【雲間月怪異譚】 第15話

【雲間月怪異譚】第15話 雉も鳴かずば撃たれまい②


※注意※

本作『雲間月怪異譚』には、
怪異・都市伝説・因習・和風ホラー表現が含まれます。

薄暗い話や、
“じわりと嫌な感じ”のする話が苦手な方は、
どうか無理をなさらず回れ右でお願いします。

それでも覗いてくださる方は――
どうぞ、雲間の怪異譚へ。

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「だれかーと聞けば、だれもーって帰ってくる感じかな」

「何かの力が働いていると?」

「10年過ぎてもさ、あの高校生の時代って濃いのよ」

「保くんは、バンド活動してませんでしたっけ?」

「黒歴史拾わないで💦」

三日月保は、高校時代に仲の良い友人たちと
バンドを組んでいた。
夢に向かって、頑張っていた時代。
思いだしても甘酸っぱい青春だったのかな。
その後の悲しい結末の時までにさ。

今は、その話は別の話である。

「斎藤はさ……」

保がそこで一瞬、言葉を探すように視線を泳がせた。

「……いや」

クロウがカップを置く音がやけに響く。

「どうしたんです?」

「いや、今、言おうとしたことがさ」

「うん」

「出てこないんだよ」

沈黙が落ちる。

クロウは眉をひそめた。

「言い淀みじゃなくて?」

「違う。喉まで来てるのに、そこだけ“ない”」

保は自分の喉元を指で軽く押さえた。

「単語が抜けるっていうより、そこに“穴”が空いてる感じ」

クロウの視線が、ほんの少しだけ鋭くなる。

「その“穴”って、いつからです?」

「分からない。でも……さっきの話してた時からずっと、引っかかってた気もする」

保は苦笑しようとして、うまく笑えなかった。

「さっきのバンドの話とかさ、普通に思い出せるのに」

「うん」

「斎藤の話になると、急に繋がらなくなる」

クロウはスマホを手に取る。

画面はまだ斎藤テクノの検索結果のまま。

指が止まった。

「……これ、変ですね」

「何が?」

「検索結果はあるのに、“話題として繋がらない”」

保が小さく笑った。

「だろ?変なんだよ、この感じ」

クロウはスマホを伏せた。

「保さん、それたぶん」

一拍置く。

「“知識の欠損”じゃないです」

「じゃあ何だよ」

クロウは、少しだけ声を落とした。

「“語ろうとした瞬間に削られてる”」

その言葉だけが、やけに部屋に残った。



「斎藤はさ……」

保がそこまで言って、また止まった。

今度は、言い淀みじゃない。

ほんの一瞬だけ、目の焦点がずれた。

「……あれ?」

クロウが小さく息を止める。

「どうしました?」

「いや……今、何の話してたっけ」

「斎藤の話です」

「そう、それ」

保は頷きかけて──そこでまた止まった。

「斎藤の……」

そこから先が、出てこない。

喉の奥に引っかかっているのに、形にならない。

「……何だっけな」

クロウは黙ったまま、保を見ている。

いつもの冗談も、茶化しも入らない視線。

保は笑ってごまかそうとして、失敗した。

「変だな。さっきまで普通に話してたのに」

クロウがゆっくりとスマホを持ち上げる。

画面には、さっきまで確かにあったはずの検索履歴が残っている。

斎藤テクノ

その文字列だけが、やけに静かにそこにあった。

「……消えてないですね」

クロウが呟く。

「うん。あるのにさ」

保は頭を軽く押さえた。

「話にしようとすると、そこだけ抜ける」

その瞬間だった。

クロウの指が、ほんの一瞬だけ止まる。

「……あれ」

「どうした?」

「今、自分も」

クロウは画面を見つめたまま、言葉を探す。

「さっきから、この会社の話……何を調べてたんでしたっけ」

保の背中に、妙な寒気が走る。

「いや、それは俺が──」

言いかけて、保も止まった。

“俺が何を言おうとした?”

沈黙が、少しだけ長くなる。

部屋の中で、時計の音だけが妙に大きい。

「……まあいいか」

保が唐突に言った。

「結婚式のスピーチの話だったし」

「そうですね」

クロウも、何事もなかったようにカップを持ち直す。

さっきまでの引っかかりは、すでにどこにもない。

ただ。

テーブルの上のスマホだけが、まだ画面を開いたままそこにあった。



夜、クロウは自室に戻って雲外鏡爺にこの保の話をした。

雲外鏡爺は、なるほどと言わんばかりに顎の髭をすりすりしながら頷いた。

「それはのう……やまびこに近いかもしれんのう」

「あの、山でやっほーって叫ぶ?」

「ああ、山でヤッホーと叫ぶ。ヤッホーと返ってくる。普通はそう思うじゃろうな」

雲外鏡爺は酒を一口飲む。肴は燻製の鴨ハムだった。

「じゃがの、山は必ずしも同じ声を返すとは限らん」

「違う声が返ってくると?」

「違うというより、“同じに聞こえなくなる”と言った方が近いかの」

爺はゆっくりと盃を回した。

「雉もまた同じよ。鳴いたから撃たれる、という単純な話ではない」

「どういうことです?」

「鳴いたあとに、“意味が変わる場所”があるんじゃ」

クロウは黙る。

爺は続けた。

「そこに入った声はの、出した者のものではなくなる」

「……戻ってこないってことですか?」

「戻ってはくる。ただし同じ形ではない」

雲外鏡爺はそこで、ふっと笑った。

「雉も鳴かずば撃たれまい、とはよう言うがの」

「ええ」

「鳴かんかった雉は、本当に撃たれずに済んでおるかは誰にも分からんのよ」

部屋の空気が、わずかに冷えた気がした。

クロウは、保に雲外鏡爺の言葉を伝えた。

「悪い影響が出る前に、仲直りした方が良い。とさ」

「まだ間に合うかな?」

「それも含めてスピーチしてもいいんじゃない?
怪談はお手のものでしょう」

クロウは、保にそう言って笑った。

夜、クロウは自室でスピーチの原稿を確認and校正していた。

保から預かったメモを、なんとなく開く。

そこには、式の流れと、軽い冗談、同級生たちの名前が並んでいる。

特に問題はない──はずだった。

クロウは、ふと違和感に気づいた。

「……あれ」

一行、空白がある。

文章の途中で、ぽっかりと何も書かれていない部分がある。

不自然ではないのに、不自然だった。

「ここ……何書く予定だったんです?」

翌朝、保に聞いた。

保はメモを一瞥して、首をかしげる。

「どこ?」

「この空いてるところ」

「……え?」

保はしばらく見つめて、軽く笑った。

「いや、元からそういうメモだよ」

「でも、昨日ここ見たときは──」

言いかけて、クロウは止まる。

昨日“見た気がする内容”が、うまく思い出せない。

確かに何かがあったはずなのに。

指先だけが、そこに触れた記憶を残している。

クロウは小さく息を吐いた。

「……まあ、いいです」

そう言ってメモを閉じた。

その瞬間だった。

机の上の別の紙に、クロウの視線が落ちる。

さっきまで気づかなかった。

そこには、保の字で一行だけ書かれていた。

──空白。

ただそれだけが、きれいに整った文字で残っていた。

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