BPB File-000-07
BPB File 000-07 新規メンバー
マジックミラーのようなサングラスを掛けた男が、通勤途中の篠崎颯太の腕を掴み、静かに言った。
「私は、貴方と話がしたい」
朝の雑踏の中で、まったく面識のない相手だった。
理由を尋ねても、男は短く答えただけだった。
「場所を変えましょう」
半ば強引に腕を引かれ、篠崎はため息をつく。
仕方なく大石リーダーへ電話を入れ、事情を説明すると、途中のカフェへ場所を移すことになった。
「僕が仕事に遅刻するだけの、正当な理由になる話なんでしょうね?」
男は頷いた。
「話を聞いていただければ、その後は貴方の指定する場所へ同行します。きっと、貴方にとっても興味深い話になるはずです。」
結局、珈琲一杯で一時間近く付き合うことになった。
だが、その話は篠崎颯太だけでなく、BPBという組織にとっても見過ごせない内容だった。
男の名は、渡辺唯臣。
カフェの中でもサングラスを外さない、その姿だけでも十分に異様だった。
「僕は学校へ通ったことがありません。」
唐突な告白だった。
「だから君たちの言う常識から外れた部分があるかもしれない。そこは許してほしい。」
「それも、これから話すことと関係があるのかい?」
「あります。それも、とても深く。」
渡辺は珈琲を見つめながら続けた。
「今でこそ、このサングラスのおかげで外出を許されるようになりました。でも幼い頃は、それこそ座敷牢のような部屋に閉じ込められて育ったんです。」
「現代で座敷牢とは……横溝正史や江戸川乱歩の世界みたいだね。」
「できれば、サスペンスホラーと言っていただきたい。」
「冗談を言うなら、僕は仕事へ行きたいんだけど?」
「失礼しました。」
渡辺は小さく頭を下げた。
「僕は、ずっと君を探していたんです。この間、リバーサイド・城田へ来ていましたね?」
篠崎の表情が変わる。
あの事件は、いまだ監査継続中。
一般人が知っていていい話ではない。
「警戒しないでください。僕が必要としているのは、怪異を解決できる組織の紹介です。」
「怪異の解決?」
篠崎は聞き返した。
「君は、この数か月で何度も怪異の現場へ姿を現している。」
渡辺はまっすぐ篠崎を見つめる。
「しかも、強烈な輝きを放ちながら。」
「強烈な輝きって何だ?」
心当たりなど一つもない。
「おや……気づいていないんですか。」
渡辺は少しだけ驚いたように言った。
「君は怪異から見れば、とても眩しい集光を放っています。」
「怪異は、光を食べる。」
静かな一言だった。
「光?」
「正確には、人間には見えない”位相の光”です。」
渡辺は自分の胸を軽く叩いた。
「君の周囲では、それが渦を巻いている。」
篠崎は思わず笑った。
「宗教の勧誘なら遠慮したい。」
「そう思うでしょう。」
渡辺は否定も肯定もせず、珈琲を一口飲んだ。
「私の眼は、人の顔を見ているわけではありません。」
「じゃあ、何を見ている?」
「残光です。」
「……残光?」
「人が歩いたあとに残る、生きた痕跡。怪異が触れた跡。精霊が通った跡。そして――」
サングラス越しに、まっすぐ篠崎を見る。
「怪異が最も欲しがる光です。」
「意味が分からない。」
「当然です。」
渡辺はポケットから古びた地図を取り出した。
日本地図には、無数の赤い印が記されている。
「これは?」
「私が見つけた怪異の巣です。」
「……全部?」
「三百二十七か所。」
篠崎は息を呑んだ。
「全部、この眼で見つけました。」
「そんな馬鹿な……。」
「馬鹿げているからこそ、私は家から出られなかった。」
渡辺は静かに続けた。
「渡辺家では、この眼を**蜻蛉眼(せいれいがん)**と呼びます。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて渡辺は、ゆっくりとサングラスへ手を掛けた。
「君は、この眼を見ても悲鳴を上げませんか?」
「待って。」
篠崎は反射的に制した。
「見せる必要があるのか?」
「信用していただくためには。」
ゆっくりとサングラスが外される。
そこにあったのは、人間の瞳ではなかった。
幾千もの六角形が重なり合う、深い琥珀色の複眼。
光を受けるたび、一つひとつの小さな瞳が、それぞれ違う景色を映している。
篠崎は言葉を失った。
「……蜻蛉。」
「ええ。」
渡辺は静かに頷く。
「これが、渡辺家が数百年にわたり隠し続けてきた”眼”です。」
再びサングラスを掛けると、渡辺は深く頭を下げた。
「この眼は、人を縛るためではなく、人を救うために使われるべきだと僕は信じています。」
一度だけ息を吸い、覚悟を決めたように篠崎を見つめる。
「だから、お願いします。」
「僕を……BPBへ連れて行ってください。」
◆◆◆
BPB FILE 000-07
CASE:蜻蛉眼保持者・「渡辺唯臣」
分類:特殊観測対象
危険度:未判定
接触担当:篠崎颯太
概要:
対象者、渡辺唯臣は特殊視覚能力「蜻蛉眼」を有する。
蜻蛉眼は、人間には認識不可能な位相光、および怪異・精霊などが残す残光を視認する能力であると推測される。
対象者によれば、怪異は人間が発する通常の光ではなく、特殊な位相の光を捕食・追跡する性質を持つ。
また、篠崎颯太について対象者は、
「彼は怪異を引き寄せているのではない」
「怪異が、彼の光を探している」
と証言した。
なお、篠崎本人は自身から発せられる光について自覚していない。
補足:対象者の生育環境については、能力発現との関連性を含め追加調査を継続する。
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