【外伝】 幻ではない素材たち

【外伝】幻ではない素材たち


春が過ぎ、花の季節が終わる頃——王都の店先には、旬を迎えた果物が並び始める。

甘い匂い。酸っぱい匂い。それだけで、今夜のデザートを想像してしまう。

心を弾ませていたのは、フィオナだけではなかった。



「はい、次はここね!」

フィオナは、両手いっぱいの果物を抱えながら声を弾ませる。

真琴とクラリスも同じように果物を抱え、“お得意様”へお裾分けをして回っていた。

「グリズリー店長の次は、アリアさんのところでラストよ!」

「最後に回したの、わざとじゃないわよね?」真琴が半目で言う。

「もちろんよ?……お茶もしたいし」

クラリスがさらりと付け加えた。



街外れにあるチョコレート専門店。

リーン——澄んだ音色の鈴が、来客を告げる。

「アリアさん!お裾分け持ってきた……って」

フィオナの言葉が止まった。

「……すごいわね、これ」

カウンターには、果物が山のように積まれていた。それも——彼女たちと同じ“お裾分け”。

「いらっしゃい。ごめんなさいね」

ダークエルフの美しい店主——アリアが、苦笑する。

「もう厨房にも収まりきらなくて」



「……人気者って大変ねぇ」

真琴が呟く。

「時期が重なりすぎたのよ」

この世界には、冷蔵庫など存在しない。保存といえば、地下室や石造りの保管庫くらいだ。

果物は比較的日持ちするとはいえ——この量は、さすがに限界がある。

「どうしたらいいと思う?」アリアが真剣な顔で言った。

「せっかくの頂き物だもの。無駄にはしたくないの」



「大量消費、ねぇ……」

フィオナが腕を組む。

「クラリス、何か作れない?」

「道具なら作るわよ?」クラリスが即答する。

そして——

「アイデアは、真琴ね」

「は!?なんで私!?」

「こういう時に斬新な発想をするのがあなたでしょう?」

「絶対リオの影響でしょそれ!」



「でも、興味あるわ」

アリアも、静かに期待の視線を向ける。

「あーもう!」

真琴は頭をかいた。

「アリア、チョコレートってどれくらい使える?」

「いくらでも」即答だった。

「売るほどあるわ」

「……よし」

真琴はにやりと笑った。

「じゃあ——祭り、やりましょうか」



街の中央広場。

急ごしらえの特設テントと台が並ぶ。

「設営は任せて」クラリスが人をまとめ、手際よく準備を進める。

「フィオナと私は配布担当ね。食べ方も説明しないと」

「美味しいものなら任せてください!」レオンハルトが笑う。

「分析も必要だね」リオも頷いた。



「……で、これは何が始まるんだ?」

ヴィクトルと第一王子が、広場を見渡す。

「請求書の話をされた時は正直焦ったけど」

「私も内容は聞いていません」



「さあ!始めるよー!」

フィオナの声が響く。

その瞬間——

広場の中心にそびえ立つ“それ”が姿を現した。

高さ三メートル。果物でできた塔。

「いくわよ」

アリアが、上からチョコレートを流し込む。

とろり、とろりと——塔の上からチョコが流れ落ちていく。

「おおおおお!!」

歓声が上がった。



「はい、こちらの串をどうぞー!」

「果物を刺して——」

「チョコにくぐらせて——」

「そのまま食べる!」



甘い香りが、広場いっぱいに広がった。

——ここまでは、完璧だった。





「……あれ?」

真琴が、ぽつりと呟く。

「チョコ、止まってなくない?」

「え?」

クラリスが装置を見る。

「……あ」

一拍。

「流量制御、ちょっとミスったかも」



どばぁぁぁぁっ!!



「噴いてる!!」

チョコレートが、塔の上から噴水のように溢れ出した。

「え、これ止めるやつある!?」

「ないわね」

「ないの!?」



「おおおお!すげえ!!」

レオンハルト、テンション爆上がり。

「これは新しいな!!」

「新しくはない!」

真琴が即ツッコミ。



「……摂取量、危険域」

リオが冷静に呟く。

「既に平均摂取量の三倍を超えている」

「誰の!?」



子供たちが笑いながら走り回る。

「もっとチョコつけてー!」

「こっち来いー!」

果物が飛ぶ。

チョコが飛ぶ。

もう収拾がつかない。



「ふふ……これは……」

フィオナが、恍惚とした表情で呟いた。

「癒し……!」

「違う方向に覚醒しないで!?」



「……楽しいね」

第一王子、普通に串を持って並んでいた。

「並ぶな!!」

ヴィクトルが頭を抱える。



その時——

ぺた、ぺた、ぺた。

「……あ」

シャドームーンが、チョコまみれの足で歩いていた。

瞳が金色に光る。

《ログ再生》

「やめてえええええ!!」



——結果。

広場は、甘く染まった。





数時間後。

「……なんで成功してるのよこれ」

真琴が呟く。

街の人々は満足そうに笑っている。

「またやってくれよ!」

「最高だったぞ!」

「次はいつだ!?」



「……定期開催、か」

ヴィクトルが遠い目をする。



「……バグじゃないのが、一番怖いわね」

真琴の一言で締めくくられた。





【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

なお、このチョコ祭り——無事に“暴走”しました。

王都の一部が甘く染まったとか、染まっていないとか。

そしてこの日を境に、「果物が余ったら、とりあえずチョコを流す」という謎の文化が生まれたそうです。

……本当に、どうしてこうなったんでしょうね。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。
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