【雲間月怪異譚】 第42話
【雲間月怪異譚】第42話 ドア
※注意※
本作『雲間月怪異譚』には、
怪異・都市伝説・因習・和風ホラー表現が含まれます。
薄暗い話や、
“じわりと嫌な感じ”のする話が苦手な方は、
どうか無理をなさらず回れ右でお願いします。
それでも覗いてくださる方は――
どうぞ、雲間の怪異譚へ。
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「聞いてもらえますー?」
本日も配信スタジオで仕事をして、外に出たら
待ち構えていた秋野さんに捕まった。
彼は、引きずるように僕を連れて?僕の自宅に来たのだった。
「何ですか?」
「だってー誰に話しても気のせいだ!意識しすぎだって!」
「はいはい。聞きますよ。だから、落ち着いてね」
クロウが珈琲を二人分入れて持ってきてくれた。
彼は、離れて壁際に椅子を持って座っている。
蔵には、戻らないけど、話に聞き耳たてるようだ。
「でーは、順に話をしてください」
彼女は、僕と同じYouTubeを中心に活躍をしている怪談師だ。
普段から着物を着用して、日本特有の情念とか雰囲気を表現する話し方が上手な人なのである。
こんな、感情的に訴えるタイプではない。
だからこそ、その感情の落とし所を探しているそんな事なのだろう。
珈琲を飲み、一拍深呼吸してから話し始めた。
一人暮らしなのだが、仕事柄遅くなることが多い。
多少家賃はかかってもセキュリティーを重視して、今の賃貸マンションを決めたのだそうだ。
サラリーマンとは違い、朝夕同じ時間で帰ってくるわけではない。服装もOLとは違う和装が多いので、エレベーターですれ違え人にあからさまに見られたり、不躾に聞いてくることさえあった。
それでも、客商売だからなるべく穏便にと答えていた気がすると話を前置きした秋野さん。
「何かされたわけではないんです。」と言った。
ただ、扉が閉じるのだと。
「扉が閉じる?」僕は、聞き返してしまった。
家に帰ってきた時に、よくあるのだと言う。
自分の部屋の玄関前で、鍵をバッグから出す。
鍵を開ける。
扉を開ける。
中に入るその一瞬、隣のドアが先に閉まる。
「毎晩、先にガチャって閉まる音がするの。」
僕は、息を飲んだ。
彼女の友達は、ここで気のせいだとか、気にし過ぎたと言う。
「それは、『閉まる』で間違いがないの?扉を開けた時には、見えてないでしょう?」
そう、日本のマンション事情的にドアというのは、左開きが主流だと思うからだ。
「最初は、音に気がついて、周りを見たから」
閉じるで間違いがないと言う。
「……それだけ?」
思わずそう聞いてしまった。
「それだけなの」
秋野さんは即座に否定した。
「だから誰に話しても笑われるの」
確かに、話だけ聞けば偶然にも聞こえる。
隣人がたまたま同じタイミングで帰宅した。
それだけだ。
「何階?」
「八階」
「隣の人、会ったことは?」
「ない」
「表札は?」
「ない」
「郵便受けは?」
「空っぽ」
そこでクロウが初めて口を開いた。
「管理会社には?」
「聞いたわ。普通に入居者はいるって」
秋野さんはカップを握る指に力を入れた。
「でも、一度も見たことがないの」
部屋に静寂が落ちた。
怪談師という仕事柄、人の生活音には敏感になる。
深夜。
洗濯機。
テレビ。
咳払い。
足音。
生活している部屋には必ず音がある。
だが、その隣室だけは。
何も聞こえない。
それなのに――
帰宅した時だけ。
必ず。
自分より一瞬だけ早く。
ガチャ。
と、ドアが閉まる。
数日後、連絡を取り、管理人さんにアポを取った。
「隣? あそこは半年前から空室ですよ。」
と言われる。
「あれ?さっき入居者がいるって……」
「いや、入居者募集のままです。」
ここで管理会社と管理人の話が食い違う。
でも、それでも「幽霊だ」とは言わない。
さらに最後。
秋野さんが動画撮影のため玄関前でカメラを回す。
映像には。
秋野さんが鍵を開ける。
ドアを開ける。
その瞬間。
隣のドアが、
内側から閉まる。
しかし。
映像を止めて拡大すると、
そのドアは最初から最後まで一ミリも動いていない。
録音には、
ガチャ。
という音だけが残っている。
「…興味深いですね」
「勘弁して!」
怪談師なのだから、当然の反応だと思うのだが、怒られてしまった。
「部屋ならね、空気が動くとか理由付けしそうなものだけど」
「ええ。それはわかる。エアコンを入れたとか台所の換気扇を回したとか言えるよね。でもこれは、隣の家だから」
「気にし過ぎたと言われれば納得するんだけど」
「気にし過ぎ!」僕は一応言ってみた。
「それ本気?」
「納得するって〜」
録画を終えた僕達は、そのまま三日月邸へ戻ってきた。
クロウは僕達の顔を見るなり、何も聞かずに珈琲を淹れ始める。
「どうだった?」
「映ってない」
僕はカメラをテーブルへ置いた。
「映っていないのに、音だけ入ってた。」
クロウは無言で映像を確認する。
何度見返しても。
隣のドアは動いていない。
だが、録音には確かに。
ガチャ。
という重たい音だけが残っていた。
「……興味深いですね。」
彼もまた同じセリフを吐いた。
僕は苦笑いしながら言った。
「気にし過ぎなんじゃない?」
「それ、本気?」
「一応ね。」
秋野さんはため息をつく。
「じゃあ、保さん。一つだけ。」
「何?」
「毎回、私より先にドアが閉まるでしょう?」
「うん。」
「……あの隣の部屋、空室なんだよね。」
僕は頷く。
秋野さんは静かに笑った。
「じゃあ、毎晩、私より先に帰っているのは誰?」
誰も答えなかった。
珈琲だけが、静かに湯気を立てていた。
「やっぱり、引っ越します」
「それがいいと思う。人が居ても、人以外が居ても、心は休まらないからね」
「三日月先生ってば、私の友達の誰よりも酷いこと言う!」
秋野さんは笑いながらそう言った。
でも、その笑顔は。
この部屋へ来た時より、少しだけ引きつって見えた。
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