、払えるわけがない。

「嘘だと思うなら、見せてやるよ」

オヤジはニヤリと笑うと、長太刀の柄を掴み、シャリ、と鋭い音を立てて抜き放った。 木漏れ日のなかで、眩いばかりの秋の陽光を浴びた刃が、ギラリと光る。そこには、あの雨の両国で、それから高輪の公民館のガラスケースの中で見た、あの吸い込まれるように美しい、独特の刃紋(はもん)が鮮やかに浮かび上がっていた。

(やっぱり、俺の刀だ……!)

胸の鼓動が激しく高鳴る。喉から手が出るほど欲しい。だが、金がない。 耕介が絶望的な気持ちで立ち尽くしていた、その時。

「──その刀、儂が買おう」

背後から、低く、しかし驚くほど品のある声が響いた。

振り返ると、そこに一人の男が立っていた。 泥まみれの百姓や地侍たちの中で、その男の存在は明らかに異質だった。

身に纏っているのは、仕立ての極めて良い絹の小袖。頭には洗練された頭巾を緩く巻き、年の頃は四十前後、細面に蓄えた髭がどこか知的な印象を与える。背後には、がっしりとした体格の奉公人を二人従えていた。

「な、なんだおめえさんは……」

骨董屋のオヤジが、男のただならぬ佇まいに気圧され、刀を構えたまま気まずそうに声を小さくした。

男はオヤジには視線すら合わせず、顎で「包め」とだけ不遜に命じた。男の奉公人が、鈍い輝きを放つ本物の「金(きん)」の粒が入った巾着をゴザの上へ無造作に放り投げる。

「金で三両だ。お前の言い値通りだろう。文句はあるまい」

「へ、へい! 毎度あり!」

オヤジは手のひらを返し、慌てて金を懐へ収めると、刀を布に包んで奉公人に手渡した。

一瞬の出来事だった。自分の刀が、目の前で、見知らぬ男の手に渡ってしまった。 耕介が呆然とそれを見つめていると、男はゆっくりと身体を巡らせ、耕介の方を向いた。

衣服こそ泥まみれのボロを纏っているが、背筋をすっと伸ばして立つ耕介の佇まいを、男の鋭い目が上から下まで静かに一瞥する。 男は口元に微かな笑みを浮かべると、骨董屋のオヤジにあしらった横柄さを完全に消し去り、一人の立派な武士に対するかのように丁寧な態度で一礼した。

「お初にお目にかかります。お前様、この刀にひどく執着しておられましたな。ただの珍しさで見ていた目ではない。……まるで、己の半身を奪われたかのようなお顔をされていた」

男の口調は、この関東の訛りとは全く違う、洗練された京大坂の上方(かみがた)の言葉だった。

「手前は堺の商人、今井(いまい)と申します。新しく関東の主となられる徳川様のお供をして、この東国へ流れてきたばかりの者にございます。……お前様は、どちらのご家中でございますか?」

(つづく)

いいなと思ったら応援しよう!

The Principal よろしければ応援をお願いします!!