「ママ、笑って?」と言われた日から
2才の娘と0才の息子と過ごす毎日は、一瞬だ。頭の中で思い描く素敵な日々とあまりにかけ離れていた。
そんな日々が続いたある時、娘は言った。
「ママ、笑って?」
言葉につままれた感覚が、今でも確かに残っている。
器用に動けない私は、泣き出した我が子にしっかりと呑まれ、言うことを聞かない自由さに腹がたった。
偏食の娘はどうしたら食べてくれるのか悩んだ。夜の寝かしつけも、はやく静まって欲しいとずっと奥歯を噛み締めていた。
お腹のそこから湧き上がってくるのは、怒りや不安な気持ち。溢れ出た感情の矛先は小さな我が子へ向かってしまう。頭の中では分かっているのに、止めることができない。もう2度と怒るまいと何回誓ったのか分からない。
泣きやまない姿に、大きな声を張り上げたことだってたくさんある。こんなに小さな身体で、私の言葉や表情を受けとめていただろう。
いつから笑えなくなっていたのだろうか。以前の私はどんな顔を向けていた…?
娘のたったひとつのお願いは、ママが笑ってることなのかもしれない。「笑う」と言うのは、口角がぐんと上がっている表情を差すと言うよりかは、どんな心で過ごすのか。
ずっと完璧なママでいようと、もがいていた事に気づいたんです。ましてや初めての子育てで、余裕がないのに。
怒ってしまった時は、自分の心のキャパを超えてしまったのだと客観視するようになりました。一歩引いて自分を見ると、3食バランスよく食べて、早くからお布団に入るべきと思っていた。自分の中で正解の子育てを求めすぎて焦っていたのです。焦燥感に駆られてできない自分を追い込んでいたのは、子どもではなく私自身だったのかもしれません。
だから、本気で自分を満たしていこう。
どうしたら私は笑っていられるのだろうか。
基準はそれぞれだから、自分のベストな位置を探っていく。時に失敗や空回りしながら。
自分の充電が溜まっていくと、目の前の我が子へ向ける眼差しが少しずつ和らいでくる気がする。いつだって笑いかけてくれるあなたにちょっぴり甘えながらも進んでいく。
一緒に過ごすあなたは、今日を楽しもうとしている。周りばかりを見渡している場合じゃない。1番は、目の前で笑うあなた。不器用で怒っちゃうこともあるけれど、どこか力の抜けたままでいようと思っている。
「まぁ、いいか…」
進んでは立ち止まり、少しだけ日々を振り返りながら。
「ママはあなたの笑った顔を見るために、今日の選択をしよう」。間違ったり、へこんだりしながら。この意味を大人になったあなたにも伝わるように、もがきながらも日常のひとこまを拾い集めていく。美味しいご飯を食べて、あったかいお風呂に入って、ぐっすりと眠りながら。
いつか教えて欲しい。
笑えてましたか?
伝わっていますか?
盛大にお茶をまけても、どんなに泣きじゃくっても、本当はそのまんまのあなたが1番なんだってこと。
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また、書きます。