【外伝】 幻ではない素材たち

【外伝】幻ではない素材たち(夜)


夜の王都。

昼の喧騒が嘘のように静まり返り、街の灯りだけが淡く揺れている。

——その中を、ひとつの影が歩いていた。

「……いい匂い」

ルナミナは、ふと足を止める。

甘い香り。

どこか、懐かしくて——少しだけ落ち着かない匂い。

導かれるように、細い路地へと足を向ける。



小さな店。

扉を押すと、澄んだ鈴の音が響いた。

リーン——

「いらっしゃい」

奥から現れたのは、ダークエルフの女——アリア。

ルナミナの姿を見ても、驚いた様子はない。

「来ると思ったわ」

静かな声だった。



「……匂い」

ルナミナが、ぽつりと呟く。

「引っ張られた」

「ええ」

アリアは、短く頷いた。

「そういうものよ」



差し出された皿。

小ぶりの林檎。

透き通るようなコンポートに、艶やかなチョコレートがかかっている。

ルナミナは、少しだけ警戒して——

それでも、口にした。



「……へんな味」

「褒め言葉ね」

アリアが、わずかに笑う。

「甘いだけじゃない。苦いだけでもない」

一拍。

「でも——一緒にすると、ちゃんと成立する」



ルナミナは、黙ってもう一口食べる。

「……これ」

少しだけ、眉をひそめる。

「お姉様なら——」

言葉が、止まる。



「その人、甘いの嫌い?」

アリアが静かに問う。

「……違う」

ルナミナは、小さく首を振った。

「甘いのは、好き」

一拍。

「でも——」



沈黙が落ちる。



「……わかんない」

ルナミナの声は、小さかった。

少しだけ間があってから——

「ええ。それでいいのよ」

アリアは、穏やかに答えた。



「相入れないと思ったものが、 意外といい塩梅になることもあるの」



ルナミナは、何も言わない。

ただ——

皿は、空になっていた。



帰り際。

ルナミナが、ほんの少しだけ振り返る。



アリアは、包みをひとつ差し出した。

「持っていきなさい」

それだけ。



ルナミナは受け取る。

その手が、わずかに止まる。



「……それ」

アリアが、少しだけ視線を逸らして言う。

「一人で食べる味じゃないわよ」



沈黙。



ルナミナは、何も答えない。

けれど——

包みは、しっかりと握られていた。



夜の街に、甘い香りだけが残った。



【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は少し静かな外伝でした。

甘さと苦さ。相反するものが混ざることで生まれる“味”。

それが人にも当てはまるのかどうか——答えは、まだ先にあるのかもしれません。

そして、あの包みがどうなるのかは——また別の機会に。


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ここまで読んでいただきありがとうございます。
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【第2章】まとめページ
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