【本編】 第1章第1話〜第3話
第1話〜第3話
第一章 はじまりのバグ
第一話 再起動しますか?
再起動しますか?
プツン――。
まるでパソコンの強制終了のように、
私の視界は真っ黒な闇に沈んだ。
……ああ、死んだ。
どうやら私は死んだらしい。
理由はたぶん、過労。
会社は倒産寸前。
残務処理は山積み。
締切は地獄。
ついでに私のコミュニケーション能力は、
初期装備から欠落している。
会社からも同僚からもろくな説明はなく、
終わりの見えない仕事に忙殺されていた。
……まあ、そういう人生だった。
私の名前は 高瀬 真琴。
テクニカルライター歴十五年。
二十七歳。
そして独身歴も二十七年の未婚女性。
――死んだ。
どうやら本当に死んだらしい。
取扱説明書を書くのが仕事だった。
電子レンジから産業機械まで、
だいたい何でも説明できる。
……ただし。
人生の取扱説明書だけは、
最後まで見つからなかった。
そんなことをぼんやり考えていると、
突然。
頭の中に声が響いた。
『再起動しますか?』
……まず状況説明が欲しい。
「再起動?
私はパソコンですか?」
理不尽な現状に苛立っていたのだろう。
言葉選びが少し攻撃的だった。
すると、慌てたような声が返ってきた。
『怒らないで聞いてください』
姿は見えない。
だが焦りは十分伝わってくる。
私は眉をひそめた。
奥二重で眼鏡の私は、
目つきが悪いと昔から言われている。
――ほっとけ。
「状況説明を」
『……したいのは山々なのですが、
あまり時間がなくて』
『とりあえず貴方を強制的に
私の世界へ転生させます』
「転生?
あのライトノベル的な?」
『はい!その転生です!』
……元気だな。
「“よろしいですか?”って
私に選択権あるの?」
『いえ、ありません』
少し間が空いた。
『……いや、あるのかな?
死 or 転生的な?』
「眠れるなら、死でもいいわ」
『いやいやいや困ります!
僕が非常に困ります!』
『もう他の方を選別している
時間も余裕もないのです!』
姿は見えないが、
かなり焦っている。
「ふーん」
私は腕を組んだ。
「まあ私も可愛らしい年齢は過ぎたし、
行く年月も長くない」
「条件によっては
転生もやぶさかではないわ」
『お願いします!』
さっきまで「私」だった声が
いつの間にか「僕」になっている。
『僕のできることなら
なんでもしますから!』
……一人称変わってる。
「性別、男?」
『性別は無いんです』
「は?」
『人間じゃないので』
なるほど。
「じゃあ、考えてることも読める?」
『この空間だけです』
『じゃないと僕の意識が
疲弊しちゃうので』
どうやらここは
地球ではないらしい。
転生先もおそらく――
「異世界?」
『合ってます!』
やけに嬉しそうだ。
「時間がないっていうのは
世界的な問題?
それともあなた個人の事情?」
『……両方です』
声のトーンが少し落ちた。
『僕の世界は今、
少しずつ壊れています』
『僕はまだ若い管理者で、
世界の構築が甘いと
他の管理者にも言われています』
『でも、もう時間がない』
『あなたに
僕の世界を救ってほしい』
……救世主案件だった。
「そういうのは」
私はため息をつく。
「宗教的に高尚な人を
選ぶべきでは?」
「私は道端のホームレスに
同情しないタイプよ?」
『聖人や聖女も居ます』
『でも』
『僕の全能力を総動員して
選ばれたのがあなたでした』
『魔法もない地球の
若くもない女性』
『僕の方こそ
なぜ?なんです』
「若くもなくて悪かったわね」
『いや違います!』
『僕の世界では寿命が違うので
あなたはとても若いです!』
『少女です!』
……空間に冷たい視線を向けた。
「とりあえず確認」
「あなたの世界に転生するのね?」
「ラノベ的に
剣とか魔法とか聖なる力とか
くれるわけ?」
『剣も魔法も聖力もある世界です』
『錬金術もあります』
期待が膨らむ。
しかし次の言葉で砕かれた。
『でも、あなたには
それらを付与できません』
「えー」
思わず本音が出た。
「魔法使ってみたい」
『生まれながらの
内なる割合があるんです』
『転生しました
魔法暴走しました
では困るでしょう?』
「じゃどうするのよ?」
私は腕を組んだ。
「この歳で知らない世界に
無一文で放り出されたくない」
「最低限
スローライフくらい保証しなさい」
『さりげなくスローライフ望んでますねこの人』
「どっちが理不尽よ!」
『まあ聞いてください』
『付与はできません』
『ですが』
『代わりに――
魔法の状態を“見る力”を与えます』
一瞬、沈黙。
「……見る?」
『はい』
『この世界の魔法は
詠唱ミスが蔓延しています』
『いわばバグです』
『あなたには
