【雲間月怪異譚】 幕間④
【雲間月怪異譚】幕間④
閑話休題というか番の話?
※注意※
イラストは、AIが生成しています。
本作『雲間月怪異譚』には、
怪異・都市伝説・因習・和風ホラー表現が含まれます。
薄暗い話や、
“じわりと嫌な感じ”のする話が苦手な方は、
どうか無理をなさらず回れ右でお願いします。
それでも覗いてくださる方は――
どうぞ、雲間の怪異譚へ。
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お忘れ気味な事で
実は、うちには猫と犬がいます。
雑種猫のサビ猫、ノアール(10歳)と
黒いプーリー犬、ジョリィ(見た目は動くモップ)です。
ノアールは、お腹が空いた時間以外は、
窓の木製窓台が定位置。
犬のジョリィは、食いしん坊。クロウの後について回り、
おこぼれをもらおうと見張っている。
そんな二匹が特に反応するのが
保の地方お土産。
保の地方でのお仕事は、大概マイカーで行く。
車で行く時は、道の駅に必ず寄る。
その地方の特産品やお土産は高速のSAより
こちらの方が多い。
手作り味噌や漬物系に目がなく、
さらに海沿いならば、干物や燻製系も外さない。
車の音がすればすっ飛んでくる。
保は、下戸だけれど
酒の肴は大好きだ。
クロウは、その辺りを踏まえて
みんなが楽しめるおつまみ作りに忙しい。
だって、そんな美味しそうなものは、
蔵の中の雲外鏡爺も黙っているわけががないからだ。
車の音がした。
もう、保の運転の癖の音、駐車場からの距離
玄関前で二匹は待っている。
ノアールは、気にしてませんよ風にツンデレ。
ジョリィは、尻尾フリフリの動く黒モップ。
だがこの日、保の帰りはいつもと違っていた。
まず、車の音が違った。
エンジン音そのものではない。速度でもない。
もっと曖昧な、“間”のズレだ。
ジョリィの尻尾が、一瞬だけ止まる。
……ん?
とでも言いたげに、玄関の方へ伸ばしていた首を傾げる。
ノアールは窓台の上で目を細めたまま動かない。
ただ、耳だけがぴくりと外に向いた。
次の瞬間。
車が停まる音が、いつもより少し遅れて届いた。
「遅いね」
クロウが台所の奥で、包丁を止めずに呟く。
誰にともなく、だが確かに“いつもと違う”を拾っている声だった。
ジョリィが低く喉を鳴らす。
それは警戒というより、期待の混ざった確認の音だ。
――ガチャ。
玄関の鍵が回る。
だが、開くまでのわずかな間が長い。
その“間”に、空気が一段だけ冷える。
ノアールの尻尾が、ゆっくり一度だけ揺れた。
そして。
扉が開いた。
保が立っていた。
いつも通りの顔。
いつも通りの服装。
いつも通りの、道の駅の袋。
それなのに。
ジョリィは一歩、踏み出さなかった。
代わりに、鼻先だけを伸ばす。
空気を嗅ぐ。
そして小さく、唸った。
――違う。
何が、とは言えないままの“違い”が、そこにあった。
保は軽く笑った。
「ただいま」
その声は、いつもと同じだった。
なのに。
ノアールは初めて、窓台から降りた。
そして、毛がさかだった。
二匹は、保に「入るな!」とした。
⸻
「保、そのまま」
クロウが言った。
「え?」
ジャケットに手をかけかけた保の動きが止まる。
クロウはそのまま玄関へと歩み寄り、躊躇なく手を伸ばした。
次の瞬間。
ばさり、と。
粗塩の袋がひっくり返る。
「ちょっ――!」
保の頭から肩にかけて、白い粒が雨のように落ちた。
「酷いって!」
「二匹に感謝しなさい」
クロウの声は淡々としているのに、冗談には聞こえない温度があった。
「うちに“持ち込んだ”の、自覚ある?」
「いや、だから仕事で――」
言いかけた保の言葉を遮るように。
ジョリィが、低く唸った。
喉の奥の、砂を擦るような音。
ノアールはすでに窓台ではない。
床に降り、保の足元ではなく“少し外れた位置”を見ている。
そこには、何もない。
何もないはずの、空間。
なのに、空気の輪郭だけがわずかに歪んでいた。
クロウは玄関の敷居の外に、塩をもう一掴み撒いた。
「今日はどこ?」
「どこって……山の方の、古い倉庫整理だけど」
保はたまにそんな時短アルバイトを入れる。
紹介であったり、登録された派遣会社だったり、
無名の時代から世話になってるからって
そんな仕事を止める気持ちはないようだ。
話を戻して、その瞬間だった。
ノアールの背中の毛が、はっきりと逆立つ。
ジョリィが一歩だけ後退る。
“見えない何か”が、保の影に貼りついている。
そんな気配。
クロウは小さく息を吐いた。
「……やっぱりね」
「何が?」
保の声が少しだけ上ずる。
クロウは玄関の外を見たまま言った。
「倉庫じゃなくて、“倉庫の奥”まで行ったでしょ」
「……」
沈黙。
それが答えだった。
クロウは振り返り、保を見る。
