【幕間】 セルディンの受難
【幕間】セルディンの受難
王都の街中、人気のカフェにて。
「ねーねー、フィオナ聞いた?」
フィオナは、かつて神殿で共に働いていたシスターと、久しぶりに王都でお茶をしていた。
彼女は近隣の教会勤務のため、神殿にはたまにしか顔を出さない。そんな彼女からの話題振りである。
「どうしたの?私、神殿やめたから噂なんて届いてないわよ?」
「やっぱり!実はさ、神殿内が不穏らしいのよ!」
「やばいの?」
「やばいっちゃあやばい!みんな揃い過ぎてるんだもん」
「揃い過ぎている……」
フィオナは、先日の先輩との会話を思い出していた。
穏やかで、噛み合わない正常さ。
神殿で今、何かが起きている——
フィオナは、神殿の方角を見ながら、そう思ったのだった。
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神殿は静謐に満ちていた。
白亜の柱、整然と並ぶ神官たち。
一切の乱れはない——はずだった。
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セルディンの執務室。
「この書類を神官のレイズへ。予算の見直しを——」
前に立つ神官は、確かに話を聞いている。
だが。
「……理解していますか?」
思わず、聞き返してしまう。
「セルディン様のおっしゃる通りに報告しますので、問題ありません」
厳かに両手を差し出され、セルディンは書類を渡した。
神官は一礼し——
その場から動かなかった。
「……?」
セルディンは眉を寄せる。
「どうしました?」
「ご指示をお待ちしております」
「……今、出しただろう」
「はい。ですが、次のご指示を」
一拍。
「……いや、だから——」
「ご指示を」
静かに、寸分違わぬ声で返される。
⸻
別の神官が入室する。
「報告を」
「はい。ご指示の通り、準備は完了しております」
「どこまで進めた?」
「ご指示の通りに」
「……具体的には?」
「ご指示の通りに」
セルディンは、ほんの僅かに言葉を失った。
⸻
廊下。
三人の神官が、同時に同じ書類を運んでいる。
足並みは揃い、角度も揃い、歩幅すら揃っていた。
「……なぜ三人も必要なのですか?」
「確実性を高めるためです」
「誤差はありません」
「最適です」
「…………」
⸻
セルディンは、執務室へと戻る。
机の上には、既に次の書類が整然と並べられていた。
順番通りに。
誤りなく。
完璧に。
「……」
一つ、手に取る。
「これは……誰の判断で?」
返事は、ない。
ただ、全てが“正しく”置かれている。
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「……揺らぎが、ないな」
ぽつりと零れた言葉。
だが——
「……いや。問題はない」
すぐに、自分で否定する。
「最適化は、順調だ」
⸻
セルディンは、静かに席を立った。
そのまま、神殿奥へと向かう。
白亜の回廊は、どこまでも整い、どこまでも乱れがない。
その中心へ——
教皇の待つ間へと。
⸻
セルディンは、扉の前で一度だけ呼吸を整えた。
そして、静かに扉を開く。
「教皇様——」
⸻
神殿の奥、セルディンが最初に、そして最も手を焼いて整えた場所。
「十五日の女神生誕祭になりますが……」
「セルディンか?こちらで説明をしておくれ」
教皇が、向かいの椅子を勧める。
テーブルと椅子。
確か、エルフ一族の進呈物だったか。
セルディンは一瞬だけ視線を逸らし——すぐに意識を戻した。
用意していた書類と図面を広げる。
「このように、準備の方は整えました」
教皇は、間髪入れずに返答する。
その声は、いつもと変わらず穏やかで——
どこか、噛み合わない。
セルディンは、ほんの僅かに眉を寄せた。
「ああ、“このように”、ね。……いつもありがとう」
教皇は、にっこりと微笑む。
「後は?」
「いえ、以上になります」
セルディンは一礼し、部屋を後にした。
⸻
テーブルに置かれた椅子は、淡く光を帯びている。
エルフ一族の進呈物。
嘘を嫌い、心を映すとされるそれは——
この部屋において、ただ一つ。
“整えられていないもの”だった。
⸻
教皇は、静かに微笑んだ。
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本編を補足する裏話的なお話です。軽ーく読んでいただけると幸いです。
→【第2章】まとめページ
→【第1章】まとめページ