正しい魔法の取扱説明書を
作ってほしいのです』
……なるほど。
私は思わず頷いた。
「つまり」
「世界に蔓延している
間違った魔法を」
「私が修正するってこと?」
『その通りです』
『その代わりに
鑑定眼を付与します』
『相手の状態は
それで確認できます』
「魔法の方がいい」
『だから無理なんです!』
力不足の気配が
ひしひし伝わってくる。
私は大きく息を吐いた。
「……つまり」
「残念な世界ってことね」
『悪かったですね!』
『でも僕の世界なんです!』
……まあいい。
私は肩をすくめた。
「分かった」
「行ってあげる」
「でも衣食住くらいは
用意してよ?」
『はい!』
『準備は万全!
力は不全!』
『愛すべき僕の世界を
よろしくお願いします!』
――はあ。
大きくため息をついた瞬間。
私の意識は再び途切れた。
今度は
真っ白な光の中へ。
そしてその瞬間。
私の視界に
見たことのない文字が浮かんだ。
《魔法ログ》
転生処理 開始
――え?
⸻
第二話 魔法ログ
――冷たい。
頬に触れる空気が、ひどく冷たい。
青くさい匂いが鼻をかすめる。
土の上に寝かされているのか?
「……さむ」
小さく呟いた瞬間、全身に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
息を吸うだけで胸が痛む。
体は鉛のように重く、指先すら思うように動かない。
私はゆっくりと目を開けた。
視界に広がったのは――青空だった。
高い空。
その下で、背の高い木々が風に揺れている。
……森?
状況を理解しようとした、その時。
「フィオナ! 動くな!」
鋭い男の声が響いた。
「もう治癒魔法は使うな!」
「でも、レオンハルト……!」
今度は女性の声。
どこか必死な響きがある。
私はゆっくりと首を動かした。
そして視界に入ったものに、思わず呟いた。
「……マジか」
巨大な獣。
狼のような姿をしているが、体は馬ほどもある。
牙は剣のように長く、赤い目がこちらを睨んでいた。
どう見ても普通の生き物ではない。
異世界転生。
理解はしていた。
していたけれど。
初手これ?
難易度が高すぎない?
衣食住は?
私のスローライフは?
その時だった。
視界の端に、突然文字が浮かんだ。
《魔法ログ》
《対象:治癒魔法》
《詠唱エラー率:32%》
《魔力損失:68%》
「……は?」
思わず声が出た。
ログ?
しかも、パーセンテージ表示。
完全にデバッグ画面だ。
私は小さく呟いた。
「魔法……効率悪すぎ」
その瞬間。
白いローブの女性がこちらを見た。
金色の髪が光を受けて輝く。
透き通るような肌、整いすぎた顔立ち。
……美人だ。
とんでもない美人。
彼女は驚いた表情で言った。
「目が覚めたの?」
その横で、剣を構えていた男が叫ぶ。
「今は話すな!」
金髪の騎士だった。
背が高く、体格もいい。
それなのに表情は妙に明るい。
戦闘中なのに、楽しそうにすら見える。
「大丈夫だ!」
彼は笑った。
「俺がなんとかする!」
……能天気。
その時、彼の身体から魔力が立ち上った。
視界に再び文字が浮かぶ。
《魔法ログ》
《対象:火炎魔法》
《詠唱開始》
《構文エラー:確認》
《出力低下:45%》
私は思わず声を上げた。
「それ」
騎士が振り向く。
「ん?」
「三行目、間違ってる」
沈黙。
騎士は目を瞬かせた。
「三行目?」
私はため息をついた。
「“燃え盛る炎よ”の後」
「“我が敵を焼き尽くせ”じゃなくて」
「“我が敵を貫け”」
騎士はぽかんと口を開けた。
「え?」
その瞬間、頭の奥で声が響いた。
――オルフェウス。
『今です!』
『乗っ取ってください!』
私は肩をすくめた。
「仕方ないわね」
痛む身体を無理やり起こす。
片手を騎士へ向けた。
魔法陣が、淡く浮かび上がる。
「一緒に言って」
騎士が戸惑う。
「火よ」
「火よ」
「敵を――」
「敵を――」
貫け。
次の瞬間。
轟音。
炎が一直線に走った。
槍のように鋭い火炎が魔獣の体を貫き、
大地を揺らす爆発が起こる。
土煙が舞い上がった。
やがて。
巨大な魔獣の体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
森が静まり返った。
騎士が呆然と呟く。
「……今」
「俺の魔法?」
白いローブの女性も目を丸くしている。
「詠唱……違いましたよね?」
私は空を見上げた。
そして言う。
「だから言ったでしょ」
「構文ミス」
二人は顔を見合わせた。
しばらくしてから、騎士が突然笑顔になった。
「すげぇな!」
私は眉をひそめる。
「何が」
「今の魔法!」
彼は満面の笑みで言った。
「めちゃくちゃ格好よかった!」
……そこ?