その目だけが、少しだけ冷えていた。
「そこ、まだ“封が生きてる場所”だった」
ジョリィが低く鳴く。
ノアールが、初めて保の真正面を見た。
そして――
その視線は、保ではなく。
保の“少し後ろ”に向いていた。
保の沈黙が、少し長くなる。
その間、ジョリィは動かない。
吠えもしない。ただ、喉の奥で砂を擦るような音だけを鳴らし続けている。
ノアールは、保の真正面を見ていなかった。
見ているのは、その背後。
正確には、背後に“張り付いている何か”の輪郭。
そこだけ、光がほんの少しだけ遅れている。
クロウは視線を外さないまま続けた。
「保の仕事、たまにそういうの入るの知ってる」
その言い方は責めていない。
むしろ“前提として扱っている”口調だった。
「紹介とか、派遣とか……表向きは普通の片付けとか、調査とか」
そこで一度だけ、クロウの目が細くなる。
「でもね」
塩の粒が、玄関の敷居の上でわずかに軋む。
「“奥まで行く案件”だけは別」
保が息を呑む。
ジョリィが小さく一歩、横にずれた。
逃げではない。位置取りだ。
ノアールが、低く唸る。
クロウは静かに言った。
「そこはね、片付ける場所じゃない」
「……じゃあ、何なんだよ」
保の声が少しだけ硬くなる。
クロウはようやく保を見た。
その目は、怒っていない。
でも、曖昧さを許していなかった。
「“封がまだ呼吸してる場所”」
その瞬間。
玄関の空気が、ほんの一段だけ重くなる。
見えない“何か”が、保の影の中で、わずかに動いた。
ジョリィが歯を見せる。
ノアールの尻尾が、床を一度叩いた。
――警告。
クロウは続ける。
「今日のそれは、持ち帰っちゃいけないやつ」
「……持ち帰るって、俺は何も――」
言いかけた保の言葉が止まる。
自分の影が、ほんの少し“遅れている”ことに気づいたからだ。
動いたあとに、もう一つ遅れて動く影。
そこに、余分な“層”がある。
保の喉が鳴る。
「……何だよ、これ」
クロウは一歩だけ近づく。
そして、塩の線の内側から静かに言った。
「それを“開けて帰ってきた”ってこと」
ジョリィが吠えかけて――
やめる。
代わりに、玄関の外を向いた。
見えない“外側”の気配が、ほんの少しだけ濃くなる。
ノアールが、保の背後に向かって低く一声だけ鳴いた。
まるでこう言うみたいに。
――まだ、出てくるな。
⸻
クロウは一度だけ、息を吐いた。
そして、玄関の敷居の内側にしゃがむ。
「……仕方ないね」
その声は、諦めじゃない。
“作業開始の合図”だった。
クロウは手を伸ばす。
その指先が、空気の一点をなぞる。
すると――
そこだけ、ほんのわずかに濁る。
まるで水の中に墨を落としたみたいに。
「ジョリィ」
低く呼ぶ。
黒いモップみたいな犬は、即座に動いた。
さっきまでの食いしん坊の顔は消えている。
完全に“仕事の顔”だ。
玄関の外側に回り込み、低く構える。
「ノアール」
次に呼ばれた瞬間。
サビ猫は一度だけ瞬きをしたあと、音もなく床を蹴った。
窓台の上の怠惰はもうない。
彼女は保の影の“少し後ろ”を睨みながら、低く身を沈める。
その様子を見て、保はようやく気づく。
「……お前ら、何して――」
「動かないで」
クロウが短く言う。
その声は、いつもの台所の声じゃない。
“場を制御する声”だった。
クロウは玄関の敷居に、塩で線を引く。
ゆっくりと、正確に。
「今からやるのは回収じゃない」
一拍。
「“封の再固定”」
ジョリィが低く吠える。
その声は外に向かっている。
見えない“外側”へ。
ノアールは逆に、内側――保の影へ圧をかけるように一歩踏み込む。
その瞬間だった。
保の背後の空間が、ほんの少しだけ“膨らんだ”。
「……っ」
保が反射的に後ろを振り向きかける。
クロウの声が重なる。
「見るな」
「でも――」
「見えないから、運べるんだ」
クロウは淡々と言う。
そして、少しだけ視線を落とした。
「保は霊感ないでしょ。だから平気で持って帰ってこれる」
保の喉が詰まる。
「じゃあ……俺は何を……」
クロウは答えない。
代わりに、犬と猫を見た。
その目には、少しだけ柔らかさが戻る。
「この子たちがいるから、私がここにいられるんだよ」
一拍。
「普通の家じゃ無理。全部開く」
ジョリィが一瞬だけ尻尾を振る。
戦闘態勢のままの、承認のサイン。
ノアールは、ただ静かに“そこにいる何か”を押さえ続けている。
クロウは塩の線の中央に手を置いた。
「だからね、保」
初めて少しだけ視線を向ける。
「あなたが仕事してる間、私は“これ”の番をしてる」
その瞬間、保はようやく理解しきれないまま理解する。
この家は。
安全な場所じゃない。
安全に“保たれている場所”だ。
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