【雲間月怪異譚】 第23話
【雲間月怪異譚】第23話 踊り子への依頼
※注意※
イラストは、AIにて生成しております。
本作『雲間月怪異譚』には、
怪異・都市伝説・因習・和風ホラー表現が含まれます。
薄暗い話や、
“じわりと嫌な感じ”のする話が苦手な方は、
どうか無理をなさらず回れ右でお願いします。
それでも覗いてくださる方は――
どうぞ、雲間の怪異譚へ。
住宅街の外れ。
まだ朝の光が完全には届かない時間帯に、そのスタジオは静かに佇んでいた。
『Studio Luz』
フラメンコダンスの教室。
だが、その扉の向こうにいる人物が、今回の目的だった。
アメノウズメ。
保は看板を一度見上げてから、小さく息を吐く。
「ここだね」
クロウは周囲を一度だけ見渡し、短く言う。
「気配は“普通”だな」
「普通すぎるのが逆に怖いけどね」
星野雫がぽつりと呟いた。
その言葉に、誰も否定しなかった。
⸻
クロウが一歩前に出る。
「正面から行く」
「え、いきなり?」
保が止める間もなく、クロウは扉を叩いた。
コン、コン。
一拍。
そして――
「はい」
中から返事があった。
落ち着いた、澄んだ声。
⸻
扉が開く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
黒髪を後ろで束ね、姿勢はまっすぐ。
立っているだけで重心が整っているのが分かる。
踊りの人間だ、と直感できる空気。
「何かご用ですか?」
穏やかな声。
だが、その奥には線の細い鋭さがある。
保は一歩前に出る。
「アメノウズメさん、ですよね」
その瞬間、女性の目がわずかに細くなる。
そして、静かに言った。
「その名前は、仕事の時の呼び名です」
一拍。
「私はフラメンコダンサーです」
はっきりとした線引きだった。
⸻
クロウが短く言う。
「雲外鏡から来た」
空気が、変わった。
ウズメの視線が一瞬だけ止まる。
驚きではない。
確認。
そして、納得。
「……あの鏡の爺ね」
口元がわずかに緩む。
「まだ動いてるのね」
そこには、長い時間を共有した者の温度があった。
⸻
ウズメは一度だけ視線を保たちに戻す。
そして言う。
「中で話しましょう」
扉をさらに開ける。
その奥から、わずかな“リズム”が漏れた。
音楽ではない。
踊りの前にある呼吸のようなもの。
ウズメは背を向けずに続ける。
「今回は“協力”で済む話じゃないでしょう?」
その言葉は問いではなく、理解だった。
⸻
スタジオの中は静かだった。
しかし静かさの質が違う。
床に残るわずかな振動。
空間の隅に沈むリズム。
ウズメは奥へ歩きながら言う。
「紫鏡」
その一言で、全員の空気が少しだけ変わる。
「“扉になってる”タイプね」
保が頷く。
「人が二人、消えてる」
「小学生の少女と、白河みおという女性」
ウズメは足を止めない。
「どこに“固定”されてるかは分かる?」
星野雫が小さく息を吸う。
「声が……します」
ウズメが振り返る。
その目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「聞こえてるのね」
⸻
ウズメはスタジオ中央に立つ。
軽く床を確かめるように一歩。
その瞬間、空気がわずかに変わった。
「じゃあ、話は早い」
彼女は手を軽く上げる。
その動きに、意味はまだない。
だが“始まり”だけは確かにある。
「私は扉を開ける」
ウズメの視線が保に向く。
「でも中で何を見るかは、あなたたち次第」
クロウが低く言う。
「戻りは俺が確保する」
その一言で、空間のバランスが締まる。
“アンカー”としての宣言だった。
ウズメは小さく頷いた。
「いい構成ね」
保が息を整える。
「俺と雫が中に入る」
星野雫も、ゆっくり頷く。
「行きます」
⸻
ウズメは静かに目を閉じる。
そして、ゆっくりと開いた。
「じゃあ——開けるわよ」
その一歩目は、踊りではなかった。
だが、確かに“拍”だった。
空間が揺れる。
スタジオの床が、ほんの少しだけ遠くなる。
光が、線になる。
音が、境界になる。
世界が一瞬だけ“舞台”に変わる。
ウズメが一歩踏み出した瞬間――
扉が、開いた。
⸻
保の視界が揺れる。
星野雫の呼吸が変わる。
そしてクロウの声だけが、最後に残る。
「行け。戻りは任せろ」
クロウの声が背後から落ちる。
その言葉だけが、現実側に残った錨のように重かった。
保は、その瞬間ふと思う。
(ここで紫の鏡と同じ空間に繋がるとは、思ってなかった)
異空間。
その入口が開いた今、ようやく実感が追いついてくる。
だがそのとき、クロウが続けた。
「異空間の裏は、意識空間だ」
短く、断定するように。
「より強い願いが引き寄せる」
星野雫が小さく息をのむ。
クロウは保の方を見た。
「星野さんは白河さんに呼びかけて」
「……呼びかけ?」
「ここでは“声”が位置になる」
ウズメがちらりと視線を向ける。
だが何も言わない。
クロウはさらに続けた。
「保は中に入れ」
一瞬、保は眉をひそめる。
「なんで俺?」
クロウは間を置かずに答えた。
「お前は“怪異ホイホイ”だからな」
「……は?」
「向こうの目が、お前の方に開きやすい」
淡々とした声だった。
冗談ではない。
事実として扱っている声音。
クロウは視線を逸らさず続ける。
「行方不明の二人にとっては、お前が“目印の明かり”になる」
保は一拍だけ黙る。
(そんな役割、聞いてない)
だが同時に、それが“最短距離”だとも理解してしまう。
クロウは最後に短く言った。
「だから、お前が先に行け」
⸻
ウズメが静かに息を吐く。
「役割分担、綺麗ね」
まるで舞台の配置を見るように。
そして、軽く手を上げる。
「じゃあ、始めるわよ」
⸻
世界が、さらに一段階“裏返る”。