「それはよかった」
「でも過信しちゃダメ」
「間違った取説は、無駄の極み」
言いながら、私の体は後ろに倒れた。
限界だったらしい。
フィオナが小さく呟く。
「あらまぁ」
その時だった。
フィオナの体がふらりと揺れる。
「フィオナ!」
騎士が慌てて支えた。
私の視界に再びログが浮かぶ。
《魔法ログ》
《聖力残量:12%》
《魔力消耗:過剰》
《原因:詠唱効率低下》
私は小さく呟いた。
「……やっぱり」
フィオナがこちらを見る。
「どうしました?」
「その魔法」
私は淡々と言った。
「効率悪すぎ」
騎士が首を傾げる。
「え?」
「半分の詠唱でいい」
フィオナは目を丸くした。
「あらまぁ……」
私は空を見上げる。
どうやら。
私の異世界生活は――
かなり面倒なことになりそうだった。
⸻
第三話 森から神殿へ
辺りに異常は見られず、神殿関係者や従者として来ていた騎士たちも、帰り支度を始めていた。
「真琴、もう体調は大丈夫?」
「フィオナ、ありがとう。もう大丈夫よ」
私はとりあえず、フィオナには両親が亡くなり、王都へ仕事を探しに旅していた途中だと話を作った。
神殿も王都にあり、彼女が一緒に来てくれることになったのだ。
自分の持ち物を確認する。小さな革のトランクだ。
・衣:この世界の一般的な
娘衣装
・食:簡易保存食のパンと
生ぬるい水の入った水筒
・住:着替え一着に毛布一枚とお金
――衣食住、元の生活より悪いじゃないか。
少し絶望的な気分になる。
「私のスローライフはどうなったのよ……」
小さな声で独り言を吐く。
その時、レオンハルトが笑顔でやってきた。
「もう準備はできた?」
「ええ、大丈夫よ」
言い終わらないうちに、草むらからガサッと音がした。
レオンハルトは剣に手を添え、鋭い声を上げる。
「誰だ?」
音の正体は――全身黒尽くめ、三角帽子に尖った嘴のマスクをつけた人間だった。
中世ヨーロッパでペスト医師が被ったというマスクを思い浮かべる。夜に見たら悲鳴ものだ。
「キャー!」
フィオナが驚いて倒れる。
「大丈夫。気絶しただけだ」
レオンハルトが彼女を抱え、私は少し呆然とする。
「すまない。私はヴィクトル。王城勤務の研究員だ。今回の魔獣の報告が王城にも届き、調査に参加していたが、騎士たちとは逸れた」
「こちらにも報告は来ていた。皆無事だとさ」
「そうか」
ヴィクトルは帽子とマスクを外し、片目にモノクルをかける。
「汚染された魔獣から魔石は見つからなかったな」
どうやらレオンハルトが倒した魔獣を観察していたらしい。
「元は普通の狼のようだった。魔石はなかったのだろう」
レオンハルトも頷く。
――なるほど。普通の魔獣からは魔石が取れるのか。
私は黙って話を聞いていた。
「ところで、先ほど魔獣を倒したのは君だろう?」
ヴィクトルはレオンハルトに問いかける。
「ああ、トドメは魔法だった。もし魔石があったとしても、黒焦げになったかもな」
「ふむ……あの威力の魔法も含めて興味深いな」
「あー、あの魔法は俺だけじゃない。真琴との合わせ技だ」
「合わせ技?」
「ちょっと!レオンハルトやめて!困るから」
「何言ってるだよ。俺だけの手柄じゃない」
ヴィクトルの眼鏡が光った。
「聞かせてもらおうか、その合わせ技の魔法とやらを。非常に興味深い」
ヴィクトルは魔獣が倒れた場所へ歩き、焦げた地面をしゃがみ込んで観察した。
