【第11話】 見えてしまった少女は、壊れない世界を拒む
第11話 見えてしまった少女は、壊れない世界を拒む
空間に、裂け目が走った。
——口が、覗く。
人のものではあり得ない、歪んだ“それ”。
白いマントが翻る。顔を覆う包帯の奥は黒く、その姿は異形としか言いようがない。
それが数十——いや、数百。
癒やしの鐘。今となっては皮肉としか言えないそれが、鈍い音を立てながら地を転がる。
高く建てられた鐘の塔も崩れ、逃げ惑う人々にさらなる被害を追わせていた。
「クスクス……逃げて、逃げて」
軽やかな声。
「そして私のお人形に変わってくれればいいから」
黒いマントが広がる。触れた人間は、瞬く間に異形へと変わっていく。
知性はなく、ただ動く屍。
「なんでこんな……」
真琴は言葉を失う。
目の前で、人が壊されていく。
その前に、レオンハルトが立つ。両手を広げ、クラリスとフィオナ、そして真琴を庇うように。
ガッシャーン!
音が響く。
「止めるぞ!こんな茶番に負けてたまるか!」
ヴィクトルだった。近くの店の窓を叩き割り、敵の意識を引きつける。
「ヴィクトル……」
彼は研究者だ。戦闘を得意とする魔法使いではない。
それでも——
「ああ、その気持ち俺も乗るぜ!」
クラリスが笑う。
「お兄様、私も微力ながらお手伝いいたします」
フィオナも続く。
「……ねぇ真琴」
フィオナが小さく囁く。
「このまま守られているだけって、つまらないですわよね?」
その瞳は、戦う覚悟を宿していた。
「——うん」
真琴は頷く。
「ヴィクトル、風魔法で竜巻起こせる?」
「竜巻?まぁ……できるにはできるが」
「クラリス、水の浄化魔法は?」
「問題ないわ」
「フィオナ、聖水化できる?」
「ええ、可能ですわ」
一瞬の静寂。
真琴は息を吸う。
「——魔法、重ねるよ」
「……は?」
「私が底上げする」
空気が張り詰める。
「何考えてるか知らねぇけどな……」
レオンハルトが苦笑する。
「このままじゃジリ貧だ」
「男の子でしょ、頑張れ」
「真琴の鬼!」
「今はツッコミいらない!」
真琴は笑いながらも、真剣な目で前を見据える。
「——やるよ」
ヴィクトルが手をかざす。
風が生まれる。
小さな渦が、次第に大きくなっていく。
「くっ……こんな出力……!」
——いける。
「——今、底上げする」
その瞬間。
魔力が“整えられた”。
「なっ……!?」
無駄が消える。暴れていた力が、一本の流れになる。
「軽い……制御が、軽い……!」
竜巻が一気に膨れ上がる。
「おい待て待て待て!!」
ヴィクトルが叫ぶ。
「俺こんなの組んでねぇぞ!?」
「だから言ったでしょ!」
「底上げってレベルじゃねぇ!!」
「クラリス、今!」
水が展開される。空気中の水分すら引き寄せ、竜巻へと飲み込まれる。
「フィオナ!」
「ええ!」
光が重なる。
水が——輝く。
「混ざってる!?風と水と光!?」
「できる!」
真琴が言い切る。
「今のヴィクトルなら!」
「っ……!」
歯を食いしばる。
恐怖と興奮。
「最高じゃねぇか……!!」
竜巻が完成する。
白く輝く——浄化の嵐。
「いけぇぇぇぇ!!」
解き放たれる。
怪人たちを、飲み込む。
——その時。
包帯が、裂けた。
白い布が千切れ、宙を舞う。
その下から覗いたのは——
透き通るような、幼い瞳。
場違いなほど、綺麗で。場違いなほど、無垢で。
「……なんで」
その目が揺れる。
壊したはずのものが、戻っていく。
「やだ……」
黒が剥がれる。
「壊れてよ……ちゃんと壊れてよぉ……!」
叫び。
だが——
「遅い!!」
真琴の声。
光がすべてを呑み込む。
白い閃光。
そして——静寂。
ドサドサと影が落ちる。
それは、人だった。
「……戻ってる」
クラリスが呟く。
フィオナはすぐに駆け出す。
「まだ助かります!」
「……ほんと、つまんない」
声が響く。
ルナミナだった。
ボロボロに裂けた包帯の奥から、あの瞳が覗く。
「せっかく壊したのに」
軽く笑う。
だが——その奥は揺れていた。
「……ほんと、嫌い」
黒い靄が包み込む。
ふと、視線が止まる。
真琴。
「……見つけた」
小さく呟く。
「次は、ちゃんと壊してあげる」
そのまま——消えた。
―――
「……はぁぁぁ……」
ヴィクトルが倒れ込む。
「死ぬかと思った……」
「情けないですわね」
レオンハルトが苦笑する。
「でも」
クラリスが笑う。
「やったわね」
真琴は空を見上げる。
静かになった街。
風だけが、残っている。
「……うん」
フィオナが微笑む。
「守れましたわ」
少しの沈黙。
顔を見合わせる。
「はは……」
ヴィクトルが笑い出す。
「とんでもねぇことやったな、俺たち」
「ほんとね」
真琴も笑う。
そして——
「勝ったよ」
その一言に。
全員が、同じように笑った。
ーーーーーーーーーー
【第一章】完
ーーーーーーーーーー
←前の話
📚【第一章】まとめページ