モノクル越しに土を指でなぞる。
「妙だな……」
「何がだ?」レオンハルトが聞く。
「通常、火炎魔法はここまで均一に燃焼しない。術者の魔力の揺らぎで出力にばらつきが出るものだ」
ヴィクトルは立ち上がり、今度は真琴を見た。
「だが、この燃焼跡は違う。まるで――術式が調整されているようだ」
私は思わず視線を逸らした。
「……偶然じゃないの?」
「偶然でこうはならない」
ヴィクトルは興味深そうに顎に手を当てた。
「君、魔術学院の出身ではないな?」
「ち、違うわよ」
「ふむ……それなのに術式の精度が妙に高い」
モノクルの奥の目が細くなる。
「――面白い」
私は小さくため息をつき、魔法ログを確認した。
《魔法ログ:火炎魔法》
《発動者:レオンハルト+真琴》
《詠唱エラー率:12%》
《構文確認:燃え盛る炎よ → 我が敵を貫け》
《出力効率:最適》
――なるほど、やはり構文ミスが少しあったようだ。
「仕方ないわね」
真琴は腕を掲げ、魔法陣を描く。
空中に描かれた魔法陣。知識は無くとも自動で描かれる仕様らしい。
「火よ」
「火よ」
「敵を……」
「敵を――」
貫け。
炎が槍のように飛び、爆発が起こる。
土煙が舞い上がり、的にした岩が崩れ落ちた。
レオンハルトは剣を握ったまま呆然とする。
「……今の魔法、やっぱり俺の?」
気絶から意識を戻していたフィオナも目を丸くした。
「あらまぁ……」
私は空を見上げ、静かに呟いた。
――この異世界、ただのスローライフでは済まない予感がする。
その時、神殿から出立の号令が届き、森での騒ぎは一段落した。
フィオナも歩き出す。ヴィクトルも森の観察を終え、神殿へ同行することになった。
神殿関係者とその護衛、王都騎士団と調査団の一行は、なかなかの人数になっている。
「フィオナ、この森は王都からどのくらい離れているの?」
真琴は地図も持っていない。地理の情報は欲しい。
「この森は辺境と呼ばれる所よ。近くの辺境伯領地に入ったら、馬車を借りて王都を目指します」
フィオナは少し言いづらそうに続けた。
「普通は馬車なんて贅沢って言われるのだけど、神殿のお仕事を私は担っているから……」
最後の言葉あたりでフィオナの表情が曇った。
横からレオンハルトが補足する。
「フィオナは貴重な治療術師なんだ。だから神殿も都合よく使いやがる」
苦虫を噛み潰したような顔だ。
「まあ、兎に角早く戻って働けって言われてるんだ。馬車はおざなりのええかっこしいだろうさ」
どうやら神殿はフィオナを本当は辺境へよこしたくなかったらしい。だが辺境は国境の要。宗教的にも大事な拠点なのだという。
やがて歩いて辺境伯領地に辿り着いた。
山間の地形を活かし、高い塀が張り巡らされている。
そこへ一人の兵士が走ってきた。息も絶え絶えだ。
「調査隊の皆様と存じます。辺境伯領主様からお話があると……」
何か事態があったのか、領主から呼ばれてしまった。
フィオナは神殿の使者として。
ヴィクトルは王城研究所の使者として同行する。
ヴィクトルって意外とお偉いさんらしい。
レオンハルトと私は、休憩がてら街へ行くことにした。
――異世界の街。
それは少し、興味がある。
ーーーーーーーーーー
←次の話
続きが気になったら、スキやフォローしていただけると嬉しいです。
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